11.5.戦争を終わらせるために
なにかを目ざとく察した鳳炎が、睨みを利かせる。
ここまで眉間にしわが寄っているこいつは、初めて見るような険しい顔をしていた。
「おい、応錬。お前何を考えているのだ。お前の考えてる策が私の読み通りであれば……皆を悲しませることになるぞ」
「はははは」
「笑いごとではない……。やっと起きたのに、また眠りにつくつもりか……」
さすが鳳炎だ。
まぁ俺が零漸に封印のことを聞いたんだから、分からない方が難しいかもだけど。
つっても、本当はこんなことしたくはないんだよな。
でも、これをすれば……戦争を終わらせることができるかもしれないのだ。
俺が、敵対している人間たちの手によって封印されること。
さすがに死にたくはないのでね。
それに普通に攻撃を受け続けてても死なないだろうし、そっちの方が確実だ。
敵対している人間が封印することによって、彼らは脅威が去ったと思うはず。
俺が悪役に仕立て上げられているから起こっている戦争。
そのせいで多くの仲間たちが戦いの中で死んでいくのを、俺は良しとしない。
であれば、居なくなればいい。
そうすれば向こうも戦う理由を失う。
こちらも、守る理由を失うはずだ。
そこで服が引っ張られる。
「「駄目」」
「つってもなぁ……」
「やっとお話しできたのに! そんなことしたら、二度とお話しできない!!」
「そうですよ応錬様! 逃がしませんからね!!」
「いででで……」
アレナと姫様に腕をガシッと握られて拘束される。
姫様はともかく、アレナはずいぶん力が強くなったものだ……。
……しかし、これ以外に戦争を終わらせる方法は思いつかない。
力でねじ伏せるのは不本意だ。
俺がいる限り戦争が続くことになりかねない。
鳳炎とダチアが頭を掻いた。
アスレとバルトも難しい顔をしている。
ライキを見てみれば、小さく唸っていた。
誰しも思うところがあるのだろう。
そして、これが一番手っ取り早い解決策だということも分かっている。
封印魔法があるということは分かった。
人間も一つくらい使えるはずだ。
俺が無理に出ない限り、破られない技能というものが。
「……私たち個々の意思を無視するのであれば、それは確かに有効な手段だ。戦争を確実に終わらせることができる」
「もちろん反発も出るだろう。戦って死んだ者が報われないと声を上げる者もいるはずだ」
「確かにそうですね……。ガロット王国兵士、冒険者の多くは戦いに身を投じてくれました。無駄だった、とまではならないでしょうが、応錬さんの決定に不満を口にする者は出てくるでしょう」
「でもそれを口にするのは実際に戦った人たちだね。戦う術を持たない普通の人は、さっさと戦争なんて終わって欲しいと思っているはずだよ。応錬君の決定を実行した場合、喜ぶ人の方が多いのは事実だね」
「……ふぅむ」
鳳炎、ダチア、アスレ、バルトの会話を聞いて、ライキが唸る。
懐かしいあの口調と仕草を再び見ることができた。
頭を人差し指でトントンと叩き、目をつぶる。
隣に座っていたシムが、声をかけた。
「ライキ様は、どう思われますか?」
「……応錬様が再び眠るというのであれば、儂は止めませぬ。しかし……その場合、それでは足らぬかと」
「足りない……?」
俺だけでは足りないということか?
……いや、でももしそうなら……。
ライキは俺が言葉に出すのをバッと手で制した。
自分が言う。
そう言っている気がする。
背を正し、服の裾を後ろに放って足に手を置いた。
懐かしい雰囲気だが、なんだかそれが怖い。
ゆっくりと目を開けた後、ようやく口を開いた。
「……鳳炎殿、零漸殿、リゼ殿も眠らねばなりますまい」
「うぉえ!? 俺もっすか!?」
「……左様にございます。応錬様が元凶とされておりますが、魔物の仲間としてお三方も危険視されておるのです。同等の力を持っていてもおかしくないと、誰もが思っている事でしょうな」
「ああ……そうであるな……」
んむぅ……そんな簡単な話じゃなかったってことか……。
そうなると俺だけではなく、他の三人も巻き添えになる……。
できればそれは避けたいところだ。
眠るのは俺だけでいい。
だけど、それだけじゃ足りない……かぁー。
いやだなぁ……。
「ん~……」
「……私はそれでもいいとは思うがな」
「鳳炎?」
全員の視線が鳳炎に集まる。
先ほどの意見では有効な手段だとしていたが、今度は賛成した。
鳳炎が賛成するとは少し意外だった。
いつも犠牲の出ない策を練り、実行していたのだから。
「いや、違うな。むしろそれしかない……と言いきっても良いだろう。応錬の言う通り、この戦争は私たちがいるから起こっている。それを解決するのは、やはり私たちがいなくなる他ない。まぁ私は死ねないのだが……封印であれば、実質死んだようなものだ。彼らが生きている内は、私たちは目を覚ますことはないだろうしな」
「鳳炎殿……そうは言いますが、何故そうも簡単にご決断されることができるのですか。それが有効な手段であれど、そのお覚悟は何処から……」
「あー……まぁ……。そうだなぁ……」
ウチカゲの問いにはすぐに答えられないらしい。
それもそうだろう。
俺もそうやって聞かれたら、少し考えなければならなくなる。
人間たちの手によって封印され、そして眠る。
これは、今この場で過ごしている者たちとの永久的、もしくは半永久的な別れとなるだろう。
長生きができる悪魔は運が良ければ再会することができるかもしれない。
しかしそれは封印が解かれればの話だ。
邪龍……でいいか。
俺はそう呼称されることになるだろうな。
そうなった場合、誰が好き好んで封印を解くかって話だ。
封印は解かれず、二度と日の目を浴びることがない可能性もある。
実質的な死。
それを簡単に受け入れようとしていることに、ウチカゲは疑問を持ったのだろう。
他の者も、そうかもしれない。
「俺は、俺のせいで戦争が起こっているのが嫌だから、だけどな」
「応錬様も、他の者たちの気持ちを少しは汲んでやってくださいませ。……勝手が……すぎます」
「かもなぁ」
握っている杖からギュウゥ、と音が鳴った。
ウチカゲも……アレナと姫様と同じ心境なのは分かる。
俺も勝手だということは重々承知していることだ。
申し訳なとは思っている。
「だけどさ。俺って多分、この世界……を救うために戦ったわけだろ? それで守られた人は多かったはず。なのにさ、人同士で……守った者同士で戦うのってさ、おかしいじゃん」
何と戦ったのかは、記憶にない。
だが放置していればすべてが破壊しつくされる存在だったということは、なんとなく覚えている。
俺たちは守るために戦った。
だが結果として、守った人同士で戦っている。
その原因が俺だというのだ。
であれば……やはり大人しく眠りたい。
人の手によって封印させることによって彼らは安心するはずだ。
「すまん、ウチカゲ」
「……そう……ですか……。ッスーーーー……」
ウチカゲは、大きく息を吐いた。
そして頷く。
「……天打の墓には、起きている内に寄ってくださいね」
「そうしよう」
「ウチカゲ!? 駄目だよ応錬!! なんでそうなっちゃうの!!」
「アレナ」
サテラがアレナの肩を叩く。
バッとアレナが振り返ると、目をつぶって首を横に振っているサテラがいた。
「サテラ……?」
「今の貴方の見ていることと、応錬さんが見ていることを考えてみて」
「そんなの分かってる! でも!」
「だったら尚更……応錬さんの決めたことに異を唱えちゃダメよ。応錬さんは自分の身を挺して戦争を終わらせようって言ってるの。でも貴方は応錬さんが起きていればそれでいいっていう、子供みたいな考えしか持っていない。分かってるなら、貴方が大人にならなくちゃ」
「でもぉ……で、でもぉ……。う、うえぇえええ……」
アレナが俺の服に顔をうずめる。
その頭を優しく撫でてやった。
大声では泣かない。
ただ服に顔をうずめ、声を殺すようにして静かに泣いている。
だが、本当に悔しそうだということは分かった。
何もできない自分が、そうさせるのだろう。
「すまん」
「ううぅ……! ううぅうう!!」
「サテラ、ありがとうな」
「姉ですから」
サテラはそう言ってから座り直す。
だが、その表情は悲し気だ。
いくらバミル領の領主であっても、この決定は心にくるものがある。
まずは気持ちの整理をつけようと、小さく息を吐いた。
そこで服がまた引っ張られる。
姫様が泣きながら顔を見てきた。
「どうしても、なのですか……?」
「俺はな」
「私も応錬の決定に従うつもりである。というか応錬。お前良く寝起きでそんなこと簡単に決めたな」
「それに乗る鳳炎も同類だわ」
「言い返せんな。そうだウチカゲ。お前の問いに対する答えだが……」
「無理に答えなくても構いませんよ」
「いや、答えよう」
そう言って背を正した。
そのあと、口を開く。
「お前たちのためだ」
「……狡い。そう言われませんか?」
「これが初めてであるな」
珍しくおどけ、鳳炎はクツクツと笑う。
何が面白いのか分からないけど、まぁなんだか楽しそうだ。
変な奴である。
いや、俺の方がおかしいか。
でもまぁ、鳳炎の言う通りではあるんだよな。
俺は守った人のためとか言ったけど、やっぱり一番身近な奴らが戦争で戦って死ぬのは嫌だ。
……それは、皆も同じなんだろうけどね。
あとは……。
零漸とリゼに話を聞かなければならないな。
「……あんまり聞きたくないが……。零漸、お前はどうする」
「すいません兄貴。俺は……嫌っす……」




