02
真新しい制服を着て、自らの身なりを確認する。
「んー……こうかな?いや、でもなんかリボンが…」
中学校とは違うブレザー、そして胸元についたリボンというなんだかお上品な気分になってしまう格好に対して、自分が不釣り合いではないかと思ってしまう。
「おい真実いつまで鏡の前で睨めっこしてるんだよ、そろそろ変わってくれ。」
「うわっ!?」
「うお!?」
急に声をかけられてつい変な声を上げてしまった。前々から思っていたけど、この兄は少々私や思緒姉との距離が近い。今もこうしてノックもせずに乙女が身なりを整えている場にズケズケと入ってきている。でもこの時の私にとってはある意味好都合だった。
「お、お兄ちゃん…そのぉ…」
「ん?なんだよ。」
「に…似合ってる…かな……」
「んー?ああ、よく似合ってるよ。」
「なにそれなんか適当じゃない?」
「あ?適当じゃないわ。それより母さんと父さんと一緒に行くんだろ?早く準備しろよ〜。」
「う、うん。」
洗面所を出てドアにもたれかかる
「似合ってる…」
言い方からして真剣な言葉ではなかったけれど、好きな人からそう言われるのは素直に嬉しかった。
「……なんか言ったか?」
「な、なんでもない!」
扉の向こうから歯磨き真っ最中の口ごもった声が聞こえたので扉に一蹴りいれてその場を離れる。
……どうも最近おかしい。お兄ちゃんと話しているとすぐ顔が熱くなってしまう。自分では意識しないようにしようとしているつもりが、それが逆効果になってしまっている気がする。
「真実〜、そろそろ行くわよ!」
「は、はーい!」
「なあに、嬉しそうな顔しちゃって。」
「え!?そ、そんなことないでしょママ!」
今日は入学式、私がお兄ち…バカ兄貴と同じ学校に通う記念すべき1日目だ。
両親と一緒に学校に着くと、校門で丁度瀬里奈とそのご両親に会い一緒に受付に行く。
「そういえば瀬里奈ってお兄ちゃんと仲良いの?」
「えっ!?」
私の記憶を辿るに、これほど驚いた瀬里奈を見たことがなかった。普段は菜々や佳子にからかわれても冷静さを失わないのに、その小さな体いっぱいにたじろぐ姿は少々間抜けそうに見えてしまう。
「ど、どうしてそんなことを聞くの?」
「いや…学園祭に一緒に来た時に、なんだかお兄ちゃんと親しげだったから前から知り合いだったのかなって。」
「あ、あぁ!そういうことね!そうね、真実のお兄さんとは仲良くさせてもらってるわ。」
「そっか…。」
「……?」
あのバカ兄貴…一体いつ私の友達をナンパしたのやら…そもそもあいつ、私の知らないうちに彼女まで作って…あぁぁぁあ!!なんだかは腹立ってきた!家に帰ったら一回殴ろう。
…………はっ!?なぜ私はお兄ちゃんに彼女ができたことに腹を立てて…まるでこれじゃあ私が嫉妬してるみたいじゃない!
「真実?」
「へっ!?」
「大丈夫?なんだか怖い顔してたけど…」
「あ、平気平気!ちょっと朝お兄ちゃんに腹立って…」
「ふーん?」
「あっ!あそこにクラス分け貼ってあるよ!」
「ちょ、ちょっと待って!」
「え〜、ですから皆さんも我が校の生徒としての自覚を持ち、これからの三年間悔いのないように……」
な、長い…中学の頃もそうだったけどやっぱり校長の話が長いのはどこでも一緒ね。隣に座る瀬里奈を見ると目をつぶっている。これは寝ているんだろうか?
それにしても、瀬里奈とクラスが一緒で良かった。私が家内で瀬里奈が可愛川…クラスに名字がうで始まる子がいなかったから出席番号も連番だし。
「…終わります。」
「入学生、起立。」
起立の号令とともに立った私だったけれど、横の友人を見て愕然とした。瀬里奈以外は立っているのに、彼女はまだ座っている。
あっ…これ本当に寝てるやつだ!
「せ、瀬里奈?」
小声で話しかけて見るが反応はない。
「礼。」
あー…これ壇上の校長先生に丸見えなやつだよ…
でも瀬里奈の身長が低くて助かった。きっと横に並んでいる教師たちには気づかれていない…はず。バレたのが校長先生だけならまだ救いはある。
「着席。」
「……!?」
入学生が座るガタリという音に反応して瀬里奈の肩がビクっと震えた。やっと起きたか…そこからは何事もなく行事を終えることができた。途中、生徒会長の話の時に妙にざわついたことを除けばまあ良い入学式だったと思う。クラスに分かれてからのHRもそれほど時間がかかるわけではなくその日の日程は昼前には終了した。
両親の提案でお昼をどこかに食べに行こうということになり、兄と姉のHRが終わるのを瀬里奈と話しながら待っていると少し経ってから思緒姉とお兄ちゃんが並んでやってきた。
「ハル君、あの女子と親しくしすぎではないかしら。」
「あの女子ってまさか上野さんのことか?隣の席なんだから会話くらいするだろ…。」
「それでも授業中にコソコソと話しかけてくるような子にわざわざ返事をしなくたって…」
「あーっ!もう分かったって!授業中の私語は厳禁な!」
「本当にわかっているの?」
「お兄さんとお姉さん、仲がいいのね。」
「う、うん……」
「おっ!真実!待ってたのか?」
「あ…うん。お母さんとお父さんがご飯食べに行こうって。」
「まじか!」
「真実、その子は?」
「あっ!ど、どうも初めまして!真実さんにはいつもお世話になっています、可愛川と申します。」
「あはは、可愛川ちゃん式の時に寝てただろ?」
「なっ!?なんでそれを…」
「いや、起きた時の声結構大きかったぞ?」
「ハル君?なぜ真実の友達と知り合いなの?」
「…え?」
「そ、そうよ!それを聞こうと思ってたの!どこで知り合ったのバカ兄貴!」
「そ、それは…」
「ふふふっ…ヒミツですよね先輩!」
「可愛川ちゃん!?」
「なによそれ!」
「ハル君、今日の夜はゆっくりお姉ちゃんとお話をしましょうね?」
不思議な気持ちだけど、本当に今日から高校生でお兄ちゃんと同じ学校に行くんだという期待が私の中でより大きくなる。頼りなくてドジで頭も悪い、友達が少なくておまけに乙女心が全くわかってない……けど、人一倍妹思いなお兄ちゃんに私は一歩でも良いから近づきたい。兄と過ごせる一年間はとても短いけれど、私は頑張る。やりたいことをひとつずつやっていく。どうせ兄妹では結ばれることはないのだ!それならもうある程度自分の望みを叶えても神様は許してくれるはずだ!
これは私、家内真実が悔いを残さないための青春をかけた物語だ。