10.30.刺し違えてでも
拘束が解かれ、天の声が倒れる。
やれやれと言った様子で地の声が担ぎ上げた。
「なんでこんなボロボロなのさ」
「悪鬼だよ……二体も来やがった……」
「ああ、そりゃ災難だったね」
懐かしい名前も出てきたものだと、地は笑った。
何が可笑しいのかと気分が悪くなったが、助けられているので何も言えない。
とにかく安全な所に隠れ、少しでも回復しなければならない。
無駄口を叩くのはその時からでも遅くはないだろう。
地としても、今天に消滅されると自分の力が大幅に減少してしまうので早急に休ませてやりたかった。
念のため戻ってきてよかったと胸を撫でおろす。
天がいなければ、自分たちなど悪魔にも簡単に負けてしまう程のもろさなのだ。
「……よく戻ってくれた……」
「ああ? 良いよ別に。意外と早くに始末が付いただけさ。一番面倒そうな奴だったから時間がかかると思ったんだがね」
「どの、悪魔を殺した?」
「ルリムコオス」
すべてを破壊する技能を持ったルリムコオス。
倒すのは非常に簡単だった。
地面を動かし飲み込ませ、地中の中で洗濯機の様に混ぜ合わせただけだ。
面倒そうな技能ではあったが、その範囲外であれば脅威ではない。
今頃は地中の中でバラバラになっていることだろう。
確かに面倒そうな敵を始末してくれたと、天は不敵に笑った。
技能に制限をかけなければ勝てないかもしれないとは思っていたのだが、地の能力と相性が良かったらしい。
「よく、やった」
「どういたしまーして。んじゃ……逃げるよ」
「そうしてくれ……」
ぐっと足に力を入れる。
跳躍して空を飛ぼうとしたのだが、体がガクンッと傾いた。
なんだと思って下を見てみれば、足に粘液質の液体が絡みついている。
それが地面から伸びており、逃走を阻止していた。
足に力を入れてみるが、千切れない。
なんとも面倒な技能だと思って術者を探す。
それはすぐに見つかった。
「げっほ……げぁ…ぺっ……」
上半身だけを何とか人の形にしたイウボラが、こちらに手を向けて粘液質の液体を操っている。
地面に埋まって大ダメージを受けてしまったが、この体のお陰で耐えることができた。
だが、これ以上攻撃に回せる力は残っていない。
本体は粘液質の体だが、不死身ではないのだ。
液体に衝撃が加われば、それはダメージとなる。
地面の中ですりつぶされたのが痛手となっており、既に意識を保つことだけで精一杯だったが、イウボラは一つの信念のもとに最後の力を振り絞って地の声を捕えていた。
援軍が来るまでは逃がさない。
体の中に仕舞い込んである無数の石板の力を借り、魔力を引き出す。
これを使うと後で魔力を徴収されてしまうという代償が付きまとうが、今はそんな代償に構っている暇はない。
とにかくここに張りつけ続ける。
「逃が……さん……!!」
「しつこいな。だが地面にいる限り私には勝てないよ」
地の声が指を振った。
すると地面が隆起し、足場が瓦解する。
一瞬で巨大な溝が出現してそこにイウボラが落ちていく。
イウボラが張り付いていた地面をくり抜いて、その間に溝を作った。
なんて器用なことをするんだと歯を食いしばって地の声を睨む。
これでは逃げられない。
今ので拘束していた粘液に張り付かせていた地面も綺麗にくり抜かれている。
「くそ!!」
バッと手を広げ、壁に変形させた爪を立てた。
ガリガリという音を立てながら勢いを殺し、何とか停止させる。
だがこれ以上は登れなかった。
力のほとんどを拘束に使用したためだ。
残っている石板の魔力を使ったとしても、この溝から逃げることは叶わないだろう。
「フン」
他愛もない。
そう言いたげに鼻を鳴らしたあと、地はまた指を振った。
溝が閉じる。
後数秒もすれば完全に閉じてしまい、自分は今度こそ死んでしまうだろう。
魔力の徴集も始まりそうだ。
あと一歩だったのにと心底悔しそうに歯を食いしばり、壁を殴った。
「すまねぇ……!! アブス……!!」
ビタッ。
溝が閉じるのを止めた。
地の声の気が変わって生け捕りに出もされるのだろうかと思って上を見てみる。
すると、地の声は驚いた表情で周囲を見渡していた。
気が変わったわけではなさそうだ。
では何故止まったのだろうか。
それは、次に聞こえてきた声で分かった。
「『土地神』!! ダチア!! 溝の中っす!!」
「わかったぁ!! 応錬!! かませ!!」
「いわれ……なくても!!!! 『天、割』!!!!」
全力で柄を握り、筋も構えもぐちゃぐちゃな力任せの一撃が、地の声に直撃した。
だが地の声はその天割を手で防ぎ続けている。
ダメージはあるようだが、この一撃だけでは仕留められないだろう。
「ぬううううう!!」
「……まだ来るか……」
押している。
地の声には天割は通用するということが分かった。
となれば次手をぶち込む。
『影大蛇……『天割』突きバージョン!!』
ゴウッ!!
影大蛇を抜刀した瞬間、すぐに突き技へと移行した。
鋭い斬撃がまたもや地の声を襲うが、今度はそれを蹴とばされてしまう。
しかし、足首から下を吹き飛ばすことには成功した。
バランスが崩れたからか、白龍前での天割を支えることができなくなったらしい。
体をひねって回避したが、その時に右腕を吹き飛ばした。
そのどちらもすぐに再生してしまったが……今の一連を見て『戦える』と理解することができた。
すぐに構え直し、影大蛇を納刀して白龍前の切っ先を地の声に向ける。
「ぜってぇ殺す」
「……おい天。てめぇなんてもん育てやがった」
「不可抗力だよ……」
再び腰を落として構えを取ったと同時に、地の声もこちらに手を向けた。