第6話:炎上する怖さを知った
新学期、新しいクラスに馴染み始めた。
友人に借りていた漫画を無事に返し、教室でのんびりとしていると、
「――春風桜雅。ある疑惑があるんだが、聞いてもいいか?」
クラスメイトの門矢(かどや)。
学内では知らぬ者のいないトラブルメーカーである。
「ダメです」
「そうはいくか。報道部の名にかけて、真実を世間に知らしめる必要がある」
「何が必要だ。無駄に人を傷つけるだけだろ」
彼の制服には『報道』の腕章が取り付けられている。
彼ら、報道部は学校内である程度の権限を与えられていた。
報道部とは写真部、放送部、新聞部を統合した部活である。
――報道部か。まったく、厄介なのに目をつけられた。
今どきの学校新聞はSNSで情報を配信している。
学校内のイベント情報が主な仕事のはずなのだが、盛り上げるために、大衆紙のような下世話な話題も含まれていた。
誰と誰が熱愛中だの、破局しただの、生徒の情報を勝手に報道するため、世間のマスコミ並みに嫌悪感を抱かれることもある。
そして、桜雅も何度か記事を掲載されていい迷惑をしていた。
「先日、学内でも人気の芝村心愛ちゃんの告白を断って、壮大に炎上したな」
「炎上したのはお前たちのせいだ。ひどいめにあったよ」
「ははは。そして、早々に新たなネタの提供をありがとう」
「提供したつもりは一切ないけど。あと、あの話はもうしない」
「今さらだが、もったいなかったよな。芝村ちゃんと言えば、まさに学内アイドルポジションの子なのに。なんで、断わった?」
確かに桜雅は人気者の少女に告白されて断った。
理由は単純明快だ。
「一言だけ言うなら、“好き”ではなかった。それだけのことさ」
「モテ男のいう事は違うね。いくらでも選び放題ってか」
「何とでも。人の恋愛事情に踏み込まないでもらいたい」
正直な所、桜雅はモテる方である。
容姿もそうだが、中身もお姉さんたちを甘やかせてきただけあって、女子受けがよく、他の女子からも自然と好意を抱かれる。
それゆえに。
――告白されたりするのもあるんだけど、ちょっと困る。
桜雅も遊び相手を探すような軟派な性格でもない。
彼としては恋人を作る気持ちがないので、お断りするしかない。
ただ、先日の相手はちょっと事情が違った。
桜雅がフった彼女は人気者のため、当時はかなり話題になった。
――でも、俺とほとんど接点ない子だったし。話したことすらないんだぜ。
それで「好きです」と言われても「ごめんなさい」しか言えない。
美人だろうが、よく知らない相手とすぐに交際できるほど大人ではない。
――とりあえずはお友達で、のはずが……関係完全崩壊だもんな。
やんわりとお断りさせてもらったのに。
思わぬ形で報道部が煽ってくれたせいで、周囲に知れ渡った結果。
男子諸君から妬みの炎に燃やされて大炎上してしまったのだ。
「知らないやつに嫉妬され、暴言を吐かれ。炎上する怖さを知った」
「春風桜雅は報道する側からすれば、ネタの宝庫だぜ」
「俺からすれば迷惑でしかないんだけどね。……今度は何と報じるつもり?」
どうせ、彼らは止められない。
表現の自由という名の報道の暴力。
報道部には猛抗議したところで、ネタを握り潰せた試しがない。
「春風桜雅。複数の女子と交際か! あの事件は序章だった!」
「勝手に煽るな。二股なんてしてません」
「毎回、相手が違って羨ましい。この写真のお相手に心当たりはあるだろ?」
彼が見せたスマホに映っていたのは、手を握り歩く桜雅と少女の姿。
仲良さそうにラブラブなふたり。
その相手の顔に心当たりがありすぎた。
「このキツめな美人は一人目の彼女だろ、そうに違いない」
「……それは俺と姉ちゃんです」
「おいおい、姉ちゃんと手を握ってデートとか。言い訳が苦しくないか」
「ホントだっての。証拠を見せてやろう。ほい」
桜雅は自分の携帯の画像を門矢に見せつける。
これでもかというくらい、彼の携帯電話には姉との写真がある。
楽しそうに笑う桜雅と舞雪。
「家族写真、いえ、恋人同士にしか見えません」
「えー。ただの姉弟だろうに」
「ち、ちげぇよ。普通は姉弟で恋人繋ぎとかしないぜ」
「するでしょう?」
「真顔で言わないでくれ。普通はしない。俺も妹としたことない」
さすがにドン引きする門矢である。
「そうかぁ? この前、春休みにふたりで旅行に行った時のやつとか」
「……あのー、春風桜雅君? キミ、お姉さんと旅行するの?」
「こっちは姉ちゃんの寝顔写真。おっと、これは見せられんな」
「同棲カップル並みにラブラブじゃねぇかよ!?」
旅館でいちゃつく姿、旅先でのラブラブツーショット写真。
次々に見せつけて、何の疑惑もない事を証明する。
「これで納得してもらえたか?」
「できません。なんだよ、その写真。婚前カップルの旅行かよ」
「あれ?」
「お前、世間的に人気が高いくせにシスコンさんだったのか」
「違いますよ。ただ、姉弟仲がいいだけです」
「……それはそれでネタになりそうだが。お前のファンが泣くぜ」
思わぬ真相に門矢は「思ってたのとは違う」とがっかりだ。
疑惑の相手が姉では盛り上がりに欠ける。
ある意味で炎上材料にはなりそうだが、諸刃の剣だ。
――お前らが思う以上に仲がいいのはあえて言うまい。
シスコンレベル99をなめないでもらいたい。
自分から炎上のネタを提供するわけにはいかないが。
「ま、まぁいい。それならば、これはどうだ」
「まだあるのかよ」
「当然だ。今度は言い訳などさせんぞ」
次の写真は桜雅と腕を組む女性。
楽しそうに繁華街を並んで歩く姿は言い訳の余地がない。
「今度こそ、どうだ。恋人か? 複数交際を認めるか」
「いえ、梨子ちゃんとはただの幼馴染です」
「またかよ!? いやいや、騙されんぞ。年上美人と仲良さそうにして」
「梨子ちゃんはリアル16年の付きあいの幼馴染だっての」
しかも、この写真は“腕を組んでいる”ように見えるだけだ。
「ケーキバイキングに無理やり連れていかれている光景だよ」
「この相手とは、よく一緒にいるところを何度も目撃されているんだぞ」
「そりゃ、休日はよく一緒にいるので」
「それでも恋人ではないと?」
「違いますね。幼馴染以上ではありません」
梨子と仲がいいのは認めても、恋愛関係ではない。
勝手に噂を流されるのは勘弁してもらいたい。
「美人で年上の幼馴染とか羨ましいね。黄砂と一緒に消し飛べ、春風」
「取材対象に暴言吐くな!?」
「ちぇっ。……まだ、あるからな」
「もういいだろ。なんで、俺はそこまでお前らに追われてるんだ」
「さっきも言ったはずだ。春風はネタの宝庫。些細な記事でも、注目度はある」
ネタの需要と供給。
学内で注目されるためには超攻撃的にならざるをえないのだ。
「マスコミの闇だな。自分たちの報道の自由を盾に暴走を正当化するのはさ」
「これでも配慮してるつもりだが?」
「どこがだよ」
「まぁいい。今回はこの幼馴染のお姉さんをネタにさせてもらおう」
そう言うと門矢は、にまっと笑うと、
「年上美人と密会か!? 春風桜雅、新たな熱愛の気配」
「どっちにしてもスキャンダル風に書くのかよ」
「それが俺たちの仕事なんでね。悪く思うな。ネタはいただきだ」
満足したようで、彼は記事を作るために教室を出て行った。
「やれやれ。マスコミは怖いね」
追われる立場になるのはごめんだ。
「仲がいいのは事実だけど、どうこう騒がれるのは面倒くさい」
人の噂も何とやら、すぐに収まると思っていたのだが……。
「……また炎上したら嫌だなぁ」
そんな願いもむなしく。
尾ひれがつきまくって鎮火に時間がかかることを彼はまだ知らない。
次の日の報道部SNSで速報ニュースとして流された。
『週末の通い愛、発覚! 春風、年上彼女との熱愛。ゴールイン間近か!?』
煽るような見出しと共に、梨子との写真が掲載されてしまった。
そして、学内は桜雅の噂が流れることに。
「桜雅君、年上好きだったの? ショック」
「そういえば、僕もこの相手と一緒にいるところを見たような気が」
「マジかぁ。本命は年上かよ、あいつ」
「道理で誰が告白しても落とせないわけだぜ」
「そういえば、高校卒業後には結婚の約束をしてるとか」
「えー? 私はもう隠し子がいるって話を聞いたわよ」
「い、一児のパパだったの、桜雅君って!? いーやー」
人の噂の怖いところは、正確に情報が伝わらないところである。
あること、ないこと。
事実無根の噂は学内を駆け巡るのだった。