九頭竜はダメ人間である
深夜の客のいないコンビニの休憩室、人通り仕事を終えた閥と九頭竜はやることがなくて暇を持て余していた。
そんな時、ふとした好奇心が閥を動かしてしまった。
「そういや霧さんの祖父ってやっぱりアレなんですかね」
彼女は演劇団の娘と言っていたが、あのゴリさんとバラさんと呼ばれた二人組は中年男性が連れ去られた時、やっぱり黒いベンツに乗っていた気がする。
もし考えが正しいのなら九頭竜は閥をビビらせるためにいやらしい笑みの一つや二つ、浮かべると思ったのだが今回の彼の顔は何か触れちゃいけないものでも触れたような感じだった。
「あーまあ。あの組、じゃなくあの金融会社に世話になった知り合いがいんけど」
そう言って彼は口を閉ざした。おい、今組って言いかけなかったか。
どうしよう、気になる。でも聞かないほうがいい気もする。
知りすぎる罠、だが人間とは好奇心に弱い生き物である。
「それで……どうなったんですか?」
俺は聞く選択肢を選んでしまった。
九頭竜は嫌そうな顔をして、
「マジで聞きてえ?」
閥は喉をゴクリと鳴らし頷いた。九頭竜はため息をついて口を開く。
「そいつはパチ中毒でよ、自分の生活費をギャンブルにつぎ込む奴だったけどある日金が完全に尽きたんだよ。電気代なし、ガスも水道、家賃滞在で人生の王手」
自業自得ではあるが一応同情しておこう。
「酷いですね」
「まあここで救いの手を出してくれたのが元大学の先輩Aさんよ、彼の紹介でその会社に行きつくことができたんだよ」
九頭竜は廃棄の鮭おにぎりの袋を開け、それを食べる。
「ただトイチの時点で気づいた方が良かったかもな、今時トイチでやる方が伝説だわ」
もしかしてトイチで借りてしまったのだろうか。閥は困惑しながら口を出した。
「で、その人は借りたんですか」
租借しながら彼は首を縦に振る。
「んで、そいつはパチから足を洗った。まず行った先は」
当然、身の回りの金問題の解決に向かったんだろう。そう思ってペットボトルのお茶を飲む。
「スロットならイケるんじゃねってガンガン回した」
イッてるのは頭の方かよ。
おにぎりを食い終えた九頭竜はくいっくいっとスロットを回すレバーを動かすジェスチャーをした。
「んで百万スッた」
ダメ人間の極み過ぎて閥は頭を抱えた。
「そんで家族と絶縁状態だったそいつは返済日に逃げようとしたけど当然無理無理、捕まったんだよ」
九頭竜の顔はだんだん暗くなっていき声のトーンも下がっていく。
「初めて会った時のAさんはさ……天使だっただけどよ……知り合いに金の貸し借りを薦める時点で気づいた方がよかったんだよなマジで……」
彼は遠い目で休憩室のライトを見上げた。
「もう東京湾に沈められても可笑しくない強面の人たちに囲まれてよ……まあ命だけは助けてくださいって死ぬほど頭下げたんよ……」
九頭竜の言葉がまるで実体験をしたかのように生々しい。
多分自分のことを言ってるんじゃないかこの人。前に連れ去られた経験あるって言ったよなこの人。
「んで出された二つの選択肢」
「それは」
彼は自分の胴体をさする。
「二つある臓器ってあるよな……」
それだけで察しろということか。もう話辞めたほうがいいか、そんな気がする。だが九頭竜は二つ目を言い始める。
「もう一つは簡単なバイト。わかるか?」
「マグロ釣り?」
「病院の清掃」
意外と思ってたものよりクリーンなもので閥はつい疑問に満ちた顔をした。その疑問にこたえるかのように彼はおどろおどろしい口調で続ける。
「全身に白い消毒服着せられてよ、んまあ最初はハチの巣駆除かなんかと思ってよ、病院関係者のおっさんに連れてかれるまま向かった先はエレベーター、乗ってすぐおっさんはイカれたんかフロアのボタンを適当に押しまくんだよ」
「はあ」
「うわ、何このおっさん気持ち悪っ思ってたら突然ガコンってエレベーターが止まったんだよ。止まったけどフロアを示すライトあるだろ、そこがどこにも光らねえんだよ。このおっさんが適当に押すからぶっ壊れちまったんだって最初は思ってふざけんなって文句言ってやろうとしたよ。ドアが開いた」
話を続ける彼の表情は暗いどころか世界の終わりだ。
「おっさんに行けって歩く事命令されてよ、そこは薬品のにおいがクソ酷くて暗えし、もうマジ何やらされんだよって逃げたくなったわ。でも後ろから怖いおっさんが睨むしよ。狭い道進んだ先は映画とかの銀行で出てくる大きい金庫あるじゃん? それそっくりのドアがあったんだよ」
大体予想はつく。
彼の手は震えだし、呼吸が乱れていく。
「それを開けるとよ……どでかい消毒液のプールがあったんだ。掃除のしない学校のプールみたいに変色しててよ。けどこのプールを掃除すればいいんだって気が軽くなったよ。変な実験されるんじゃねえかとびくついてたもんで、気味悪いのに目をつぶればめんどいだけだろ?」
「不幸中の幸いって奴ですか」
「けど……俺が甘かった……ブラシよりもつっかえ棒渡されてよ……俺はこれで何をすればいいんだってキレかけたらよ……プールになんか浮かんでたんだ……」
浮かんでた? 病院のプールに何が浮かぶというんだ?
閥は少し頭を回転し始めると答えが見え始める。だがそれは確定させてはいけない、考えたくない。考えるだけで恐ろしい。
昔、死体を洗うバイトとかっていう都市伝説流行ってたな……
「もうやめません? 正直聞きたくないです」
「ああ゛? ここまで来たんだ……最後まで付き合え」
「あっ、俺ドリンクの補充してきますよ」
「てめえから聞き始めたんだろ! 逃がすかぁボケェ!」
深夜のバイトは今日も騒がしい。