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好感度99%の恋愛  作者: 南条仁
20/25

第19話:私の中の桜雅が変わり始めてるんだ

 アングレカムに微妙な空気が流れる。

 桜雅を前に梨子はため息をつく。


「いろいろと言いたいことはあるんだけど」

「……有紗さんといけない場所に行った件は反省してます」

「ホント、それ。あの子相手に冗談でもついていかない」


 ふくれっ面で梨子は桜雅をたしなめた。

 ラブホテルから本当に二人が出てきたときは怒りと悲しみと、よくわからない感情に飲み込まれてしまいそうになったものだ。


「その辺の事情は有紗から聞いたわ。改めて確認だけど」

「何もありませんでしたよ?」

「ホントに? あの子とホテルに行って何ひとつもなかった、と?」

「信じてください。トラストミー」


 梨子の視線が冷たくて痛い。


「想像されてるようなことはなかったですよ、うん」

「じーっ」

「そんな目で見ないで。悲しくなるから」

「まったく、油断も隙もない。変な場所にいかない、あの子についていかない」

「はい。でも、俺からも聞きたい。なんで、あんな場所に?」

「とある人から情報が流れてきたのよ。それ以上は聞かないで」


 情報源が何となく誰なのか、桜雅は察するので深くは聞かない。

 自分を知る相手で、ああいう場所に出没する知り合いは限られている。

 聞いても“とあるリア充女子”の“現実”を知るだけだろう。

 

「一瞬、俺のスマホに居場所の追跡アプリでも仕込まれてたのか、と」

「そんなことするわけないでしょ」

「え? 姉ちゃんと俺、お互いにアプリ入れあってるよ」

「だーかーら、恋人同士か」

「普通の事だと思うけどな」

「普通じゃないから。姉弟でそんなものを入れあうな」


 相も変わらず、この姉弟はお互いを大事に思いあいすぎている。


「入れてどうするの」

「なんとなく、お互いの居場所を知れる安心感?」

「それを姉弟で入れてるの、貴方たちだけだと思うの」


 もはや呆れて言葉もない。

 浮気防止アプリ、そんなものを入れあう姉弟がいてたまるか。


「……」

「どうしたの、梨子ちゃん」

「もうこの件はいいわ。本題に入りましょ」

「本題? 今回のお説教以外に、何か話しでもあったっけ?」

「しようと思っていたのよ。その、真面目な話系」

「ふむ、聞きましょうか」


 桜雅は椅子に座りなおして彼女に向き合う。

 改めてマジマジと見られると梨子も照れくさい。

 告白すると決めたのはいいものの、どう切り出せばいいのか分からず。


「……」


 沈黙から数分後、さすがに桜雅も「何なの?」と不思議がる。

 何ひとつ、言葉が出てこない。

 桜雅は彼女にとってずっと弟であり、男の子でもあった。

 関係を変えたい。

 そうは思っていても、わずかな不安が言葉を詰まらせてしまう。


「……あのね、桜雅」

「うん」

「そのね」

「梨子ちゃん、どうした? 歯切れ悪すぎて怖い」


 自分でも情けないことだ。

 年下男子に告白するのにこんなにも勇気がいるなんて。

 ビビッて言葉が詰まるのも、想像していない。


「え? もしかして、この店がつぶれるとか。マジかよ」

「勝手につぶすなっ!?」


 そんな危機は今のところはない。

 

「違うの?」

「真顔で言われるとお姉さん、すごく悲しい。経営に問題なしです」


 真剣な顔をして、言いにくいこと。

 それがこの店のことだと勘違いさせたようだ。


「アングレカムは経営危機ではありません」

「それじゃ、何だよ? さっきからすごく言いづらそうだし」

「それは……」

「何か悩みがあるなら、言ってみ? 聞くだけなら聞いてあげられる」


 桜雅らしい言葉。

 いつもそうだ。

 昔の小さな頃と違い、彼はずいぶんと頼りにもなるようになってきた。

 

「ホント、成長したよね」

「そりゃ、するだろう。身長だって梨子ちゃんを追い越した」

「その成長が、私を困惑させてるのに」

「どういう意味?」

「ずっと傍にいて、成長を見守ってきたはずなのに。ふとした時に知らない誰かみたいに思う時がある。もう昔みたいな子供じゃないってことだよね」

「当然さ。俺も子供じゃない」

「いえいえ。態度とかまだまだ子供だなって思う時もあるけどね」

「部屋の片付けもできない人に言われてもなぁ」


 クスッとお互いに笑いあう。

 よく知る相手同士、今さらなことだ。

 ちょっと和んだ雰囲気の中で。

 

「だからこそ、戸惑う。私の中の桜雅が変わり始めてるんだ」

「え?」

「子供時代の可愛かった桜雅。今みたいに頼りになる桜雅。成長した姿に戸惑う」

「そう?」

「桜雅は私の成長を感じてる?」

「んー。それなりに。昔から知ってる間柄だからね」


 深呼吸して、気持ちを整える。

 言うのなら今しかない。

 決めたのだ。

 好きだって、気持ちを伝えたい。

 梨子は真っすぐに桜雅の目を見た。

 

「梨子ちゃん?」


 お互いに、それなりの想いがある。

 だから、信じる。

 

「ねぇ、桜雅。私は……」


 自分の気持ちを。

 相手の気持ちを。

 好感度99%、残り1%を乗り越えられるものだ、と――。


「――私は、桜雅が好」

「あっ、姉ちゃんから電話だ」


 タイミングが悪く、桜雅のスマホが鳴り響く。

 着信音を変えているので姉の電話だとすぐにわかる。

 普通なら出るはずもない。

 だが、桜雅はこの状況でも電話に出ようとする。


「――!?」


 すぐさま彼女はやめさせる。


「お・う・が。いい加減にしようか」

「お、おぅおぅ」

「このタイミングで姉優先だと私も許せないかなぁ?」


 困惑する桜雅の顎をぐぐっと手でつかみながら、


「い、いひゃいっす」

「スマホの電源、切りなさい」

「え、あ、いや。姉ちゃんの電話……い、いえ、切ります」


 威圧感に負けて彼はすぐさま電源を切る。


「おい、くぉら。なんで、ここで電話に出ようとする」

「いや、姉ちゃんの電話は3コール以内に出るようにと決まっていまして」

「今じゃなくてもいいでしょ!」


 さすがの桜雅も今のは悪いと反省していた。

 つい習慣的なものが出てしまったのだ。


「ご、ごめんなさい」

「ふんっ」


 せっかくの告白をつぶされて梨子は不機嫌になる。


「私、今、とても大事な話をしてるの。わかる?」

「わ、わかってます。はい、どうぞ、続きをしてください」

「すぐにできるか。あの子、スマホに盗聴アプリでも入れてるのかしら」


 問題なのは電話をかけてきた舞雪だ。

 この状況を気付いていないはずなのに。

 意図してしたものではないと思いたいが。


「はぁ、大事な場面で邪魔しないでよ」


 それを無意識に邪魔するのはさすが舞雪というべきであり、怖かった。

 

「桜雅を守りたい気持ちがこんな形で……嫌な子だわ」


 すっかりと気持ちを折られてしまった。

 前にも後ろにも進めず。

 梨子はぐだぁ、とうなだれて、


「……ごめん。ちょっと、休憩。コーヒーを飲ませて」


 とはいえ、一度切れた気持ちを立て直すのには時間が必要だ。


「ちくしょう。ホント、舞雪には勝てそうにない」


 せっかくのチャンスを邪魔されて。

 舞雪に対して恨み節を呟きながら、彼女はコーヒーを入れるのだった。

 

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