橘霧はアレの娘?である
いやあーこんなところで会うなんてある意味運命ですね」
長い髪をポニーテールに束ねた金髪の目がぱちくりとした少女はにっこりと俺に笑顔を向けた。
閥の隣で元気よくレジに並び立つ少女の名前は橘霧、高校二年だそうだ。
「えーと矢三倉さん? うーん、なんか言いづらいので閥さんにしますね」
霧はファーストフードの唐揚げをレジの隣に置かれたホットケースに補充しながら俺に言う。
俺は彼女の勢いに押され、ああうん、と答えた。
「さっき店長さんからメールが来て九頭竜さんじゃ心配だから私に救援を呼んだんですよね、あっ、このことは九頭竜さんには内緒で」
確かに彼じゃ心配なのも頷ける。実際その予感はほぼ的中していた。
霧はよしっと唐揚げの補充を終えて元気よく立ち上がる。
「多分、九頭竜さんのことですからまたサボろうとしてたりしませんでした?」
「いや、サボってはなかったよ」
そうサボってはいない。あと、今の彼はドリンクコーナーの裏側で補充の仕事をさせられている。
「じゃあ今日閥さんにはレジ打ちメインで教えますね」
霧は俺に向けて三本指を立てる。
「接客業で大事なことは三つあります、一つお客様に元気のいいいらっしゃいませとありがとうございますの、感謝の言葉」
彼女は指を一本降ろし、
「二つ、いつも笑顔でニッコリと、三つ…………」
霧は最後に何か言おうとしたが言葉が詰まりあごに手を乗せてうーんと考え出した。
「三つめはなくていいです、この二つを大事にしてくださいね」
それでいいのかと思ったが、口に出すのはやめた。
次はレジのシステムについて教えられ、少し年下の子に教えられるのは複雑な心境があったが、彼女は一生懸命指導してくれてるので俺も覚えることに専念した。
そしてだんだんとレジと接客に慣れてきたころ、運命の時間は訪れた。
客が来訪する音、閥は元気よくいらっしゃいませと言おうとした。が言葉が詰まった。
二人組の客、片方は小柄だが額から右目までの刃物による切り傷も相まって目つきは恐ろしく悪い、あとパンチパーマで蛇柄のシャツ。
片方はグラサンをかけたゴリラのような肉体のリーゼント男、服は虎柄のシャツ。
どう見てもその筋の人にしか見えない。というかさっき客が連れ去られた時、車の中ににいた気がする。
俺は一瞬どうすればいいのか固まった。だが人を見た眼で判断するのはよくない、それに店に来た限りはお客様だ。
普通に接しよう。
そう覚悟決めた俺に隣の少女はとんでもないことを言い出す。
「あっゴリさんにバラさんだ」
俺は目を丸くして彼女を見た。そして二人組の彼らは霧に向けて軽く手を振った。霧もそれに答えるように手を挙げた。
「知り合い?」
「はい、おじいちゃんがやってる演劇団の方たちで、顔は怖いけど優しい人ですよ」
何一つ臆さない笑みを浮かべて俺は少なくともその筋の人じゃなく、演劇の人だなと安心した。この顔つきも役でやっている。そうに違いない。
その二人が品物をもってこっちに迫りくる、いざ近づくとより恐ろしさが増すが大丈夫だと言い聞かせ、かごの商品を見た。
ペンチ、ナイフ、チャッカマン。
なんかやばい気がする。
俺が冷や汗を流しながらレジ打ちをしてると霧が小柄な法に声をかけた。
「バラさんたちここのコンビニ事務所から遠いのによく来ますよね」
「親父がお嬢さんのことを心配しとるからな」
関西弁を使うバラさんと呼ばれる小柄な男はパンチパーマの頭を叩いてにししと笑った。
「もうほんとおじいちゃんは心配性なんですから」
おじいちゃん!?
俺はペンチを袋から落としかけ、慌ててキャッチする。
「ウス、親父、お嬢のこと心配してるごわす」
ゴリと呼ばれるグラサン男がそういった。
俺は今、頭の中で嫌な考えが纏まりかけようとしている。だが触れるのはやめとこう、深淵を除くにはまだ早すぎる。
「そういえばバケツも劇に使うんですか?」
霧は彼らが持つ他の店で買ったであろう新品のバケツを見て口を出した。
「せやせや、お嬢なら何に使うかわかるか?」
「うーん」
霧は顎に手を乗せ考え、そりゃあわかるわけないだろと閥は思いながらも恐ろしい答えを耳にする。
「あっ、仰向けになった人にネズミとバケツを乗せて、火で熱くする奴だ! それで逃げられないネズミがお腹を食い破るんですよね」
ある映画で聞いたことがある。一種の拷問として腹の上に鉄製のものを裏側に被せ、その中にネズミを入れるのだ。そして鉄に熱を加える。一見ネズミが鉄の内側で暴れるだけではと思うのだがネズミの歯を舐めてはいけない、逃げ場を失くしたネズミは無理矢理にでも逃げ場を作ろうとするのだ。
それは腹の中、腹を食い破り、臓器と血の中に忍び込む。
閥はさっきの連れ去れた男性をモデルにその状況を想像して吐き気がした。
「せや、よーわかったな。流石お嬢さんや」
その言葉を聞き、閥は何度も劇だと心の中で言い聞かせた。
「もー閥さん、演劇ですからそんなに怖がらなくても」
俺は今そんな顔してるのだろうか。霧に笑顔で背中を叩かれ、目の前の二人もげらげらと笑う。
「こちらお品物になります」
俺は震える手でゴリに商品の入った袋を渡した。
「じゃあ俺たちは帰るわ。あんちゃんも頑張れや」
バラに肩に手をポンと置かれ、気前のいい笑みを浮かべて帰っていった。帰った後、俺はどっと疲れた気がして後ろの腰くらいの高さの台に持たれた。
長く続かない理由が分かった気がする。
閥はため息をついた。すると同時に霧も同じくため息をついていたのだ。さっきは笑顔だったのに何か困ったような素振りを見せた。
「おじいちゃんが心配してああやって何回も様子見に来るんですよ」
そして愚痴混じりの言葉を呟いた。
「優しいおじいちゃんなんですけどね、ただ度が過ぎるのがたまに傷なんです。店に何度も来られたら恥ずかしいですよ」
彼女は頬を軽く朱色に染めたが、そこじゃない。聞きたくないけどそこじゃないんだ。
「ほんと聞いてくださいよ。昔からはおじいちゃんは私が心配すぎて、じじバカなんですかね? 前も私が襲われちゃいけないからってスタンガンプレゼントにしますし、ああおもちゃのモデルガンとかも使わせようとしてました。運動会の時だって部下の人全員誘ってまで私をいろんな角度から収めておきたいってみんなにカメラを渡したりしますし、ああでも何故かその日に警察の人が来て大騒ぎになったらしいんですよね……なぜでしょう……閥さんどうしました? ああ、やっぱり初日は疲れますよね、私も最初はそうでした」
彼女はそう言ってニッコリ笑った。その笑顔は太陽のように眩しかったが、光が強くなるほど闇も強くなるのだと実感させられた。
「そう……」