第24話:アンタは、越えてはいけない一線を越えた
まるで湖に張る薄氷の上でタップダンスをしてる気分だ。
発言ひとつ間違えればバッドエンド。
そんなギリギリを継続中。
床に座る梨子を見下ろす舞雪。
こちらが言い訳しづらいことを、容赦なく責めてくる。
「未成年の高校生とみだらな行為におよんだ。この事実を認める?」
「その件について全面的に黙秘します」
「してもいいわよ、永遠に」
「怖すぎる!?」
ラブホテルに数時間前、桜雅が行ったのは紛れもない事実である。
実妹、有紗に誘われて、変な場所に行ってしまった。
そこでは何もなかったと本人は言っていったけども。
舞雪に知られた、この説明しづらい事実。
――これ、詰んでない?
どう言い訳しようとも。
どう言い逃れしようとも。
この怒りに震える女王様の追及を逃れるすべは思いつかない。
「素直に認めて私に謝罪したら許してあげてもいいわ」
彼女は右手で真下を指さし、
「ただし、地面に顔をこすりつけて、ひれ伏して詫びるのよ?」
「この女王様め!?」
「その程度、まだ序盤。ホントの地獄はこれからよ」
「……消えたい」
どうやっても、舞雪を納得させる方法が思いつかない。
――終わった。どうしようもねー。
こんな状況、どうやって切り抜けられるか。
どこぞの万能AIにアドバイスを願いたい。
「そのあと、梨子の店にも立ち寄ったわよね」
「……うん」
「二回戦、夜のお店で楽しんじゃったのかしらぁ?」
「そ、それは違うよ? 本当に何もなかったよ?」
「いいのよ。若いんだもの。覚えたては盛った動物みたいなものでしょう」
「どんな時でも、自分のお店で変なことはしません!」
さすがにそれだけは否定させてもらいたい。
自分の店で変なことなどするはずもない。
――ラブホテルなんて一度も中に入ったこともないのに。
事実無根ではあるが、否定するのも問題がある。
「どちらにしても、この証拠を前に言い訳ができる?」
「……言い訳させてほしいです」
「桜雅ちゃんと別れるのならしてもいいわよ」
「付き合ってまだ数十分なのに、それはひどすぎる」
ラブラブで甘々な関係が待ってるはずなのに。
「事実はひとつ。アンタと桜雅ちゃんはホテルに行った」
「……それは」
「相手が未成年と分かっていながらいけないことをした」
「いけないことってなんでしょうね」
「3歳年下の男子を誘惑して、いやらしいことを教え込んだ」
「教え込めるかな、私」
経験ゼロに何をさせようというのだ。
「まだ認めないんだ。さっさと自白した方がいいわよ?」
「弁護士を呼んでください。それまで話しません」
「素直に認めて、楽になれ。私の怒りを思い知れ」
「そんなの嫌に決まってるじゃん」
部屋の隅っこに追い込まれて、体を震わせることしかできない。
防戦一方、ノックダウン寸前。
「若い男女だもの。隙さえあれば、押し倒し、交わりあう。それが青春よ」
「発情期の動物か」
「似たようなものでしょ。桜雅ちゃんと恋人同士になったんだもの。溢れる愛の前に、情熱の炎は燃え盛るものよ」
「……それ、燃えなかったら燃えなかったで怒られるんじゃないの」
執拗で面倒くさい弟想いの姉。
黙らせることも、逃げることもできない。
梨子は思案するが、一つも解決策を見つけ出せない。
「したの、してないの? どっち?」
舞雪の威圧感に押しつぶされそうになる。
「そ、それは、だから……あの……」
「さぁ、どっち?」
「うぅ」
決断の時、迫る――。
この選択肢、おそらく最後の選択肢。
――間違えたらバッドエンド。どうする、どうすれば……。
ぐるぐると頭の中で、どう答えるべきかを考えた結果。
「……したわよ」
「――え?」
「お、桜雅といけないことをしました」
無実の罪をかぶって、嘘をつく方を選んだ。
――これ以外に生き残れる道はない。
開き直って、正面突破に打ってでた。
もうこうなれば賭けだ。
嘘でもなんでも、攻めるしかない。
――どうせ、倒されるなら前のめりに倒れたい。
これ以上、精神的に追い詰められるのは勘弁だった。
それに、舞雪にも言いたいことがある。
こちらは恋人、あちらは実姉。
今、この瞬間、桜雅にとっての一番は誰かということ。
「だって、桜雅のことが好きだもん。そういうことくらいする」
「な、なにを」
「桜雅を誘い、二時間あまりホテルで過ごしました! これでいい!?」
開き直った梨子は顔を真っ赤にさせながら言い放つ。
「桜雅は私の恋人なんだから! 何をしてもいいでしょう、別に」
「……っ……」
「初体験はあの子なりに優しくしてくれました。はい、終わり」
ガーン。
逆に顔を青ざめさせたのは舞雪の方だった。
先ほどまでの強気な姿は一転させる。
「う、嘘だ。嘘だ。ヘタレな梨子にそんな真似、できるはずない」
「……おい、さっきまでの追及は何だったのさ」
「だって、梨子よ。付き合い始めてすぐに手を出せる勇気なんてない」
はっきりと言われたが、事実はその通りである。
キスをするのが精一杯、ホテルなんて後何ヶ月後の展開か。
舞雪はそう想像していた。
いや、そういう都合のいい想像をしていたかった。
「どうせ、ホテルに行っても、胸を揉ませた程度のヘタレっぷりで終了とか、そんな展開を想像していたのに」
「リアルにありそうな展開で泣きそう」
「それが一線を越えてたなんて。そんなバカな……」
オーバーなほどに肩を落として落ち込む。
舞雪も梨子のことはよく知っている。
この子にそんな真似ができるはずがないと知っていて、追い込んでいたのだ。
それなのに――。
「――アンタは、越えてはいけない一線を越えた」
怒りと悲しみの感情があふれ出す。
「それ、私が消される寸前のセリフじゃん」
まさか、本当に一線を越えて一足先に大人になっていたのは完全に予想外。
想像したくもない現実だった。
「幼馴染をヘタレ扱いするのはやめてもらいたいわ」
「ぐすっ、私の桜雅ちゃんが汚された」
「えー」
「大して、大きくもない胸のくせに。そんな程度で誘惑するなんて」
「ひどくない? 胸の大きさだけで桜雅を落とせたとでも?」
「子供の予定は? 今、何ヵ月?」
「すぐにできるわけないでしょ!?」
「子供の名前を決めるとき、私の意見も聞いてね」
「なんでだよ!?」
一気に雰囲気がグダグダになって、困惑する。
「幼馴染に可愛い実弟を奪われるとか。桜雅ちゃんを寝取られたぁ」
それは所有権がある側の人間のセリフである。
姉のセリフでは絶対にない。
「……いや、そもそも、舞雪と結ばれる未来の可能性はなかったわけで」
「それでも、姉としては清く正しく美しい桜雅ちゃんでいてほしかったの!」
「それを望まれるのも桜雅が可哀そうでしょうに」
「うるさいっ、うるさいっ。うわぁーん」
「い、いたっ」
命の危機は脱することができたが、
「桜雅ちゃんを返せぇ、ぐすっ」
子供のようにぐずる舞雪を前になだめるに数時間を要したのだった。
そして、その頃の桜雅。
「――はぁ、暇だ。姉ちゃんたち、まだかな」
舞雪の言いつけを守り、ひとり寂しく隣の部屋で待機中。
姉に待てと言われたら、ずっと待ち続ける忠犬っぷり。
ただし、放置されてもいいわけではなく。
「……俺のこと、忘れてないよね?」
不安的中、その通りだった。
彼のことを思い出して、部屋にふたりが呼びに来たのは深夜の二時過ぎだった。




