接触
(二)
二十分程歩くと川沿いの公園に着いた。
公園の中の一番木立が密集している所にその「家」はあった。
廃材で造ってある継ぎはぎだらけの小屋は、見栄えと違ってしっかりしており、
あたりに幾棟かある、他のホームレス達のブルーシートの仮住まいとは赴きの違い
を見せていた。
「チェッ、とうとうここまでついて来ちまったか、仕様がねえな」
ホームレスは舌打ちしながら言う。
「すみません」
土屋は頭を下げた。
「それで何の用があるんだ」
「いえ、用って訳じゃ......」
「じゃあ何でついて来た」
「さあ、自分でもよく分からないんです」
「飯にするんだ、帰ってくれ」
土屋は、帰らされたらここまでついて来た甲斐がないと思った。
「あのう、夕飯......食わせてください。代金払いますから」
食らいつくしか無いと思って、考えもなく言ってみた。
「なに? 俺等がどんなもん食ってるのか知ってて言ってんのか。お前、変な奴だ
な」
引っかかりが出来た。
「はい、食べてみたいんです」
「ちぇっ、しようがねえな、そのかわり不味くて高いぞ」
ホームレスはそう言うと、土屋にデコボコの鍋を差し出した。
「水道が芝生広場の反対側にあるから六分目汲んでこい」
嬉しかった。ついて来たのが無駄にはならなかったし、男のことを知る切っかけ
が出来たと思った。
携帯コンロを出し、土屋の汲んで来た水の入った鍋に、あちこちから集めたと思
われる残飯をぶち込み、グツグツ煮て味噌で味をつけると、そこにウドンを入れ
た。
色々な残飯がごっちゃになってビニール袋から出て来たのを見た時(うえ、これ
を食うのか)と思ったが、煮えてくるうちに美味そうな匂いが小屋を充満させた。
「ミチ、ごはんだよ」
そう呼ぶと、ウサギの縫いぐるみで遊んでいた女の子が、棚から茶碗と箸を出し
て、古びてニスの剥がれた卓袱台の上に置いた。
茶碗は拾って来たものだろう。柄も大きさもまちまちだし縁は所々欠けている。
箸は割り箸を洗って使っていた。
土屋には「メシ」と言ったのに、娘には「ごはん」と言うのがなんだか微笑まし
い。
「飲むか?」
ホームレスはそう言うと、焼酎のビンを出してワンカップのコップに注いだ。
「いただきます」
そう言って焼酎を口にすると、独特の味がしたが、決して不味くはない。
「ゴミ収集所に置いてあるビンから少しずつ集めたもんだ。ビン一本にするにゃあ
結構大変なんだぜ」
色々な種類が混じっているのだろう、道理で複雑な味がするはずだ、しかし煮込
みウドンも焼酎も不味くはない。かたわらでは「ミチ」と呼ばれた女の子が、手を
グーにして箸を持ち、フーフーしながら食べている。
三畳ほどの狭い空間ではあったが、なんとも言えない親密感があって温かな気持
ちになった。
いつの間にか日は落ち、公園は人影もまばらになり、恋人同士の密やかな会話だ
けが夜の帳のなかにあった。
物音がしたような気がして、土屋は目が覚めた。朦朧としてはいたが、ホームレ
スの小屋で酔って寝てしまったことは覚えていた。
暗がりにホームレスが上半身を起こしているのが見える。
「やられた」小声で言う。
「何がですか?」 土屋が聞く。
「シッ! この匂いが分からないか」
そう聞いて改めて鼻を効かせてみた。
「ガソリン…… 逃げましょう!」
「だめだ」
次の瞬間、ボンッと音がして、小屋はあっという間に火に包まれた。
「逃げなきゃ」
「まて! 俺が先に出る。お前はミチを連れて逃げてくれ」
そう言うと、入り口の朽ちた雨戸で造ったドアを蹴破り、自分の着ていた上着を
投げた。
瞬間、左右から金属バットがその上着にヒットする。
左の男がもう一度バットを振り上げようとするタイミングに会わせて懐に飛び込
むと、バットのグリップを右手で制して左拳を鳩尾にめり込ませバットを奪う、右
からもう一人のバットが、頭を目がけてブンッと唸りをあげて振り下ろされる。
瞬間、そのバットの手元下に沈み込む様に身体を落としたホームレスは男の両臑を
奪ったバットでなぎ払った。
(もう一人いる)あたりを見回すと逃げていく影があった。
土屋はミチを抱いたまま、ホームレスが戦っている隙に小屋から逃げ出した。
その間もホームレスの戦いを見逃すまいと目を凝らしながら。
(さっきのは臑切り、柳剛流か)
今の剣道には無くなってしまった古流剣術の技を思い浮かべた。
小屋は崩れ落ちて豪勢な焚火になっている。
遠くから消防車のサイレンが聞こえてきた。
前後してパトカーも来た。
土屋はここまでの顛末を説明する。
刑事は、この街にはいくつかの少年の不良グループがあり、それぞれが対立して
いて暴力沙汰を起こしたり、一般人にも、ちょっかいを出したりするという。
「あんまりかかわり合いにならん方がいいよ、世間じゃ時速200キロも出る新幹線
が走っても、女がエベレストに登る時代になっても、くだらん奴らはなくならな
い。しかも裏にヤクザが絡んでいる場合もあるからね、近づかんほうがいい」
好々爺とした退職間近であろう刑事は、そう言って二十歳前後の不良二人をパト
カーに乗せようとしたが、一人は両臑をやられていたので、肩を借りずには歩くこ
とが出来なかった。
二人は昼間の五人グループのメンバーだった。尾行して仕返しする機会を伺って
いたのだろう。
「かかわらない方がいいって、かかわらなかったらあの学生は一体どうなったと思
っているんだ。あの刑事も『かかわらない』生き方で、出世だけを考えて今までき
たんだろう、それが顔に出ている」
まだ興奮の冷めない土屋は吐き捨てるようにそう言った。それでいて、ホームレ
スに感情移入している自分が、妙におかしくもあった。
ホームレスは、騒ぎに集まった近くの仲間のテントに、誘われるままに入ってい
った。