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矢三倉閥は無職である

ある文庫に応募しましたけど落ちましたので再編集してリサイクルです。

「アンタ、いい加減働いたらどう?」


 頬杖をついて畳の上で猫のようにごろんとしてた俺を見下ろすのはパンチパーマをかけた小太りの母。

 窓の外からの陽ざしが程よく生暖かい春の季節、俺はその日差しをゆったりと堪能していたのだが、母のダメ人間を見る目つきが邪魔をした。


「漫画描いてるだろ」


 地毛がオレンジ色なのが特徴の青年、矢三倉閥(やみくらばつ)は母の文句を適当にあしらった。嘘はついてない、嘘は。だが母は俺の嫌がる所を徹底的につこうとする。


「アシスタントの仕事もなくしたアンタが、何漫画を描いてる言うんだい」

 痛い。

「アンタ、少年ジャブンに連載したけど十週打ち切りだったじゃない」

 痛い。

「私もあれ見たけど、正直一話だけだったよピーク。ドラマでよくある一話だけ映像が派手だった奴と同じだったわよ」

「ぐふっ!」


 母のマシンガンラッシュは止まらない。


「しかも最近はネット? で描いてるらしいけど幾らもらってんのよ。多分アンタの食費の方が高くつくんじゃない?」


 その通り俺の描いてるウェブ漫画はほぼ趣味で給料は雀の涙です。

 俺の青ざめている顔で察したのか母はため息をつき吐き捨てる。


「いつまでも夢追いかけるだけじゃ限度あるのよ」


φ


「確かにバイトぐらいはした方が良いよなあ」


 閥はとぼとぼとした足取りで国道沿いの歩道を歩き、独り言をぼやく。確かに母の言うことは正論である。 というか何言っても無色予備軍の俺に反論できるセリフなど一切ない。


 まず今の状況を振り返ってみよう。

 さっきの会話通り俺は現役漫画である。始まりは子供の頃から漫画が好きだったので、父に「そんなに漫画が好きなら描いてみたらどうだ?」と言われたのが俺のルーツだ。


 父は冗談交じりに言ったのだろうが当時七歳だった俺は真に受けてなってみたいと感じてしまったのだ。そして子供の頃から絵や漫画を描き続け、努力が実ったのか高校生の頃になんと新人賞を受賞したのだ。

 その頃が俺の天狗時期とも言っていい、人生の絶頂に達すれば後は落ちるだけ。

 堕落はノンストップ。ついに連載デビューしたのだが壁は厚く、有頂天になった俺が超えれるものではなかった。わずか十週打ち切り、二回目は十八週打ち切り、それが俺の実力だったのだ。


 それでも俺は食いつくためにある漫画家のアシスタントをしていたが、その漫画も終了で解散、で貯金のなくなった俺は情けなく田舎町に住む母の脛を齧ってるのが現状だ。


「情けないな」


 自嘲気味に呟き、自転車屋の隣に置かれた自動販売機に目をやる。

 カレー、コンポタ、お汁粉、その他その他。


「田舎の販売機ってたまにマニアックなの売ってるんだよな」


 商品すべてが百円で金のない俺にとってはまさに神の恵み、ポケットの中の小銭を漁ってみると。

 五十二円。

 それしかなかった。


 駄菓子屋で安いジュースでも買えと? まずい、もうジュース買うお金すら尽きたというのか。いや待て待て、俺には最後の希望があるじゃないか。

閥は靴底が削れまくったスポーツシューズを脱ぎ、靴ベラから千円を取り出した。


「こんな時のために隠していて正解だったな」


 何故隠していたかと言うと過去に一度財布を落とし、歩きで家まで帰った辛い思い出がある。そのせいか最低限の金を隠し持つ習性を持ってしまった。

 笑みを浮かべながら札を自動販売機に挿入しようとした瞬間、春には似合わない肌を震わせる風が吹いた。

 閥はふと顔をしかめ、風が過ぎ去るのを待った。

 春なのに寒い、昼の暖かさを返せ。


 閥は改めてジュースを買おうとすると、なかった。手元に金が無かった。

 閥は自動販売機に入ったのかと確認したが違う、もしやもしやと空を見上げた。


「ってああああああああああああああ!!!」


 俺の千円が空に! 空に!

 バサバサと風に吹かれ、翼をもった鳥のように飛んでいくが、閥は慌ててそれを追いかける。全力で走り、俺の頭一つ上ぐらいに降りてきた千円に手を伸ばすが、また風が吹く。

 変幻自在な軌道を描き、千円札はまた俺の手から離れていった。


「畜生!」


 俺は左角に曲がった千円を追いかけ、数十メートル先に赤信号があるのを見た。あの信号はなり立てほやほやで青になるには時間がかかる。つまりここが正念場、決着の付け所。

 俺は温存していた体力をここで使い、全速力で走り出す。奴が人間なら俺はチーター、それほど力量の差があった。


 あと一メートルの距離になり、俺は全力で手を伸ばす。だが神は俺を見捨てたようだ。最後の強風、それが千円札を後押しして奴は信号の先を超えていった。


「せ、千円が……」


 俺は絶望の渦に飲まれ、がっくりとその場に膝を落とす。

 これで完全に俺の資金は五十二円、うまい棒でも買えと言うのか。


「あのー! すいませんー!」


 声がした。少し甲高い女性の声。


「あのー!」


 可愛らしい声は俺に向けられているのだと知り、閥は顔を見上げる。

 信号の先には、青い高校生の制服を着たロングヘアの金髪が特徴の少女がこちらを呼んでいたのだ。

千円さえ守れなかった俺になんのようだと思うと、彼女の手に千円が、彼女の手に千円が握られていた。


「女神だ……」


俺は信号が青になり、急いで少女の元に駆け寄った。


「これ、落とし物です」


 少女の顔は一見綺麗な美少女だがどこか幼さの残る印象だった。それは緩んだ笑み故だろうか、だが彼女の笑みはまるで塵さえ輝かせる太陽、そんな感じだ。


「本当にありがとう」


 俺はお礼を言って彼女の千円を受け取った。

 少女は笑みを崩さず、


「追いかける様子はまるで絵本のおむすびころりんみたいでした」


 これはバカにされてるのだろうか、だが少女の言い方に悪意は感じられず、単に面白いから素直な感想を述べたまでか、千円札を恋人のように追いかけた変人と思われるよりはましだ。


「まあおじいさんの苦労がわかったよ……」


 俺は汗を服で拭い、少女に話を合わせる。すると少女は「あっ」と声をあげて、


「すみません、バイトで急いでたんです! じゃあさようなら!」


 少女は信号を渡り、俺に軽く手を振って走って行く。俺も軽く手を振って少女が去っていくのを見届けていく中、あの子も立派に働いてるんだなと今の自分が余計情けなく感じてしまった。


「バイトぐらいはするか」


 俺はこの千円で履歴書と証明写真を手に入れる事を決めたのだった。

 この時知る事は無いだろう。この選択が俺の人生を一気に変える出来事になるなど。




完結まで毎日投稿するつもりです。

午後の十二時と午前の零時に二つずつ投稿です。


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