太刀村は霊感少女に恋をしている
「客来ないっすね」
太刀村が二つのレジの間に置かれたタバコの棚で商品を補充しながら呟いた。彼は本当に手先が器用で、ほかの仕事を見ていてもわかるが万能すぎる。
閥は負けずと透明な袋で包まれたワンカートンのタバコを持ち、基本二列で包まれているのでその箱の間にカッターを入れて開けていく。
「まあこれで来る方が面白いですよね」
閥は手を止めて、店を見た。
床には滅と書かれたお札がまんべんなく貼られ、天井、ドリンクのケース、商品棚、おにぎり、お弁当コーナー、外の窓にまで手配書のように貼られてあった。
窓の外のバイト募集中の張り紙にも滅が貼られていて、バイトメンバーを減らしたいのかと疑問に思った。
閥はオカルト系は得意でも苦手でもないが流石にこれは怖い、というか幽霊よりもこの行動に走った店長が怖いわ。何、人間の方が怖いって示す奴なのか。
閥は少しでも気を紛らわすために作業しながら話をする。
「太刀村さんは幽霊とか苦手じゃないんですか?」
ガチャガチャと器用に物を入れていきながら彼はちょっと顔をしかめた。
「俺っすか? まあホラーは苦手ですね。特に海外はスプラッターが多くて肉食えなくなるっすよ」
彼は苦い顔をしながらうんうんと首を振った。
「その割には結構平気そうですね」
俺は次のタバコを開けていく。
「俺はワケあってそれに慣れないといけないんすよね、だからよくホラー映画は見るっすよ」
苦手なのに慣れるとはどういうことか。
「怖いけど逆に見たくなる系?」
人間とは死なないスリルを求める生き物とよく聞く、彼もその一人なんだろうかと質問を投げたが反応は違った。
「いや違うっすね」
閥は余計こんがらがった。何か事情があるのだろうか、でも彼の考えてることが読めない。もしかして彼は自分に嫌がることを積極的にする変態だったりするのだろうか。このコンビニの店員だ、十分ありうる。いや、でも彼くらいは常識人であってほしい。
閥は疑問に思いながらも、店の自動ドアが開き話をやめた。
「いらっしゃいま……ん」
自動ドアが開いたが誰もいない現象に閥は目をぱちくりさせた。
また心霊現象か? ため息をつきさっきの作業に戻ろうとタバコに手を取ろうとすると、
「おはようございます」
閥の目の前に黒い着物の女性がいた。生気のない唇、体温のなさそうな白い肌、そして雰囲気が美しいと感じる同時にこの世のものではないと錯覚させる異質さがあった。
びくぅ、っと閥はタバコを落としかけ驚く。太刀村は真っ先に作業を中断させ女性が来たことに喜んでいた。
「祝呪さん! 久しぶりっすね!」
「はい、お久しぶりです」
祝呪は丁寧にお辞儀をした。
彼女が祝呪なのか、バクバクする心臓を落ち着かせながら水色の瞳の彼女を見る。
身長は140センチほどだろうか、髪は短く、見た目が幼いが和風美人。目を引く美しさが彼女にはあったがその美しさに気づく者は俺みたいに近づいてくれなきゃ少ない、そんな儚い灯のような印象を抱いた。
着物は黒につぼみの花が描かれている。帯は白い。
祝呪はこちらを向き、ぺこりとした。
「貴方が新しく入った矢三倉様でございましょうか?」
様? 俺は反応に困りながら頷いた。
「わたくしは祝呪雪子と申します。以後よろしくお願いいたします」
丁寧、その言葉をつけなきゃなんになると思うレベルの挨拶だった。
「あ、はい、よろしくお願いしま__」
何かにさえぎられる。
「あ、そうそう! 祝呪さんに見てもらいたいことがあるんすよ」
俺が最後まで挨拶を済ませようとしたら太刀村が身を間に入れてきて無理矢理話を変え始めた。
「承知してます」
閥は突然割り込まれた事に困惑しながらもまあいいかと忘れることにした。
太刀村はレジ場から続く裏側の道を祝呪にエスコートしようとしたら。
ずるっ。ごつん!
顎から一人ずっこけた。
「いつつ……」
顎をさすり、俺と祝呪は心配そうに駆け寄った。
「大丈夫でしょうか?」
すると太刀村の行動が挙動不審と言わんばかりにおかしくなっていた。
「だ、大丈夫っすよこれぐらい! よよよよよよよよよよしっ元気出たっす。店長待ってるんで早く行くっすよ」
赤くなった顎をさすりながら彼はレジから祝呪を連れて姿を消した。
ドダーン!
「ぎゃあ!」
ゴゴガーン!
「ぐえっ!」
カーン!
「あうちっ!」
聞こえるのは太刀村の悲鳴、俺は流石に心配になって客がいないうちに休憩室まで続く小さい裏道を見た。
そこは薄暗く、人二人が並んで歩けそうなほどだ。ここは主に予備の品物や揚げ物の設備があったりするのだが……休憩室まで数メートルにも満たないはずのその道で太刀村は床に転がり、大量の物資や荷物を全身に受けている。
「またポルターガイスト……ではないか」
俺は困惑した表情で駆け寄ろうとすると、後ろから声を掛けられる。
「通常運転だ」
あまり聞きなれたくない声、その持ち主は研修時期の俺に仕事を全部任せようとする先輩。
「九頭竜さん? 遅かったですね」
制服を着た九頭竜はレジから離れんなとこっちこいと手のジェスチャーをした。
「ま、主役は遅れてくるんだよ」
どの口が言う。
とはいえ彼がそういう人なのは平常運転なので、彼の言う通常運転の意味を問いだす。
「いつもあんな感じなんですか。あまりそんなイメージはありませんけど」
まだ会ったばかりだが閥から見た太刀村は万能な何やらせても器用にこなす秀才タイプ。即ち隙が無い、常連客のタバコの銘柄をすべて覚える気配りもできている。
なので一度こけるのならまだしも、ピタゴラスイッチは流石に心霊が関わってないと無理に思える。
「あいつアガるんだよ、雪ちゃんの前じゃ」
九頭竜は口元を緩ませゲスモードに入った。
アガる、それは緊張する意味でなのだろうか。
「あいつなぁ、雪ちゃんに片思いしててよ、多分自覚してねえけど、まあアガりすぎて雪ちゃんの前じゃのび太君並みのドジさを発揮すんだよ。俺はリア充なんて死ねと思ってるからイジリ相手としてはめっちゃ笑えるんだよなガハハハッ」
「最低だ」
俺はつい思ってたことを言葉に出した。すると彼は嫉妬にあふれる顔をした。
「てめえにわかるかあ!? 初恋の人がほかの男に寝取られる感覚を! だからここは人生の先輩として初恋は実らないって教えてやんのが筋だろぅ!?」
「寝取られって、初めから九頭竜さんのものじゃないよくあるパターンでは」
俺は呆れ果てて彼に憐みの目を向けた。
「そんな目で見んじゃねえよボケ」
軽く彼に腕をつつくように殴られる。
「いたっ」
「うるせっ、酷いこと言った罰だ、閥だけに」
チベットスナギツネのような乾いた目で九頭竜を見つめながら足音が聞こえてレジの裏口側に顔を向ける。
「準備整ったらしいっすよ」
顔に伴素行を貼りまくった太刀村が嬉しそうな笑みを浮かべながらサムズアップした。そんな怪我をしてても彼は彼女が傍にいるだけで嬉しそうだった。だが祝呪の方は話や現状を見るどころ脈なしに思えてダメだった。
「準備って何をしてたんですか」
「店のお札の確認とお供えのお酒、塩ばらまき。それと店長は用事で出かけてたっす」
閥はそれを聞きふーんと半信半疑に首を動かした。
「まあ雪ちゃんの腕は信じていいぞ。家計が凄腕の霊媒師だからな、俺が保証する」
「そうっすよ! 祝呪さんは本当にすごいっすから!」
純粋な目をする太刀村。
太刀村が幽霊苦手なのにホラーをよく見る理由がわかった気がする。ほとんど祝呪と近づくために克服しようとしてるんだろう。ただそれ以上に壁は分厚そうだ。せめて俺は応援してあげたい気持ちが芽生えた。
それとは別として、九頭竜の言葉に冷めた目で返す。
「九頭竜さんが言うよりは説得力ありますね」
「俺のこと信用ならねえって言いたいのかてめえ」
また場が悪くなりそうな一歩前、祝呪が顔を出しその場はうやむやになった。