第8話:桜雅、責任取って
「和馬と深夜デートをしてくるから、さっさと寝なさい」
「うぃ、どうぞご自由に」
桜雅の両親はかなり仲がいい方である。
子供がそれなりの年齢になっても、よろしくやってるようで。
こうして、時々、夜にデートに出かけるのもよくあることだ。
お出かけ準備をする未海がいなくなり、父と息子はリビングでテレビを眺める。
「父さんたちってホントに仲がいいよなぁ」
「そりゃ、昔からずっと一緒にいるからな」
「母さんって友達の妹だったんだよね」
「そうだな。僕と未海が初めて会ったのは僕が5歳、あいつが3歳の時だった」
「運命の出会いってやつ?」
「……そうそう。いや、というよりもある意味、衝撃の出会いだ」
「へぇ。聞いてみたいかも?」
あまり、そういう話を聞いたことがないので興味深い。
二人が幼馴染だったということ以外にあまり聞いたことがなかった。
和馬は昔を思い出すように、
「初めて未海に会った時、彼女は素っ裸でした」
「ただの変態か、このおやじ」
「ご、誤解をするな」
「何が誤解だよ。のぞきか、性的嫌がらせか」
「違うっ。友達の家に遊びに行ったら、庭でビニールプールに入ってたんだ。一目みて、可愛い姿に見惚れたね。ちなみに顔の方だぞ、身体の方じゃないぞ?」
「なるほど。小さい子の裸に喜ぶ、ド変態め。カメラを放せ」
「だーかーら。僕もその時は5歳だっての。それに妹をお風呂によくいれてあげてたから女児の裸に欲情するか。普通に慣れてた」
「……はいはい。そんな変態な出会いから、どうやってお付き合いに?」
ドン引きする冷たい視線を向ける桜雅である。
想像していたロマンティックなものではなかった。
「ええいっ。親をそんな目でみるな」
「だって、変態じゃん」
「あのなぁ、お前と舞雪だって、いつもお風呂に一緒に行ってたじゃないか。あれと同じだ、同じ。変態的な意味合いは一切ない」
「……」
「お願いだから、そんな哀れな人を見る目をしないでください」
要らない話をしてしくじった、と悔やむ父である。
そんな出会いから始まった和馬と未海。
幼馴染となって、仲良くなっていく。
未海は和馬を気に入り、いつも傍にいたがっていた。
思春期になっても変わらず、一途な愛は成長していく。
「交際自体は僕が中学に入ってから、すぐに未海に告られてな。それ以来の付き合いになるから、もうずいぶんと長いよな」
「マジかよ。ロリだよ、この人。小学生と付き合ってたなんて」
「僕もその前の月まで小学生だったんだが!?」
「……言い訳、言い訳。ロリで変態な父さん。姉ちゃんには近づくな」
「そして、姉に対してバリアを張るシスコンな弟である。父はとても悲しい」
あれから年月が経っても、二人の仲は変わらない。
「まぁ、何だかんだでここまで長く続くのは想像してなかったかもしれない」
「愛が長続きするのはいいことです。その愛を疑ったことは?」
「ありません。いや、一度だけあるか」
「そうなの? 浮気系?」
「そっちじゃなくてさ。僕、舞雪が生まれてすぐの頃に、交通事故で入院してさぁ。その時、見舞いに来た未海が紙切れを持ってきた」
「離婚届?」
「なんでだよ。あれだ、生命保険の加入申込書」
「――!?」
愛する人がいなくなるかもしれない、それは大事なことを気づかせる。
「和馬がいなくなったら、私一人でこの子を育てるのは無理。今すぐ入っておいて、と印鑑と一緒に渡されたとき、『僕、そのうち消されるのか』とびびったのは悲しい思い出だな。大事なことではあるけども、タイミングってあるじゃん」
「あはは、母さんらしいね」
「それ以来、怪我だけはしないと決めたね。うん」
未海からの愛がなくなった時、それが和馬の最後かもしれない。
準備のできた未海がリビングに顔をのぞかせる。
「んー? 呼んだ?」
「呼んでないよ。準備できたなら行くか」
「うん。ドライブ、ドライブ。桜雅、戸締りよろしく」
「はいよ。いってらっしゃい、ごゆっくり」
「ねぇ、和馬。今日はあっちの方に……」
仲の良い両親を見送りながら桜雅はふと思うのだ。
「幼馴染って、恋愛関係に発展するのってどれくらいの確立なんだろうか」
幼馴染でいくら仲が良くても漫画のように展開するのはごく稀だろう。
結局のところ、小さなときに一緒にいただけの間柄。
そこから恋愛関係になるのは難しい。
「好感度が高くても、恋愛するとは限らないか」
最近、やたらと周囲が桜雅と梨子の関係を発展させたがる。
高校生にもなれば、それも自然な流れなのかもしれない。
幼馴染以上恋人未満。
いつまでも、そんな都合のいい関係ではいられないのか。
「……俺自身、答えをまだ見つけられてないからな」
自分はまだお姉ちゃんに甘えてたい弟でいいのか。
それとも先に進めてしまう方がいいのか。
考えても答えの出ない問題はある。
ふと、思いたった桜雅はスマホを取り出して、
「梨子ちゃんと話をしよう」
こういう時に声を聞きたい、そんな夜。
すぐに梨子に電話をかけるが、中々出てくれない。
「んー、お風呂タイムか? 梨子ちゃんはお風呂に入ると長いからなぁ」
梨子のお風呂タイムは平均一時間を超える。
そうでないことを祈っていると、ようやく電話に出てくれた。
「あ、繋がった。もしもし、梨子ちゃん。俺だけどさ」
しかし、その電話越しからは思わぬ声が。
『……ぐすっ』
「え? り、梨子ちゃん。何か泣いてる?」
いきなり涙ぐんだ梨子の声が聞こえてきてドキッとする。
普段、強気な彼女から想像できないほどに弱々しい。
「ど、どーした、梨子ちゃん?」
『ひっく……』
例えば、仕事で何かあったのか、と心配になる。
梨子は強いように見えて、脆さもあるのを知っている。
――打たれ弱い一面もあるからな。厳しいことを言われたのか?
過去、似たようなこともあったの思い出した。
心配そうに、桜雅は「どうしたの?」と切り出す。
だが――。
『うぅ、桜雅。電話を取ろうとしたら、小指を思いっきり打った。超痛い』
「そっちかよ!」
何てこともない、ただの事故である。
小指をぶつけると本気で痛いのは誰もが知る事実である。
『ペットボトル踏んで転びかけた。痛いよ、桜雅』
「はぁ!? また部屋を汚したのか! ええいっ、自業自得です」
『痛くて泣きそう……泣いてもいいですか?』
「すぐに散らかす方が悪いんです」
『桜雅が冷たい。で、何? 私に痛みを与えてまで何の用事?』
まさに自業自得である。
数日間でまた散らかし放題になってるであろう、部屋を想像してげんなりする。
――またかよ。いい加減、片づけを覚えてください。
責任転嫁でお叱りをうけるのは勘弁してもらいたい。
半ば呆れ気味の桜雅は投げやりに、
「特に用事もなく、電話をかけました」
『なんだよ、それぇ。……まだ足の指が痛い。桜雅、責任取って』
「嫌です」
桜雅ではないが、梨子もなんとなく声を聞きたくなることもある。
『そういえば、桜雅。昨日、うちの妹と話をした?』
「有紗さん? したよ。偶然、会って少しだけ話した」
『珍しくSNSで連絡してきたの。相変わらず、桜雅と仲良さそうね、って』
それは例の炎上の件のことだろうか。
本人の知らない所で勝手に“熱愛報道”がされてるとは思わないだろう。
「梨子ちゃんもたまには実家に連絡したら? 音信不通だって?」
『母親には連絡してるわよ。前年比の売り上げ、初年度から超えちゃった。あはは、私って商売の才能あるのかもねぇ、って嫌みを言っておいたわ』
「貴方たち、親子も仲が悪そうで」
『娘にお店を押し付ける人だもの。それくらいの嫌みは言わせて』
「おばさんは何て?」
『どうせなら負債を抱えておくべきだったとか。なんて親かしら、あれ』
どっちもどっちであった。
どこの家族も親子が抱える問題は似たようなものかもしれない。
「ちなみに、有紗さん、また彼氏が変わったらしい」
『はぁ……あれはどうなのかしら。私的にはよろしくないと思うけど』
「恋愛は自由で自己責任。外野がどーこういうものでもないでしょ」
『そうかなぁ。私は好きな人は一生に一人でいいと思うの』
「おや、意外と純愛派だ。梨子ちゃんも可愛いところ、あるじゃん』
『……桜雅くーん。明日、お店にきなさい。可愛がってあげるから、ね?』
あからさまに低い声、思わぬ失言で地雷を踏んだと焦る。
「お、美味しいコーヒーを期待してますので」
『そうね。唐辛子たっぷりの激辛コーヒーでも出してあげるわ。うふふ』
「お待ちください。いやぁ、梨子ちゃん。ホント、いつ見ても美人さんで……」
不機嫌にさせてしまった梨子の対応に苦労する桜雅だった。
『舞雪ともさっき、話をしてたのよ。向こうからかけてきた』
「ふっ。俺と姉ちゃんは息ぴったりでしょ」
『喜ぶな、シスコン。私も少し驚いてるけど』
似た者姉弟なのか、タイミング的に同じことをすることも多い。
『舞雪、大学でもあの性格なのかしら』
「そうじゃないの? 心配してる?」
『だって、あの子、普通に付き合ったら、すごく面倒くさい子よ? 私なんて慣れて感覚マヒしてるから問題ないだけで、大学の方でまともに友達いるの?』
「ひどい。高校時代とかは人気あったでしょうに」
『大人になると、ああいう女王様タイプは嫌われるの。特に女の子の世界って怖いからさぁ。もう、影でバシバシ言われまくりですよ』
女同士の世界は特に厳しい。
一度でも嫌な女と思われたら、バッシングもひどいものだ。
舞雪自身は気にしないだろうけども。
「むしろ、姉ちゃんはそういう連中を蹴散らすよね」
『そして、また敵を作る。あの子に欠点があるとしたら、自分がどう思われてもいいところがあるじゃない。それでも自分を貫くじゃん』
「生まれ持っての女王様ですから。民のことなどおかまいなしなんですよ」
『もう少し、民に歩み寄れる女王様ならば、私も安心できたかな』
誰にも合わせないマイペースさは完全無敵で手が付けれられない。
『ホント、舞雪は口が悪いし、上から目線で物を言うし、態度も悪い。私も友達じゃなかったら、関わりたくないタイプです』
「ひどい言い方だ」
事実でもあるので、強くは否定できない。
『だって、桜雅もお姉ちゃんラブじゃなかったら、あんな子、嫌でしょ』
「いや、そんなことはないぞ」
『ふーん。あーいうタイプの女性が好み、と。ドMさんなのねぇ』
「ち、違います。お姉ちゃんだからです。嘘つきました、ごめんなさい」
そうじゃなかったら、ご遠慮願いたい。
「大学ではそれなりにうまくやってるらしい。本人はそう言ってるよ」
『……そう。変な意味で彼女はカリスマ性があるのよねぇ。嫌われる人も多いけど、何だかんだで好きになる人も多い。不思議な子だわ』
「それが姉ちゃんの魅力です」
『もっと素敵で可愛い魅力を持ってもらいたいわ』
他愛のない会話で盛り上がりながら夜を過ごしていく。
好感度99%の関係。
残り1%を埋められる日は来るのだろうか。
それとも……?