少女の秘めた恋心
始めての投稿なので誤字脱字や表現の拙さは見逃してくれると嬉しいです。
変わった愛の行方を温かく見守っていただけると嬉しいです。
「愛しているの。」
そう言った少女は涙を流しながら、動かないその人の手を握った。
その手は微かな温もりを残しており、つい先程まで彼が生きていたことを実感させる。
少女の頬を伝う涙が地面を濡らした。
必死に気付かないふりをしていた。
彼に対する激しい恋心によって、この居心地の良い関係が壊れることが何よりも恐ろしかった。
だから、いい子で居たのに
無害で微塵も恋心なんて感じさせない
そんないい子で居たのに
そうすれば、このままあなたとずっと一緒にいられると
信じていたのに
ねぇ、どうして
あなたじゃなくて、私が死ねばよかったのに…
ねぇ、どうして
あなたのいない世界に価値などないというのに…
あぁ、どうして
私を置いていくの。
寂しい 淋しい 悲しい 苦しい 痛いなど様々な負の感情が心を支配しようとする。
そんな中でも激しい恋心はどうしようもないほどに燃え上がって消えてくれない。
行き場のない感情は私の中で酷く歪み醜い感情となった。
この先の未来に幸せなんてない。
この感情を消さない限り幸せなんてない。
わかっている…
でも、それでも全ての人が否定し、この世から隔絶されようとも
あなたが私を疎み、拒絶しようとも
どうかお願い、愛させて
今でも覚えている。
それは陽だまりの中で微睡むような心地よさ。
「ねぇ、見てみなよ。玲奈、今日は満月だ」
端正な顔を笑みに染めて、話しかけてくる男はとても楽しそうに少女に語る。
曇りのない満月は、美しく輝きながら存在感を放っている。
「本当に綺麗だなぁ」
『綺麗』その言葉に思わず心が跳ねる。
満月に言ったと知ってはいても過剰に反応してしまう自分に頬が染まる。
いつからだろう。
彼を愛し、愛されたいと願ったのは。
もう、そんなことありえないのに。
それは突然だった。
道路に飛び出して、トラックに轢かれかけた子供を助ける代わりに私は轢かれた。
突然の交通事故だった。
きっと、痛みなんて感じない即死だったろう。
そうして私は17歳で死んだ。
そして、最初に目覚めたそこは見たこともないような美しい場所で
あぁ、天国に逝けたんだと思った。
あの人に会えるんじゃないかとほのかに期待した。
でもすぐにこの世界は私の生きていた世界とは別の所謂異世界と呼ばれる場所だったと知った。
別に死にたいわけでは無かったけど、あの人に会えないのはどうしようもなく寂しかった。
何故異世界なのか、私は死んでいないのかと様々な疑問が脳裏をよぎったが答えはどこにも存在しない。
もし、神様がいるなら教えてほしいと思った。
この世界に来て1ヶ月近く経っただろうか。
未だにこれは、慣れない。
「聖女様、どうかこの子に、貴方様の御手の祝福を」
そう言った女の傍には意識のないであろう幼い子供がいた。
その子の首元は黒く染まっている。苦しげに荒い呼吸を繰り返し、脂汗を滲ませるその子供はそう長くは生きられないだろうと察せられた。
母親であろう女は縋るような視線を聖女様と呼ばれた少女にむける。焦燥と多大な期待を抱いて。
その他、大勢の様々な視線を受けながらも少女は顔色一つ変えずに子供の首元にそっと手を添えると、祈るように目を閉じた。
その瞬間、少女が触れた箇所から白い光が溢れ出した。
それはとてもやさしく美しい光だった。
周囲の人々は突然の出来事に驚きながらもその神々しい光景に言葉を忘れて、ただ見惚れた。
数秒の発光の後、少女が手を離すと健康的な肌色をした子供の首元が顕になった。
一瞬の静寂の後、響く歓声。
母親は泣きながら、息が落ち着き目を覚ました子供に抱きついた。それから深い感謝を湛えた眼差しで少女を見た。
「あぁ、私の可愛い子、本当によかった。聖女様、本当にありがとうございます。貴方様の降臨に心から感謝致します」
聖女と呼ばれた少女、綾野玲奈は黒曜石の瞳を持つ目を和らげると美しく微笑んだ。
「あなたの力になれて良かったです。どうかこれからも幸せに…」
さらに感謝の念を伝えようとする母親を玲奈の従者が止めると大声で言った。
「今日の聖女様の奇跡は終わりだ。散れ」
大勢の民衆に対してかなり強引だが、玲奈も力の限界だった。
人々は今起こった奇跡の現象を讃えながら、玲奈に畏敬の念を抱き、散っていった。
その後玲奈は、疲労を癒すため、部屋に通された。だが豪華すぎて落ち着けず、全然疲れを癒せそうになかった。
思わずため息を吐くと玲奈はふかふかの大きなソファに腰掛けた。
しばしその感触を楽しみ、今日の出来事を思い出して、玲奈は自分の心が沈むのを感じた。
「今日も素晴らしかったです。聖女様!」
声を弾ませそう言う従者が私を讃える全ての人が煩わしくて仕方がない。
何故、こんな力を持ってしまったのか。
私の外面ばかりみて、どうして立派だ、素晴らしいと簡単に言えるのか。
『聖女様』
その言葉に思わず玲奈は自分を嘲った。
そんな言葉は一番自分に似合わないと言うのに
内面は歪みきって醜いというのに
私を『聖女様』と讃える全ての人が滑稽で仕方がない。
『もうやめてよ』
声にならない叫びは虚空に消えて、心の痛みだけが残った。
「愛している」
あなたに言われたかった一番の言葉は
私の中でどうしようもない程、歪み醜くなってしまった。
泣きじゃくって、追い縋った愛は
残酷な程、儚い虚妄なのに
あぁ、それでも愛されたいだなんて
なんて、哀れ
玲奈が聖女と呼ばれるようになったのは、一人の男を死の淵から救ったことが始まりだった。
それから始まった滑稽な御伽噺
奇跡という名の治療を終えた玲奈を訪ねたのは、一人の美麗な男。太陽もかくやというような金色の髪と碧眼を持つ造形は驚くほど整っており、恐ろしさすら感じさせる。その男は秀麗な面に微笑みをたたえながら玲奈の手を取るとその場に傅いた。
突然のことに驚いた玲奈は目の前の男を立たせようと手を引くが相手の方が力が強く思うようにいかない。
「玲奈、貴方を愛しています。あの日私の命を救っていただいたあの時、貴方に魅了され、全てに心奪われた。どうか、私と一緒になってはくれませんか。」
重なる衝撃に玲奈は瞠目すると動きを止めた。
突然の愛の告白
現実が中々飲み込めなかったが、ふと我にかえって抱いた感情は深い悲しみ。
どうして…
どうして、あの人に言われたかった台詞を他の男に言われているんだろう…
玲瓏たるその美声は玲奈の心にどうしようもない虚しさを生んだ。
貴方の愛はいらない…
そう思うと同時に抱く
この男の運命を変えてしまったことに対する罪悪感。
どうして、私は間違いばかり犯すのだろう。
それも消えてはくれないものばかり。
あの日、私と出会わなければ彼はもっと幸せになれただろうか。あぁ、後悔ばかりが先立つ。
玲奈は微笑んだ。その妖美漂う姿は見るもの全てを魅了する。
「無理だよ。私は貴方のことをなんとも思っていない…愛してなんていないもの…」
私の心は…愛は…あの日、あの時あの人の死体に捧げた。
遅すぎた、行き過ぎた恋心の果てに
死してなお穢してしまう罪悪感に歪んだ独占欲と果てない愛に私は酔いしれた。
悲しいくらいに酔って酔って興奮した…
あの人の死体を愛した自分に
そんな歪んだ玲奈の心情など知らず、美しい男、リユンは表情を歪ませ悲しげに、哀しげに言い募る。
「玲奈はどうやっても私のことを愛してはくれないの?」
その様子が残酷なまでに今の私に似ていて思わず目を逸らした。
愛されたい、その深い欲求は際限なく心を蝕む。
不意に強く手を引かれた玲奈はバランスを崩してリユンの体に倒れ込むと同時に抱きしめられた。
突然のことに驚き固まった玲奈をよそに、リユンは強く強く抱きしめると耳元で囁く
「愛しているんです…もうどうしようもない程、貴方に全て捧げますから…捧げるから、お願い、愛して…」
叫びにも似た激しさを必死さを滲ませる声に玲奈はどこまでも残酷に告げる。
「ごめんなさい…ごめんなさい」
愛せないの、私にはあの人しかいないの…
なんて罪深い。
存在しない人に縋る愚かな私のせいで貴方の全てを狂わせて。
この罪を贖うことなど出来はしないけれど、せめて
私を赦さないで
いっそ憎んで、私の心臓に刃を突き立てて
心の代わりに身体をあげるから
刹那の時が永遠にも感じられるような
時が止まったかのような静寂の中、リユンの呟きが広い部屋に思いの外よく響いた。
「せめて想うことだけは許して」
愛されないことはこんなにも苦しい。
残酷な物語が紡ぐのはどうしようもない悲劇。
話が重くてすみません。
毎日投稿しようと思っているので最後まで見ていただけたら幸いです。