第一話 死にたくない
「たく、やってらんねぇよ学校なんて」
「だよな、早く家に帰りたい」
「いけね。今日バイトだって忘れてたわ」
「俺は今週もうないから、家で寝れるぜ」
「いいよなぁー」
いつもと変わらない教室。
「それでね。島田のやつ私が言ったこと繰り返し聞いてくるんだよ」
「マジー。ボケちゃってるんじゃない?」
いつもと変わらない会話。
「昨日これ出た。しかも単発」
「マジかよ。俺30連回しても出なかったんだぞ」
いつもと変わらない日常。
「ほらほら。もうすぐ授業始まるぞ。席につけ」
「うぃーす」
いつもと変わらず、なんの変化もなく過ぎていくはずだった。
「なあ。なんかいっぱい飛んでね?」
「ホントだ。UFO?」
「すげぇ!早写真撮れよ!」
でも。
「ちげーよ。ただのヘリコプターだ」
「なんだ。つまんねぇの」
「なんかこっち来てるっぽいよ?」
「近づいてくるね」
その日常は。
「なんかヒューヒュー聞こえない?」
「本当だ、ヒューて近づいてきてる」
「ヘリから煙出てるぞ」
今日、終わった。
「ドドーン!!!」
「バババーン!!!」
突然の爆発。揺らぐ教室。
「うあぁー!」
「キャャー!」
悲鳴が上がる。異臭がする。
「あのヘリが攻撃を!」
「みんな!頭を低く!動くと危険だ!」
戸惑う先生。必死に生徒を守ろうと叫ぶ。
「バババーン!!!」
さらに爆発。今度は下から突き上げてくるような揺れ。下から、上から、この教室から、悲鳴と泣き叫ぶ声、そして爆発の音で耳がおかしくなりそうになる。みんな言われたままに頭を下げ、じっと動かない。いや、恐怖で固まってしまっているといった方がいい。
「死にたくない・・・死にたく、ない・・・」
細々と聞こえる誰かの声。だけど、僕には分かった。このままここにいても、いずれ死ぬ。
「ヒュー・・・ドドーン!!!」
僕はまだ死にたくはない。教室で死ぬなんてゴメンだ。僕を臆病者と散々からかい、バカにしてきたこんな奴らと一緒に、死にたくはなかった。
気づいた時、僕は震える手足を必至に動かし、教室を飛び出した。
「ま、まちなさい!十勝君!危険だ・・・」
止める先生の声など、僕にとっては些細な物音でしかなかった。
「はぁ・・・はぁ・・・」
普段の無神経さを呪ってやりたい。わざわざ昇降口まで来ることなどなかった。
極度の緊張と、恐怖からくる心臓への負担は、まるで血管をレンジで温めすぎた卵のように破裂させそうだ。しかし今は、死にたくないということで頭のメモリーが埋まり、昇降口への道が遠回りなどと考えさせるのを完全に拒絶していた。
「・・・」
必死に靴を履く僕は、やっと気付いた。下駄箱の柱に寄りかかるようにしてうずくまる女子生徒の存在を。
「・・・」
その女子生徒は爆発や悲鳴や叫び声で大物アーティストのドームライブよりもうるさい中。何一言言葉を発することなく、ブロンズ像のように動かない。
「・・・ね、ねえ。だ、大丈夫?」
なぜ彼女に話しかけたのか、理由はよくわからない。自分の生死がかかるこの状況下で、僕はなぜ話しかけることができたのか、思い出せない。
「・・・」
「・・・は、早く、に、逃げないと」
しっかり言葉にできているかも判別できない。とにかく早くここから逃げたい。死にたくない。その考えで頭がいっぱいになって、言葉を並べ、文章化する思考能力すら奪っていた。
僕は必死に声を出した。でも、返事はない。
「バババーン!!!」
頭の上から激しい爆発音。天井から埃がまい、僕や彼女を徐々に白く染めてゆく。
このままじゃ、校舎が崩壊する。
「・・・くっ」
このままここにとどまれば、確実に死ぬ。崩れる鉄筋コンクリート製の校舎に押しつぶされて死ぬ。あるいは爆発に巻き込まれて死ぬ。どうあがいても生き残るのは限りなく不可能だ。
「・・・っ!」
気づいた時には、僕はその子の手を握り、外へ駆け出した。握り加減や引っ張る力なんて関係ない。懸命に足を動かし、とにかく走った。
後ろから爆発音がする。何かが崩れ落ちる音がする。大地震のように地面が揺れ、亀裂が入る。ただ崩壊する音ではない。それは学校の生徒が、先生が炎に焼かれ、骨の髄から全て焦がされ。あるいは瓦礫に潰されて、悲鳴や絶叫すらあげる暇もなく絶命してゆく人間の音だった。
静まり返った。
少なくとも学校は。遠くの方では相次ぐ爆発と崩壊の音がする。
空からはヘリコプターの音。高速回転するローターが奏でるリズミカルな風切り音は、まるで蹂躙された僕たちをあざ笑うかのようだ。
「・・・はぁ・・・はぁ」
心臓の激しい鼓動は、これまで蓄積された恐怖と、助かったのかもしれないという安堵からくるものだ。もちろん助かってなどいない。いつここが攻撃されるかもわからない。
体育倉庫の中で、今にも粉砕してしまいそうな心臓を抑えながら、僕はじっとしていた。
「・・・」
離れてうずくまる彼女からはは、息を荒げる様子もない。体育座りでうずくまり、首を下げ、後ろで縛った長い黒髪をだらりと下げ、まるで死んでいるように動かなかった。
もちろん彼女も生きていた。ここまで引っ張ってくる時は、自分の力で走っていた。しかし彼女は、電子が切れたオモチャの兵隊のように重かった。
「・・・と、とりあえず、ここにいれば、大丈夫、だよ・・・」
大丈夫なわけがない。外からはまだ爆発が聞こえる。銃声のような軽い連続音も聞こえる。なぜ大丈夫などと言えたのか。彼女を安心させたかったからと自分に言い聞かせた。だが実際には違う。自分が安心したいだけだ。早くこの恐怖から解放されて、楽になりたかった。そういう自分勝手な考えを、他人のためにしたことだと嘘をつく。僕はそういう人間だ。
「・・・」
沈黙が流れる。しかしそれはこの体育倉庫という空間のかかだけであり、僕の中は恐怖が支配している。死んだらどうなるのか、そんな恐ろしいそこと考えたくなかった。でも、恐怖心がそうした。自らに降りかかろうとする死への恐怖が、それを考えろと頭の中に囁いてくる。
「・・・」
また遠くで爆発。今度は大きい。一体何人の人が死んだのか。僕はまだその死人の一人ではない。
そう自分に言い聞かせ、僕は恐怖から逃れようとした。
こんにちは、高雄摩耶です。
本日より新しく本作を投稿し始めました。もし面白そうだと思っていただけたら、どうぞ次回もよろしくお願いします。