9.9.バトルホース
ギルドから出て準備をしに行った俺たちだが……。
「二時間もいるか?」
「馬車の用意、騎竜の手配を考えるとそれくらいないといけないのではないでしょうか。 騎竜にあう手綱とか……」
「そーよー。結構面倒なんだから。ていうか応錬とウチカゲは鳳炎とアレナちゃん連れてこないといけないんじゃないの?」
「任せるぞウチカゲ」
「適任ですね。行ってきます」
俺の足だと移動だけで時間食ってしまうからな。
ここはウチカゲに迎えに行ってもらうのが適任である。
さて、残ったのがまさかの俺とユリー。
凄い違和感ある組み合わせだと俺でも分かるぞ……。
あ、そういえばジグルはどうした?
「ジグル君は連れて行けないから、今はイルーザ魔道具店にいるわ。あそこが彼の家みたいだしね」
「そうだな」
暫くはあそこでみんな一緒に過ごしていたからな。
あいつが冒険者になったのも、イルーザ魔道具店を助けたいってのと皆を守りたいってのでやってるんだ。
中々できる事じゃないよな。
もうBランクだし、もう十分一人でもやって行けそうではあるんだけどね。
目指すはやっぱりSランク冒険者なんだろうな。
俺も目指してはいるけど、この騒動と悪魔の件を終わらせないと冒険者活動なんて到底できそうにない。
「にしてもなんであんたは三日も寝られるわけ? せめて一日で起きなさいよ。あれくらいで情けない」
「酷い言われようだな……。俺だって気絶した経験はあんまりないんだよ」
「慣れるようなもんじゃないわよ?」
「いやそうだろうけども……。俺にも分かんねぇんだっての」
「ふーん」
魔物であるが故の反動なのだろうか?
この辺はよく分からない。
まぁ迷惑かけたことは事実だけどな。
「そういやお前何の躊躇せずにぶん投げたよな」
「今!? いやだって投げろって言ったじゃない! 貴方の技能が凄いことは知ってたし、打開策があるのかと思ったのよ」
「教えたことあったっけ?」
「ないわ。でも仲間同士信じなきゃね。そこで躊躇ったら何か失うことだってあるし」
「おお、ユリーがまともなこと言っている……」
「なに?」
ちょっと圧が怖いです、ごめんなさい調子乗りました。
でもそうか、こいつもいろいろ考えて経験して、躊躇せずに俺をぶん投げたのね。
まぁ確かに投げろって言ったのは俺だし、そこまで追求するつもりもない。
お前もなんか大変だったらしいしなぁ。
ローズから聞いて覚えてるぞ。
あれ、そういえば俺たち何処に向かってんだ?
ぶっちゃけ俺この状態で出発準備は整ってるから、特に必要な物はないぞ。
武器もあるし、食料もあるし、水は出せるし……。
「まぁそれは置いておいて……。ユリーは何か準備するのか?」
「ええ。武器を取りに」
「鳳炎も同じことやってたな」
「今回は少人数での戦闘になるでしょうし、極力戦闘は避けるつもり。だから小さな戦斧を持っていくわ」
「なるほどね」
今ユリーの持っている戦斧は非常に大きい。
一体何キロあるのだろうか。
前は六十キロのやつを振り回していたっけ……。
小さい戦斧は少しだけ苦手らしいが、基本的には投擲に使用するらしい。
勿体なくないかとは思ったが、人の戦闘スタイルにケチをつけるのは止めておこう。
Sランク冒険者だしな。
斧の説明と戦い方を聞いている時に、俺とユリーは一件の馬小屋を通り過ぎようとした。
すると、急に中にいた馬が大きな声を出して暴れはじめる。
暴れると言っても小屋の中だけでだ。
実際に小屋を壊すことはない。
「な、なに……?」
「びっくりした。なんだこのデカい馬……」
そこに居たのは普通の馬の三倍はありそうな大きな馬だ。
普通の馬よりも屈強な筋肉を持ち、その体躯を支えている。
色は黒く、首筋に生え揃っている毛は長くなって下の方へと垂れていた。
何でこんな馬がこんな所にとは思ったが、そこでユリーが小さく呟く。
「バトルホース? 魔物よこれ……」
「え、なに? 戦う馬?」
「何をどう聞き取ったらそんな言葉に変換されるのかしら」
いや、英語を直訳しただけなんですけど……。
まぁこの世界では通用しないか。
「えっと、バトルホースってなんだ?」
「まぁ珍しい魔物だから知らないのも分かるわ。普通の馬が魔物の肉を食べると、稀にバトルホースに進化するのよ。とはいっても馬は草食だし肉なんて食べないから、食べること自体が珍しいの。極度の飢餓状態でもない限り食べないからね」
へー、そうなのか……。
ってことは、こいつもしかしてサレッタナ王国を襲ったあのムカデの肉でも食べたのか!?
うへー、よく食べようと思ったなお前……。
すると、バトルホースが足を踏み鳴らす。
若干地面が揺れる程の力だ。
これが前線を走っているだけでチャリオット並みの火力が出そうだな……。
「ブルルルッ」
「……ん?」
バトルホースは俺だけを凝視しているように感じる。
ちょっと気になってユリーと離れてみるが、相変わらず視線は俺を追っている。
反対側に行ってみても同じだ。
え、なんすか……俺に何かついてる?
するとバトルホースは上体を一度上げて、前両足でズドンッと地面を穿つ。
「ヒヒィイン!」
「おおぉ……凄いな……」
「これじゃ他の馬が怖がるわ。管理人も大変そうね……」
奥の方を見てみると、小屋でバタバタと動き回っている馬を世話している人がいた。
これは俺たちがここいるからこうなっているのだろうか?
さっさと離れた方がよさそうだ。
ユリーもそれに賛成し、俺たちは移動しようとする。
するとどうしたことか、バトルホースは更に暴れ始めてしまった。
「ヒヒィィイイン!!」
「なんだなんだ!?」
「ブルルルッ!」
「えー……なんだよこい……つ……。あ、あれ? この、この馬小屋……」
改めて馬小屋を見てみると、なんだか見覚えがあった。
記憶を辿ってみれば、すぐに思い出す。
ここは……ここは俺たちが馬を預けていた馬小屋!!
「お前スターホースか!!?」
「ヒヒィイン!」
「まじか!? え、ほんとに!!?」
近づいていくと、俺は周囲にいる人や管理人に強く止められかけた。
だがそれは間に合わず、バトルホースの近くまで寄ると、すぐに頭を下げて俺に撫でられる。
本来、バトルホースは魔物であり危険な存在だ。
魔物化した動物は基本的に人間を襲う。
だがこのバトルホースは人を襲うことなく、じっとそこに居て誰かを待っているようでもあった。
それに、ここの管理人もいつ魔物を処分しようかと考えていたのだが、実害もないしバトルホースがいる珍しい馬小屋だとして評判だったので、処分は当面見送っていたのである。
そしてまさかの再会。
そんなことがあるのかと、俺も思ったし周囲の人たちもバトルホースが懐くなんてどういうことだと困惑しているだけだった。
「おお! 久しぶりだな!」
「ブルルル」
「え、えー……」
「おーい旦那! こいつ引き取るぜ!」
「あ、ああ……。はい……。えっと……金貨十三枚……お願いします」
「げ、そんなにこいつここに置いてたっけ……」
流石のユリーもこれにはドン引き。
なんかこういう流れ見たことあるなと思いながら、俺はバトルホース、もといスターホースをこの馬小屋の管理人から譲り受けたのだった。
俺たちの旅仲間だけどな!
「頭痛いわ……」
「っしゃ久しぶりに旅しようぜスターホース! すげーいいタイミングだ!」
「ヒヒィイン!」
嬉しそうで何よりである!
フフフフ、皆がまた驚くぞー!