第4話:今も可愛いの間違いでしょう?
母から「カレーが出来上がるまで見張っていて」と頼まれた。
セットされた時間がくるまで鍋の見張りをすることに。
しばらくすると、リビングの扉が開く。
「ただいま」
今も昔も接待の定番、ゴルフにでかけていた。
父親、和馬(かずま)が帰ってきた。
「おかえりなさい」
「ふぅ。接待するのはつらい。たまには接待されたい」
「大変そうっすね」
「これも将来のためと思えば、だな」
桜雅の父、和馬は大手有名企業の子会社の社長だ。
社長と言っても、本社からすればまだまだ下の役職。
本社の上層部に顔を売るのに必死である。
「ここから先、上を目指すために本社の上層部に媚びまくる」
「自信満々に言われても」
「いいか、桜雅。社会の椅子取りゲームは人生を賭けてるんだぜ」
「怖い、怖い。簡単に転げ落ちる人もたくさんいそうだ」
「空いてるからって簡単に座っていいものでもないしな。僕の先輩がそうやって目先の椅子に座って、痛い目を見た。あの教訓は生かさないとな」
上層部に入り込めたと思ったら前任者の不祥事の責任を押し付けられて失脚。
出世とは実力だけではなく強運も必要なのである。
「つまらん話をしたな。お前は何をしてるんだ?」
「鍋の見張りだよ。あと5分25秒後まで、カレーの番人をしてるのだ」
「なるほど、頑張れ。未海は?」
「洗濯物をしまってるところじゃないかな」
「ふーん。ならば、もう少し食事まで待ってるか」
いい機会なので、桜雅は和馬に家族関係の話をしてみる。
舞雪と未海の不仲をどう思っているのか。
話をすると彼は「そりゃ、当然だろう」と納得するように、
「普通だよ、普通。母と娘は仲が悪い。それはしょうがない」
「友人みたいに仲良い関係の親子もいますけど」
「姉妹みたいな親子の方が珍しい」
「そうなの?」
「大体は仲良くないものらしいぞ。『女の子、育てるのだけは難しいーっ』て秘書の子もよく愚痴ってるし。嫁と姑、娘と母。女同士は色々とあるようだ」
異性よりも同性の方が敵対心を抱くもの。
仲良くしてもらいたいという桜雅の気持ちは届きそうにない。
「小さい頃はあの二人も仲が良かった時期もあったんだけどな」
「そうだっけ?」
「そりゃ、生まれたての頃から嫌悪感を抱いてたわけでもあるまい。僕の記憶じゃ、小学生になる頃からすれ違い始めてたな」
「……決裂が早すぎない?」
「しょうがない。舞雪は生まれ持っての女王様だからな」
生まれ持ってのカリスマと、女王様のごとき支配力。
まさに絶対女王政。
彼女の同級生たちにとって、女王様の支配時代は暗黒であったに違いない。
「でもな。僕から言わせれば、未海も似たようなものだ」
「そうなの?」
「だって、未海は“生まれながらにしてのお姫様”だったからさ」
お姫様VS女王様。
似た者同士だと笑いながら、和馬は昔を思い返すように、
「桜雅は知ってると思うけど、僕らが元々住んでた場所って田舎の方でさ。未海の実家の大隈家って地元の名士、つまりお金持ち。いいところのお嬢様だったんだ」
「うん、たまに行く祖父ちゃんの家は立派だよね。お祖母ちゃんの車も、ショッキングピンクの高級車で、地元じゃ超有名だって聞いてる」
「あの手のド派手な色の車、田舎じゃ中々に見かけないからな」
かなりド派手な車に乗っている祖母である。
「小さな頃から我が侭放題で、高飛車な性格。お金持ちの立場を利用し、他人を支配しまくる。自分の思い通りにいかないとすぐに機嫌を損ねて、周囲は大変に苦労を……ん、これだけ言うと悪役令嬢みたいか?」
「みたいというか、そのものだよね」
ひとつもフォローのしようもない。
「いや、でも、可愛いからさ。当時の彼女、超可愛かったから。僕が惚れこんだわけですよ。あの可愛さなら、どんな命令されても許せる。人気者だったよ」
「許しちゃダメでしょ。とんでもない子になる……なったじゃん」
「だな。それは僕も反省しておこう」
地元でも有数の富裕層の娘として、我が侭放題に育てられたようだ。
甘やかされて、可愛がられて。
自分勝手な我が侭な性格になってしまった。
まさに“生まれ持ってのお姫様”である。
「それだけ格差があったらお付き合いも大変そうです」
「お姫様の未海と付き合い始めて、あれは中学時代だったか。僕は彼女の父親から言われたからね。『うちの娘と結婚したいなら、一流大学に入り、一流企業に勤めなければ認めない』って。明らかに牽制だったわけだが」
「娘は簡単に渡さないぞって言う男親の宿命だね」
「それを乗り越えたのが僕だよ。一流大学に入り、ちゃんと一流企業の内定がもらえた時点で、『未海と結婚させてください』と頼みにいったから」
「すごっ。祖父ちゃんは何と?」
「あ、あぁ、うん。……って、ホントにやりおったよ、こいつ。って感じだったかな。自分が言ったことを有言実行されたわけだから。反対なんてできるはずもない」
祖父たちからすれば、幼馴染のふたりが結婚までいくとは思わなかった。
障害を乗り越えた、一途な愛の大勝利だ。
和馬は口元にふっと笑みをこぼして、
「ちなみに次の日に、また大隈家に行ってさ。『実は未海のお腹に赤ちゃんがいるんです』って報告をしたら、ぐうの音も出ない感じで認めてくれました」
「……出来ちゃった婚だったのね」
「まぁ、仲が良すぎたわけですが。コウノトリさんって突然くるのさ」
苦笑い気味に彼は「息子よ、親の二の舞はやめておくれ」と忠告する。
就職してすぐに子供が生まれるのはかなり大変だったのだ。
できることなら、そんな苦労もせずに計画性を持ってもらいたい。
ちょうど、タイマーが鳴ったのでコンロの火を消す。
未海手作りの美味しいカレーの出来上がりである。
「あー、かなり話がそれた。未海じゃなくて舞雪の話だったな」
ふたりは親子と言う以上に似すぎている。
「性格的に似すぎてるんだよな」
「昔の自分を見てるようで嫌な感じになるのかも?」
「あぁ。世界を自分を望み通りに動かせる。そんな風に生きてる舞雪が、未海としては面白くないというか、可愛げがないというか」
「……で、あの対決?」
「僕からすればどっちもどっちさ。やっぱり、親子だなぁっと思うけどな」
悪役令嬢な遺伝子を受け継いでしまい、周囲が大変な目にあっている。
どちらも人迷惑な性格なのは共通していた。
「でも、未海の場合は僕がストッパーみたいなものだったからな。悪いことをしたら、ダメだぞ、と注意することもできた。舞雪の場合は……」
「誰も止める人がいないから、暴走状態ですか」
「そんな感じ。桜雅はストッパーの役割を果たさないからな」
「姉ちゃんのすることに何のケチをつけろというのか」
「やれやれ。そこは弟の役割を果たそうぜ」
「姉のすべてを肯定する。それが俺の信念です」
唯一の良心が歯止めにならない。
それゆえに舞雪の暴走に拍車がかかっているともいえるのだが。
すっかり飼いなされているな、と和馬は呆れた。
「心許せる相手とめぐりあえたら変わるんだろうが……無理か」
親としては娘の幸せだけを望んでいる。
だが、今はまだその相手の気配はどこにもなしである。
そんな話をしていると未海が戻ってきた。
「おかえり、和馬。何の話をしていたの?」
「えーと……未海の話かな。昔は可愛かったなぁって」
「ふふふ。今も可愛いの間違いでしょう?」
そんな未海に和馬はうっかりと、
「おこがましいにもほどがあるぜ」
「――ッ」
「自分の年齢を少しは考えなさい。あ……」
「……ねぇ、和馬。もう一度聞くわよ」
しまった、と思った時には手遅れだった。
未海は微笑を浮かべていたが、目が笑っていない。
――あ~あ。父さん、やらかした。
背後にごごご、と怒りの炎が見隠れする。
桜雅は知らないとこっそりと一歩後ずさった。
「私は可愛い? 今も昔も変わらないでしょう?」
「は、はひ」
「貴方の目から見ても素敵女子に成長した?」
「とても可愛らしく、素敵な女性に成長されました、です」
顔を強張らせながら和馬は冷や汗をかく。
怒らせると手が付けられない。
そう、“生まれ持ってのお姫様”は現在進行形である。
――僕がストッパーとか言ってませんでしたっけ?
ストッパーどころか、立場的には逆転されてるありさまだ。
彼の立場で止められるはずもない。
「そうよねぇ」
「あ、あはは。未海は相変わらず可愛いくて、惚れなおしますよ、えぇ」
「……そんな可愛いお嫁さんに旦那さんはもっと“仲良く”するべきだと思うの。今日は久しぶりに一緒にお風呂でも入りましょうか」
「え? あ、あの、今日は疲れて……」
「いいじゃない。ねぇ、“仲良く”しましょ。朝まで、ね?」
「ぼ、僕、明日も普通に仕事が……あ、あぁああ」
和馬の悲しい叫び。
上下関係がきっちりとさせられている夫婦である。
――父さん、頑張れ。
それ以上、触れないでおこうと決めた桜雅であった。
その日の夜、和馬のカレーには“らっきょう”が山盛りにされていた。
春風家の夜は長くなりそうだった――。