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好感度99%の恋愛  作者: 南条仁
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第5話:ひどい、闇が深すぎる

 駅前にあるカフェ『アングレカム』。

 この店は桜雅の幼馴染、梨子が経営しているお店だ。


「こんにちは、梨子ちゃん」

「桜雅じゃん。いらっしゃい」


 学校帰りに梨子の店にふらりと立ち寄った。

 駅に近いこともあり、ランチタイムはそれなりに賑わう。

 お店の名前、“アングレカム”は花の名前からきている。

 海外の蘭の花で、花言葉は「いつまでも貴方と一緒に」。

 梨子の誕生日は11月22日。

 自分の誕生花であるアングレカムをお店の名前につけた。

 アングレカムの店舗は彼女の母親が元々経営していたお店だ。

 高校卒業間近、かなり強引に経営を押し付けられて今に至る。


「梨子ちゃん。すっかりとお店の経営にも慣れた?」

「嫌でも慣れる。去年の春はあの母のせいでひどい目にあったわ」

「いきなりだったもんな。梨子ちゃんも頑張ったよ」

「ありがと。正直、どうなることかと思ってた」


 彼女の母親が突如、店の経営権を梨子に押し付けた。

 思いもしない提案。

 卒業間際、進路を急に変更をせざるをえなくなったのだ。


「自分が別の店をしたいから、ここは任せたとか。ありえないし」

「おばさん、何の店を始めたんだっけ?」

「奥様向けのヨガ教室。それなりに人気らしいわ。ちぇっ」

「嫌がってたわりには今はちょっと楽しそう?」

「楽しまなきゃやってられません」


 学校帰りにお店に寄るのもいつものことだ。

 時々、倉庫整理をさせられたりもする。

 店の内装は明るくて可愛らしい雑貨を置いている。


「おばさんから引き継いだ時より、女子向きのお店になったよね」

「結局、どこにターゲットを向けるかなのよ。お店の客層的に女子が多かったから、そちら重視にしてみたの。おかげで何とかやってます」

「カフェって一年以内に潰れる店が多いって言うもんなぁ」

「ホント、それ。気軽にカフェをオープンさせて潰すのもよくある話」


 昔から手伝い程度はしていた梨子だが、カフェの経営経験は当然ない。

 試行錯誤と苦悩で、去年は大変な思いをしたのだった。

 その結果、幸いにも一年目は赤字もなく無事に黒字だ。


「お店の経営で一番大事なのお金ですよ、お金」

「やはり、お金は必要ですか」

「うん。人件費やお店の維持費やら、売り上げがどれだけあっても足りない」

「経営は大変そうだ」

「お店の経営について、長々と話してもいい? 原価率とか説明しようか?」

「面白くなさそうなのでいいです」


 高校生には興味のないお話である。

 将来的には必要な知識ではあるかもしれない。


「それよりも、何かとお手伝いしてる俺にはアルバイト代くらいくれません? プライベートを含めて、お世話しまくってるのに」


 桜雅の提案を聞き流すことに決めた梨子は、


「優しい幼馴染の無償のお手伝いには常に感謝してるわ。愛してるわよ、桜雅」

「……アルバイト代も払う気ゼロだし」

「分かった。チューくらいしてあげましょう」

「いりません」

「そこで断られると傷つくわ。はいはい、これをあげる」


 そう言って梨子は紙切れを桜雅に手渡す。


『――20円引き券』。


 書かれた文字に「これかよ」とため息をつく。


「ケチか。これ、雨の日に配ってるやつじゃん」

「あら、地味に人気なのに。これ目当てで、雨の日に来てくれる人もいるの」


 雨の日は来客が減るのでサービス券を渡している。

 さすがに20円引き券、三枚では手伝いの報酬としては寂しすぎる。


「せめて、一杯無料のコーヒーチケットをください」

「やだ」

「即否定だし。ケチなお姉さんだぜ」

「言うけど、それ、最近、バージョンアップしたのよ」

「ん? 前も20円引きじゃなかった?」

「ふふふ。この前、印刷した分から『ドリンク全品20円引き』に進化しました」

「どーでもいいわぁっ!」


 以前は『コーヒー20円引き』だったのが『ドリンク全品』に変わった。

 これにより、ジュース類にもチケットが使えるようになったのである。


「なによー。たった20円とか思うかもしれないけど、利益なんて小さな積み重ねなんだから。サービスに感謝してもらいたいものだわ」

「梨子ちゃんは俺にまず、感謝してくれ」

「してますよ? お姉さんが抱きしめてあげよっか?」

「ハグくらいでは足りません。チケットください」

「だから、やだ。自腹でお店に貢献してもらわないと」

「ケチぃ。高校生のお小遣いには限りがあるんだよ」


 そう投げやりに呟きながら、椅子に座る。


「それじゃ、ブラックのコーヒーで」

「ふっ、飲めもしないくせに。カッコつけちゃって」


 鼻で笑われてしまう。


「の、飲めますけど!? 学校でも缶コーヒーはブラック飲んでますが!」

「……はいはい。ブラックとか言って微糖なんでしょ」

「くっ。なぜだろう。無性にその微笑がムカつく」


 最近、ブラックは“飲めるように頑張っている”ところである。

 普段はカフェオレ派だが、人前ではブラックを飲みたいお年頃。

 そんな無駄な努力を嘲笑うように、


「別に男はブラック、とか誰もカッコいいとか思わないわよ」

「カフェオレも好きだけど、飲めるようになりたいだけさ」

「無理しなさんな。いつも通り、カフェオレでいい?」


 幼馴染相手、カッコつける間柄でもなく。


「……はい。では、これでカフェオレでも淹れてください」

「さっそく割引券を使ってくれる、そんな桜雅が好きなのよ」


 からかうように、うりうりと彼の頬を指でつつく。


「自爆営業する人の気持ちをちょっとだけ理解できる」

「キミはまだ社会の本当の闇を知らない。深くて暗く抜け出せない闇があるの」

「怖っ!?」

「ホント、社会の闇は想像以上にひどいものよ。うふふ」


 梨子は薄っすらと微笑みつつ、コーヒーを淹れる。


「カフェオレ、注文入りましたぁ。ぽちっとな」


 珈琲は豆から挽く全自動のコーヒーメーカーだ。

 操作は簡単、カフェオレのボタンを一つ押せば出来上がり。

 設定しているブレンドのコーヒーが抽出されるのだ。


「ボタンひとつで簡単に美味しいコーヒーが淹れられるんだもの。いい時代だわ」

「梨子ちゃんのおばさんは自分で淹れてなかった?」

「私、そんなスキルないので。業者に相談して、機械を入れてもらいました」

「でも、その方がいいよね。すぐにコーヒーも入るし」

「味も悪くないから満足してるわ。はい、カフェオレの完成。どうぞ」


 あっという間に出来あがった、梨子特製のカフェオレをいただく。

 ほどよく甘い味が、ほっと一息つける。


「コーヒー豆のブレンドは梨子ちゃんが?」

「ううん、業者任せ。人気のお店の味を再現できてます」

「……梨子ちゃん、お店の大事なところを任せすぎ」

「失礼な。私のメインは料理だもの。お料理は頑張ってるわよ」


 今の時間は人も少ないが、ランチタイムは人気のお店だ。

 梨子を含めて3人が働いている。

 お店を始めた頃は梨子だけだった。


「去年の今頃、一人で働いていたんだよね」

「そうよ。店を引き継いで、誰かを雇う前にちょっと人気が出ちゃった」

「それが問題だったんだよな」


 本来の予定であれば、馴染んできた頃に人を雇う予定だった。

 しかし、思った以上に梨子の料理の評判がよく、通う人も多くなり。

 ひとりでお店をしていた梨子は電池切れで、GWには過労で倒れることに。


「あの時は桜雅にも迷惑をかけたわ」

「こっちはかなり心配したんだい」

「桜雅が私の家にお世話にきてくれるのもあれからだったわよね」


 そもそも、母が手伝ってくれなかったのが悪い、と愚痴る。

 慣れない上に、気持ちも入りすぎていた。

 無理なことを、一人で頑張ろうとした。

 あの時の苦い経験は今の梨子に活かされている。


――なんでも一人で背負う、梨子ちゃんは真面目すぎるんだよな。


 お店のことだって、何だかんだで引き受けてしまった。

 その真面目さは嫌いではないし、応援してあげたいとも思う。


「あれからすぐに、友達に声をかけて手伝ってもらうようになったのよ」

「まぁ、俺も梨子ちゃんを支えるし」

「この子は、照れくさくなることを平然と言ってくれる」

「……?」

「な、なんでもない。ふんっ」


 お店も繁盛して、無事に順調に行っているのが何よりだ。


「これからも桜雅には臨時アルバイトとして頑張ってもらわないと」

「ちょい待ち。臨時アルバイトなのに、給料は?」

「……言葉を間違えた。ボランティアだったわ」

「ひ、ひどい、闇が深すぎる。まさにブラック企業だ、ここ」


 幼馴染をこき使うお姉さんに嘆きながら、カフェオレを飲むのだった。

 

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