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10.21.顕現


 激痛が体を走り抜ける。

 何かが無理矢理飛び出そうとしてきているような感じだ。

 青龍に進化した時と同じほどの痛み。

 歯をくいしばって耐えられるようなものではない。


「ごぁ……! がが、ぐがあ……!!」

「応錬!!?」

「応錬様! 応錬様!! ウチカゲ、零漸殿を!」

「回復魔法だな! 分かった! 零漸ど……の」


 テンダの指示に従って零漸を呼ぼうとしたウチカゲだったが、零漸を見て口ごもる。


「いいいいいいでええああああああ!!!!」


 腹を抱えてのたうち回っていた。

 この世界で痛みとはほぼ無縁だった零漸が、痛いと口にしている。

 それだけで、何か異様なことが起きているということが分かった。


 先ほどまで近くで楽しげに話していた三人が、零漸に声をかけ続けている。


「れ、零漸!? ど、ど、どうしたの! ねぇ!!」

「おうおうなんだ!? どうしたってんだよ零漸!! テキル! 何とかならねぇか!?」

「わわ、わか、分からないよ!!」


 慌てふためく三人を見た時、ふと気づいたことがあった。

 ウチカゲはリゼとユリー、そしてローズがいた方向を見る。


「……ァ……ギ……」

「ちょ、ちょっとなに!? どうしたのよ!!」

「リゼさん!? リゼさん!!?」


 リゼは、激痛で既に意識が飛びかけている。

 辛うじて意識を保っているようだったが、彼らの体に起きていることがまだ続けば、早々に気絶してしまうだろう。


 この様子だと、鳳炎も同じようになっている可能性が高い。

 今何が起こっているのか。

 瞬時に理解することはできなかったが、今まで応錬たちと長らく一緒に居て、今回の事件のすべてを知る一人として、考えたくない言葉が脳裏をよぎる。


「……失敗……?」


 これからどうすればいいのか分からない。

 何をしたら四人を助けられるのか、何をすれば邪神復活阻止を成功させることができるのか。

 その阻止方法も分かっていた。

 できることはやった。

 だがこれ以上、何をすればいいのかウチカゲには分らなかった。


 すると、変化が起きた。

 近くにいた応錬、零漸、リゼの体から、色の違う丸い球が抜け出てきた。

 白い球は応錬から、黒い球は零漸から……青い球は、リゼから。


「なんだ……!?」

「なにこれ……、て、テンダ……これなに?」

「分からない……」


 半透明の球。

 魂というのはこういうものをいうのだろう。

 ゆらゆらよその場を漂い、次第に大きくなっていく。


 だが完全に大きくなる前に、それらはすべて切り裂かれた。

 ほぼ一瞬の出来事。

 何事かとその場にいた者たちは周囲を見渡すと、ある一団が各々の武器を持って三人から抜け出した魂をとにかく細切れにしていた。


「くそがあああああああああああああああ!!!!」

「駄目だ!! 駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ!!!!」

「マズい……マズい……!!!!」


 悪魔。

 それを初めて目にする者たちは、彼らの鬼気迫る様子を見て数歩後ずさる。


 ダチアが長剣を振り回し、マナが槍を振り回し、イウボラが爪を振り回す。

 何度も何度も、何十回も球を切り裂き、それらを霧散させようとした。

 だがほとんど意味はないようで、散り散りになった球は再び元に戻る。

 それでも尚、彼らは武器を振り続けた。

 意味がないと分かっていても、そうでもしなければ自分たちがおかしくなりそうだったのだ。


「駄目だ……!!!! 駄目だ!!!! 四人同時召喚は駄目だ!!!!」


 ダチアは一瞬固まる。

 思わず口にしてしまった。

 今の発言は自分の命を容易く刈り取る呪いを発動させるに十分だったからだ。


 だが、何も起こらなかった。

 彼の発言を耳にしてしまったマナが叫ぶ。


「ダチア!!!!」

「……何故だ……!! なぜ呪いが発動しない!!!!」


 死なないのであれば、まだ斬り続けられる。

 現状をすぐに飲み込んだダチアは、そのまま白い球に刃を振るった。

 まったく感触のない攻撃。

 本当に当たっているのか分からないが、目で見てみれば確かに球は切り刻まれている。


 だが、それだけだった。


 三人の悪魔が上空で暴れている時、俺は何とか目を覚ますことができた。

 体は既に痛くはない。

 何かが変わったふうでもない。

 上体を起こし、今目の前で起こっていることを理解するのに励んだ。


「……なにが……起きている……」

「応錬!」

「応錬様!! ご無事ですか!?」

「あ、ああ。俺は大丈夫だ。で、これは……」

「応錬様から白い球の様なものが出てきまして……それを悪魔が……」

「……待て。待て待て……待ってくれ。……それってつまり」


 考えたくはない。

 だが現に悪魔がここまで狼狽して刃を振るいまくり、今見えている中でも色のついている三つの球が宙に浮いている。


「失敗したのか……? なんでだ……? ……なんでだ!?」

「……」

「ウチカゲ……? どうした?」


 ぼーっと空を見ているウチカゲ。

 何か様子が変だった。

 一体どうしたのだろうかと思って声をかけると、ゆっくりと振り返る。


 その顔は血の気が引いており、冷や汗が噴き出していた。

 ウチカゲらしくない様子に、三人は驚いた。


「お、おおう、応錬、様……」

「どうした!! 大丈夫か!?」

「殺意が……邪気が……!!」

「殺意? 邪気? どういうことだ?」


 そんなものは何も感じない。

 殺意が迫ればテンダが気付いてくれるはずだ。

 だが何も分からないようで、首を横に振った。


 ウチカゲは何を感じ取ったというのだ?


「あの球……から、とてつも、ない……殺意と邪気を……感じます……!」

「……それだけで、もう確定だよな……」

「応錬! どうするの!?」

「どうするっつったって……俺も分からねぇよ!! 悪魔ぁ!! なぜだ!? なぜ失敗した!!」


 鳳炎の作戦は、悪魔も了承してくれていたいい案だったはず。

 その中に邪神復活阻止の方法があったのは間違いない。

 だが先ほどの話をまとめると、こうして人々を移動させることが正攻法だ。


 今までは俺たちがいたせいでそれも完全に成功はしていなかったようだが、今回は完全に成功していたはず。

 魔力量の高い俺たちも外に出たし、ガロット王国に蓋をしている魔力は一切ないはずだ。


 ……それとも、もう意味がなかったのか……?


 俺の声を聞いたダチアが、長剣を振り回しながらこちらに言葉を投げつける。


「~~!! 成功していたはずだ!!!! お前らの行動は正しい!!!! 何も間違ってはいない!!!! なぜ失敗したのか俺にも分らん!!!! 分からないのだ!!!!!!」

『そろそろいいかなぁー?』

「!!?」


 ダチアが消えた。

 一拍遅れて、数十キロ離れた場所で爆発が起きた。

 火薬が爆発した……というものではなく、何か巨大なものが地面にぶつかり、破壊した音。


「!! ダチアアアアア!!」

『お前もだよ』

「!!? 地の──」


 マナが真下に叩きつけられる。

 地面が凹み、隆起し、二度目の衝撃が走ったところで爆風が周囲を襲う。

 近くにいた人々は吹き飛ばされてしまった。

 出ていた店や商品も同じように空を舞い、二次災害を及ぼすきっかけとなる。

 あれだけでも相当な怪我人が出るだろう。


 それは、俺たちも例外ではなかった。


「『空圧結界』!!」

「く、『空圧結界・剛』……!!」


 ドンッ!!!!

 空気がぶつかるような音が空圧結界から出た。

 それには罅が入り、すぐに砕ける。


 風圧だけでこの威力?

 何の冗談だろうか。


「うおおおおおお!?」

「きゃああああ!!」

「ぐぬうううう!! 応錬様しっかり掴まってください!!」

「捕まえられてんだけどなお前に!!」


 鬼であるテンダの攻撃を見ていたおかげで、すぐに爆風が来ることは予想できたが……まさか空圧結界がそれだけで破壊されるとは思っていなかった。

 今はテンダとウチカゲが俺とアレナを抱え、爆風を耐え凌いでくれている。

 大きく腕を振るったテンダが風を引き起こし、中和した。


 ようやく静かになったこの場には、ほとんど何も残っていなかった。

 零漸の空圧結界・剛だけは壊されずに残っていたようだ。


「ぐぅ……」

「れ、零漸! 大丈夫!? まだどこか痛いの!?」

「だ、大丈夫っすよカルナ……。久しぶりの痛みに慣れてないだけっす……」

「痛いんじゃない!」

「ケホッ……助かったぜ零漸……。大丈夫かテキル」

「僕逃げとくね……。にーに、あとで出して。『収納』」

「ああ」


 テキルは収納の中に入り込んだ。

 避難場所としては十分である。


 あとこの場に残っているのは……凹んだ地面の真ん中に倒れるマナだけだ。

 まずは彼女を助けなければ。

 そう思って、テンダに手を離してもらって駆けつける。


「くっ! おい! 大丈夫か!?」

「……」

「『大治癒』!」


 すぐにマナを治療し、回復水を飲ませる。

 これで完全に回復はしたが、意識は取り戻さなかった。


 すると、上空から笑い声が聞こえてきた。

 小さな笑いだったが、それは次第に大きくなり始め、しまいには吹き飛ばされた人々にまで届くほどの大きさへとなっていく。

 心底楽しそうに、そして凶器的に笑う三人。

 俺はそのうちの一人に、見覚えがあった。


「……天の声……!!」


 今もなお、笑い声が響いている。

 それが絶望の始まりだとでも言わんばかりに、彼らは笑い続けた。

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