第15話:桜雅が……好き、だよ
梨子はお店の営業終了後、同僚の杏樹を連れてラーメン屋に来ていた。
いかにもラーメン屋という感じではなく、おしゃれな内装の店内を見渡す。
「いい雰囲気ね。ラーメン屋さんというよりもカフェに近いかも」
杏樹は「女性人気のお店なんだ」と笑う。
「ここのエビ味噌ラーメン、美味しいんだよ」
「へぇ。あまり、こういうお店には来ないから」
「ふふふ。今日は梨子さんのおごりって聞いたので、ここにしてみました」
杏樹は仕事を終えれば、“店長”ではなく“梨子”と名前で呼び合う仲だ。
時々、彼女たちは一緒に食事をすることもある。
一応、美優にも声をかけたが、恋人と食事の約束があるので断られた。
今回、こうして、わざわざ杏樹を連れて食事に来たのには理由がある。
「それで、梨子さん。相談ってなに?」
ただの食事ではなく相談事があったのだ。
注文を終えて、彼女は「うん」とうなずきながら、
「桜雅のことなんだけど」
「桜雅君の?」
「……その、杏樹から見てさ。私たちってどういう風に見える?」
「ま、まさかの恋愛相談デスと!?」
予想外の言葉にラーメン店に衝撃が走る。
顔を赤らめて、梨子は「そ、そうですよ」と小さな声でつぶやく。
自分でも切り出すのは気恥ずかしかった。
「り、梨子さん、頭大丈夫?」
「言い方が失礼すぎっ!?」
「ごめん、動揺しすぎた。えー、梨子さんが恋愛相談?」
「そんなに驚くことか」
「だって、梨子さんだもの。マジか」
思わず、杏樹はお水を一口飲んで落ち着く。
そして、冷静さを取り戻して本音がこぼれた。
「私、人様に相談されるほど恋愛経験さほどないよ」
「知ってる」
「ぐぬぬ」
知ってるのなら言わないでもらいたい杏樹だった。
「この手の相談なら、美優を連れてくるべきだったんでは?」
「あの子はあの子で、アドバイス的な意見を求めるのには不向きじゃない?」
「んー、そうかも。なるほどなぁ」
杏樹は「そっかぁ、恋愛相談か」とにやにやとした。
じれったいほどにじれったい二人の関係。
まさかの梨子側からの進展が期待できる日が来るとは。
「いいよ、梨子さん。相談には乗りましょう。今日は本音で言って」
「そうさせてもらうわ」
誰かに相談したいとき。
それは自分の中で答えに迷う時が多い。
自分ではそれなりに決まってるんだけども後押しされたい。
誰でもそういう時があるものだ。
「改めて。私と桜雅の関係って杏樹から見てどう見える?」
「んー、幼馴染という関係性にこだわりすぎて、絡み合ってる感じ」
「身動きでないでいるのは事実ね」
正直、桜雅が生まれた時から続いている関係だ。
初めて彼に会ったのは生まれて数日後。
梨子の母親に連れられて、病室で初めて桜雅の顔を見た。
小さくて可愛い存在に梨子の心はときめいた。
それから桜雅は彼女の弟的な存在として、常に傍にいた。
過ごした時間、重ねてきた経験。
すぐにどうこうできるものでもない。
「確認だけど、梨子さんって桜雅君が恋愛的に好きってことなの?」
「桜雅が……好き、だよ。元々、大切な子ではあったんだけど」
「ようやく自覚する気になった?」
「……うん」
桜雅を男の子として好きだと認める。
単純なことだが、彼女にしてみれば難しくもあった。
自分にとっては大切な弟のような存在。
成長しても変わらずにいたもの。
それを異性としていつから見るようになっていたのか。
「桜雅って甘えたがりな所もあるくせに、いつのまにか頼りになる存在になってきた。ずるいのよ。あんな風に成長されちゃうと戸惑うじゃない」
いつまでも子供ではない。
自分を支えてくれる存在になってきたことが心境に変化を与えた。
「身長が私を超えたくらいからかな。急に男の子から男の人になりだして」
「性格もいい子だし」
「そうね。意識するなって方が無理があったのかも」
誰だって、大人になる瞬間があるのだ。
それまでよく知ってるはずだった桜雅の知らない一面。
それを知るようになり、戸惑ってきた。
ターニングポイント。
去年、過労で倒れて入院してしまった頃かもしれない。
ちょうどGWで姉の所へ遊びに行く予定が入っていたにもかかわらず、一週間を梨子の面倒をみてくれたのだ。
そのことで、舞雪からは相当に逆恨みもされたのだが。
不安なとき、ずっと支えてくれた桜雅が愛しく思えた。
あれが意識しだしたきっかけだったのかもしれない。
「最近は妙にモテだしたでしょ。それに焦ったのも事実」
「何気に先日のラブなホテル事件が影響してたんだ」
「私だって傷つくんです」
「あはは」
「笑い事ではないのに。ホント、恋は厄介なのものだわ」
他の相手といちゃついてほしくない。
その戸惑いこそが恋心だったのだと遅ればせながら気づくのだった。
「それは梨子さんだってそうじゃないの?」
「え?」
「桜雅君からすれば、ドキドキするようなお姉さんになってるんじゃない?」
「あの子、私の下着姿を見ても、目線をそらすことなく淡々と後片付けする子よ」
「お、女の子扱いされてなさすぎ!?」
「昔は一緒にお風呂も入ってたけど、別に照れることもなかったわ」
「桜雅君はホントに男の子!? 欲情とかしないの?」
「ある意味で、あの子って舞雪に飼いならされてるもの」
本当にそのことにはため息すらつきたくなる。
ドキドキしてくれない。
乙女心は傷ついてばかりいる。
女子に免疫がありすぎるのも問題だ。
杏樹は思案顔をしながら、
「舞雪さんか」
「舞雪がどうかした?」
「うん。あのさ、あの人にその話はした?」
「私が舞雪に? するわけないでしょ」
「桜雅君のことなのに」
うかつに相談するべき相手ではない。
「だからこそよ。はっきり言って、ブラコンの彼女に桜雅が好きなのって相談してみ。すぐさまこっちに攻め込んでくるから」
「……氷の女王様は恐ろしい。梨子さんでも敵対されるの?」
「当然。私でも容赦ないのが舞雪の怖いところよ」
舞雪と梨子は親友同士だ。
それでも、彼のことになると彼女は眼の色を変える。
「前に、桜雅のファーストキスを事故的なもので奪ったことがあるの」
「うわぉ。それ、いつのとき?」
「私が6歳。あの子が3歳」
「ふたりともお子様じゃん。何の気なしにしちゃったやつ?」
「桜雅が可愛くてついね。そうしたら、舞雪がブチ切れて1週間、嫌がらせされた」
あの日々を思い出すと、梨子も下手に行動を起こしたくない。
とにかく桜雅が大好きな舞雪。
姉として弟を思う心が強すぎる。
当然、その怒りは想像を絶するもので。
「八つ当たりで当時の幼稚園はとんでもないことになったわ。思い返したくもない」
「怖すぎる。あわわ」
女王様のお怒りは周囲を恐怖に陥れた。
幼い頃でアレなのだ。
今だと想像もできない真似をされるかもしれない。
「つい数日前にも電話をしたけど、牽制球を投げられまくったわ」
「具体的には?」
「最近、うちの桜雅がアンタの話題ばかりするんだけど、変なことになってないでしょうねぇ? なってたら、ぷちっとしてしまうけど、いい? とか」
「怖っ!?」
「アンタの方はどうなの? 可愛い桜雅に変な気を起こすつもりはないわよね? って脅されて、『何もないよー』と棒読みで返すのが精いっぱい」
好意を認めた瞬間、こっちに帰ってくるに違いない。
そして、その日が梨子の最後の日になるかもしれない。
想像するだけで絶望する。
「私が桜雅への恋心を自覚したくなった一番の理由でもある」
どうにも、舞雪には気づかれているっぽい。
桜雅をずっと見守ってきた姉だ。
些細な弟の変化にも、幼馴染の気持ちにも気づいているのだろう。
「はぁ。うまくごまかさないと私、死んじゃう」
「でも、筋を通さないとお付き合いできなんじゃない?」
「……あ、ラーメンがきた。エビ味噌、楽しみだわ」
「話をそらしても解決しないと思うけどなぁ」
乗り越えるべきラスボスは強敵すぎる。
「いつかラスボス攻略はしなきゃいけない、か」
だとしても、今は立ち向かえる勇気は無い。
桜雅のことは好き、でも舞雪のことは恐ろしい。
桜雅と舞雪の話は離して考えたい梨子であった――。




