第1話:俺の大切な人は姉ちゃんです
「姉ちゃんよりも梨子ちゃんが心配だ」
「んー? 私は自立している大人なのに?」
「そのセリフは幼馴染にパンツを洗濯させたりしない人のセリフです」
好き好んで幼馴染の世話をしているわけではない。
掃除の次は洗濯ものである。
洗濯かごに押し込められた洗濯物を取り出して、次々と洗濯機へ投げ込む。
――えっと、こういう系の奴の対処法は……。
梨子のセクシーな下着など、もはや気にすることもない。
下着の形が崩れないように、洗濯袋に詰めていく。
淡々とこなす姿に彼女は呆れた顔をする。
「……キミはあれですか。性欲とかないわけ?」
「人並みにあるわい」
「年頃の女の子の下着に興奮しないなんて。性欲、枯れすぎじゃない?」
「慣れだよ、慣れ。ドキドキしてた時期もありました。去年の春ごろまでは」
こんな布切れに興奮できる時期はもう過ぎさった。
去年までは梨子は桜雅の自宅の近くにある実家暮らしをしていた。
しかし、卒業後、仕事を始めてからは一人暮らしをすると家を出た。
――心配で面倒を見てたらこんなことに。
だが、実際は自立どころか面倒くさいことは桜雅任せ。
適度に様子を見に来ては、姉同然の梨子の世話をする羽目に。
毎週末、お世話してあげている桜雅も桜雅なのだが。
「えー。だってさぁ、普通の男の子はね、気になる女性の部屋にブラが落ちてたらこっそりポケットに忍び込ませて、盗ったりするものよ」
「人を勝手に犯罪者にしないで」
「あれ、一枚なくなってる。まさか……とか、そんな展開!」
「なくなってたら、それは自分のせいだとまず疑え」
容赦なく言い放つ桜雅である。
「うぅ。なんで、何もしないの? おかしいでしょ!」
「怒られても困る。そんなの、ただの変態さんですやん」
乙女の部屋に“下心”は持ち込むな、それが姉の言葉である。
この年にして、“無の心”を手にしている桜雅である。
「下着とか見つけたら、ドキドキしたり、テンパったりするもんじゃん!」
「そこに同意を求められても」
「こ、これはもしかして……梨子ちゃんのパンツ? とか!」
よくある漫画のお色気イベントの事を言ってるらしい。
女子の部屋に入った時にあるイベントあるある、だ。
「なるほど」
「分かってくれた?」
「この部屋では普通にあるのでもう慣れた。はい、落ちてました」
「はぐっ!?」
パンツくらいなんだというのだ。
むしろ、ちゃんと洗濯かごに入れろと説教したくなる。
「俺が梨子ちゃん相手に今さら何を思うのか」
「ひどっ。ん? 何よ、私の顔をじっと見て?」
「梨子ちゃんって、ホントに女の子だよね?」
「わ、私が男にでも見えるのかぁ。ええいっ、脱いでみせましょうか」
勢いでいきなりシャツをめくりあげて、下着姿をさらす。
フリルのついた可愛らしい純白のブラ。
大き目の胸元がはっきりと谷間を作る。
間違いなくスタイル抜群のお姉さん。
年頃男子が見れば、硬直必死な状況ではあるが。
「……ねぇ、梨子ちゃん。羞恥心って言葉、知ってる?」
「れ、冷静に言うなぁ! こっちが恥ずかしいわ」
「だったら、服を着なさい。まったく、はしたない」
「う、うぅ。なぜか逆に説教された。おかしい」
恥ずかしい思いをしたのが自分の方なのが納得いかない。
勢いあまってしてしまい、梨子は顔を赤らめる。
「ぐぬぬ……私の心が傷ついた」
「自業自得です」
「おや、こんなところにも下着が。洗濯機に放り込もう」
「――だーかーら、そこに恥ずかしがって!?」
「洗濯物を溜めすぎなんだよ。ていっ」
「お、女の子のブラを放り投げるなぁ! あー!?」
そんなグダグダなやり取りを毎週のようにしているのである。
洗濯機をまわして、他に残していないかを確認する。
「おかしいよ、桜雅」
「ん?」
「桜雅って乙女に欲情したりする? お姉ちゃん、少し心配だわ」
「真顔で言わないでもらいたい」
そこに心配される言われはひとつもない。
人並みに女子に興味を持ち、人並みに性欲もある。
ただ、それが反応しないのが梨子なだけである。
「はっ!? も、もしかして、男の子にご興味が?」
「ないよ。梨子ちゃんに心配されるようなことはありません」
「これが草食を通り越した絶食系男子か」
「学校ではちゃんと女の子にドキドキしてるから大丈夫です」
なんだか不愉快だったので、梨子はクッションを投げつけた。
それを軽く受け止めて、「何をする」と放り返す。
「うぅ、悔しいじゃん。私にも欲情しろぉ」
「そんな無茶な」
「ドキッとしてほしいわけよ。私も、乙女扱いされたい」
不貞腐れる梨子は面倒くさい。
桜雅は軽くため息をつきながら思う。
――幼馴染で、男女の意識をするのってどうなのさ。
頭では分かっているのだ。
女子としてドキッとする瞬間が皆無ではない。
ないのだが、それを意識すると多分、今の関係ではいられない。
下手に意識しないことが今の関係を続けている。
梨子はびしっと指先を桜雅に突き付けて、
「桜雅の女性の好みチェック。今、一番気になる人は?」
突然の問いに、ためらうこともなく。
「姉ちゃん。次点が梨子ちゃん」
「シスコンか! くっ、それなら、一番大事な人は?」
「姉ちゃん。次点は梨子ちゃん」
「シスコン過ぎて、引くわ! そして、私は常に二位かぁ」
ぐいぐいと桜雅の肩を揺さぶってくる。
何を当然の問いをするのだとばかりに、桜雅は胸を張って、
「守りたいあの笑顔。俺の大切な人は姉ちゃんです」
「……真顔で言うし。この子、ダメな方向に成長してる気がする」
残念ながら手遅れ、病院で治療が必要な重症レベルだった。
「でもさ」
「んー? 何よ、シスコンさん」
「一番、“大好き”なのは誰かって聞かれたら、“梨子ちゃん”って答える」
梨子の目をまっすぐに見つめながら答えた。
純粋にして、ブレることない気持ち。
「~~っ!?」
言われた瞬間、梨子は頬を真っ赤にさせた。
そのストレートな好意にドキマギさせられるのは梨子の方だった。
桜雅は昔から“姉”と“梨子”が大好きだ。
それはこれからも変わらない。
片方は家族愛、もう片方は……。
――どういう感情なのか。いまいち、自分でもよく分からない。
あえて考えないようにしているだけか。
「あれ? 照れてる?」
「て、照れて悪いかぁ! マジで照れるわ、ちくしょう」
「ふっ、勝った」
「負けたぁー」
弟相手にからかわれて、梨子はクッションで顔を隠す。
「そもそも、好きじゃなければこんな風にお世話もしません」
「……ん」
照れる梨子はちらっと桜雅の顔をうかがいながら、
「……この女ったらしめ」
「何か言った?」
「そんなこと、誰にでも言ってあっちこっちに女の子を作ってる説」
「人をナンパ男みたいに言わないでくれ。モテないわけではないですが」
「さり気にドヤ顔をしたのがむかつく」
梨子は桜雅が自分を特別扱いしているのが、どういう感情かを知りたい。
いつまでも子供のような感情ではお互いにないのだ。
「……ホント、好きのレベルを知りたいわ」
「え? 今のはホントに聞こえなかった。なんて?」
「な、何でもないです。弟のくせに生意気なのよ」
すると、梨子はエプロンをつけて、キッチンに立つ。
「なんか悔しいから女子力全開を見せつけてあげるわ」
「ようやく、食事作りか。本気見せてくださいな」
彼女は片づけはできないが、料理はかなり上手なのである。
「今日は何が食べたい?」
「オムライスを希望する」
「桜雅って昔からオムライスが好きだよねぇ」
「梨子ちゃんの作ってくれる奴なら何でも好きだけど」
「ふふふっ。私の料理の腕を舐めてもらっては困ります。プロだからね」
「片付けができるようになったら、誰もが惚れる素敵レディなのに」
「女の子って、一つくらい欠点があった方が可愛いでしょ?」
そう言ってピースサインをする梨子に桜雅は「やれやれ」と笑った。
世話の焼ける姉と面倒見のいい弟。
仲のいい幼馴染、ゆったりとしたランチタイムを過ごすのだった――。