第14話:キミは自分に自信がないんだね
桜雅のラブホテル疑惑事件から一週間。
相も変わらず、桜雅と梨子の関係も現状維持の停滞気味。
何も変化が起きずにいた、そんな時にこの出来事は起きた。
「桜雅クン、桜雅クン」
彼のクラスを突然、訪れたのは梨子の妹、有紗。
先日から会えば会話するように、そこそこの知り合いになっていた。
顔見知りから少しだけ進展。
「どうした、有紗さん?」
「ちょっと困りごと、発生中。お力を貸してください」
「困ってる?」
「うん。頼りになる男の子が必要なの」
可愛い女の子に頼まれたら、断る理由は何一つない。
「いいよ、何だろう?」
「あのね」
その安請け合い、彼はすぐに後悔することになる。
数時間後、げんなりとした様子の桜雅は、
「……マジで大変でした」
「あはは。ホントに助かったぁ」
対照的に有紗は晴れやかな顔をする。
可憐な少女の横顔に、ちょっと気持ちは癒されつつも、
「まさか、ストーカーさんと対決するとは思わなかった」
「いい感じに倒せてよかった。しつこいやつだったんだよ」
有紗の相談というのは彼女にストーキング行為をしている男子を追い払うという、かなり高度なミッションを要求された。
とある同級生が以前から好意を抱き、つきまとっていたらしい。
桜雅はいざという時の壁的な役割で、話し合いに巻き込まれたのだが……。
話し合いは予想通りにこじれ、結果的に学校に突き出すことで何とか解決することができたのが、つい先ほどの話だった。
念のため、家が近所なこともあり、彼女を送って帰っている最中だ。
「私の事情を知ってる男の子がいると助かる」
「役に立てて何よりさ。もうご遠慮願いたいけども」
「うん。ホント、桜雅クンでよかった」
下手な相手に頼めば勘違いさせてしまう。
彼女は年上と付き合っているという、弱みを握られてしまうのが一番怖かったので、事情を知る桜雅を頼るしかなかった。
「解決できてよかったぁ」
「あれで納得してもらえたのだろうか」
「多分ね。次に私に近づいたら、学校のペナルティだけじゃすまないし。私のプライベートを暴露するとか、そんな真似されると困るしねぇ」
「無事に解決できたと思っておこう」
「ありがと。桜雅クン、巻き込んでごめんね」
学内に彼女の味方はいないため、最終手段で彼を頼りにしたのだ。
「でもさ、話を聞いてると勘違いさせるような真似をした有紗さんも問題が……」
「えー。そんなことないよ?」
「棒読みだし。自覚はあるのね。少しは反省してください」
「はーい。今後は気を付けます」
女子の何気ない行動が、男には勘違いさせる原因になることもある。
自分に気があるんじゃないか、と思い込みが激しいやつもいる。
そういう小悪魔的振る舞いをしてしまった方にも非がある事件だった。
「この話はもう終わり。私、気になるんだけど」
「何が?」
「桜雅クンと姉さんの関係」
「いきなり、全然違う方に話を変えてきたね」
「気になるし。実際、どうなの? あれから進展あった?」
「……ないけどさ」
梨子と桜雅は恋人未満のままだった。
考える機会は何度もあったが、それを実現できることもなく。
――俺が梨子ちゃんをどう思ってるか。
その答えは出つつあるのだが。
――今さら変えようとするのも、難しいんだぜ。
一緒にいる時間が長すぎるのも問題だ。
「前に価値観の話をしたのを覚えてる?」
「価値観が合う相手と一緒にいた方がいいって話?」
「そう。恋人にするなら絶対にそれは大事なの」
ぐいっと近づくと、その真っすぐな瞳を向ける。
「桜雅クン、うちの姉さんのこと、好きでしょ?」
「……そ、それは」
「はっきりと答えて。好きか嫌いか。嫌いじゃないけど、好きでもない?」
「いや、好きは好きだよ」
「なのに、告白はしないんだ?」
「……いろんな事情がありまして」
「関係が変わるのが怖い? それとも、断られたらどうしようって不安?」
不思議とそれはない気がした。
お互いに両想い、それは桜雅にだって感じられる。
恋愛感情を確認したことはないけども、嫌いであれば自分の部屋には招かない。
「正直に言えば、うちの姉って面倒くさい女の人でしょ」
「はっきりと言うね」
「妹の私がずっとそう思ってることだもの」
「面倒くさいことは否定しない。そこが可愛らしいとは思ってる」
「……桜雅クン、女の子の趣味が悪いわ」
くすくすと笑い、彼女はそっと桜雅の頬を手で触れる。
「でも、姉さんの傍に桜雅クンがいてよかったとは思ってる」
「そうかな」
「幼馴染として支えてくれてる。姉さんはきっと幸せものだ」
「支えるか。梨子ちゃんに支えられてるのは俺の方だよ」
梨子と舞雪、二人の姉に可愛がってもらい育ってきた。
向けられてきた親愛の情が彼を成長させた。
「……実のところいうと、私は桜雅クンがちょっと嫌いでした」
「なんで?」
「姉さんはずっと、私の姉じゃなくて“桜雅クンの姉”だったから」
実妹よりも姉として桜雅と接する姿に不満を持ったことがある。
「俺の方が仲良すぎたから?」
「そういうこと」
「それは、すみませんでした」
「いえいえ。それだけ、仲がよかったってことなんだろうけど」
有紗は「昔の話だけどね」と過去を懐かしむように、
「姉に甘えなくなったり、そっけない態度をとるようになったり。私と姉さんの間に溝を作った原因は桜雅クンだと改めて思う」
「うぐっ。反省するべきかな」
「どちらにしても価値観が違うから。仲良くはなれなかったかな」
「……そんなに違うの?」
「うん。全く違う。私はあの人のように純情一途でもないし」
どちらにしても、仲のいい姉妹とは無縁だった。
有紗は自由気ままに、自分らしく。
何かに縛られることもなく、自分勝手に生きていた。
「私なら親に言われたからって、自分の未来を曲げたりしない」
「梨子ちゃんはそれでも自分で決めたよ」
「うん。知ってる。でも、私ならしない」
例え、親に頼まれても無理して店を引き継いだりはしなかった。
自分の未来は自分で決める。
姉の覚悟を否定するつもりはないが、姉と自分は全く違うのだ。
いろんな意味で相性がよくない、と有紗は思う。
「性格的なものって、長女と次女の違いもあるんだろうけどね」
だけど。
それでも、姉として思うところがないわけではない。
「……奥手なあの人の応援してあげますか」
「何が?」
「桜雅クンは姉さんに告白するべきだと思うの」
「いきなりストレートに。また答えづらいことを……」
「好きなんでしょう」
「傍にいた時間が長すぎて幼馴染同士って難しいよ」
「それは言い訳。本当に大事なのはそんなことじゃないはず」
心があれば、乗り越えられる。
彼らが停滞して、前に進めないホントの理由。
「桜雅クンの弱点発見」
「俺の弱点?」
「そう。キミは自分に自信がないんだね」
グサッと胸に突き刺さる言葉。
そして、それはずっと自分の中に引っかかっていたもの。
「相手が年上だから。自分が相手を幸せにできるかどうか不安なんだ」
「人の心を覗くような発言をする」
「私、人生経験は豊富ですから。あっちの経験もね」
「……ははは」
にこやかに笑って流しておこう。
交差点に差し掛かり、信号待ちをする。
赤色の信号に逃げるように視線を向けた。
「いいんだよ、自信がなくても。好きって気持ちには素直になればいい」
「……」
「姉さんのこと、一番理解してるんだもの。それだけで隣に寄り添う資格はある」
「どうかな」
年上の姉みたいな存在。
誰よりも好きな相手、自分が幸せにする自信がなければ踏み込めない。
――そうか。俺が梨子ちゃんへの気持ちを明確にできなかったのは。
どうしようもない年齢差と焦燥感だったのかもしれない。
――俺が支えるとか、守ってあげたいとか。
そう思うこと自体、生意気なことだったのかもしれない。
――でも、俺にもあるんだよな。男の子の意地ってやつが。
だからこそ、踏み込めないこともある。
男の子の意地と、年上女子への気遣いと。
色々と絡まって動けないのが今の現状だと把握する。
信号待ちを終えて、ふたりで横断歩道を歩く。
この信号を渡った先が家の近所だった。
「桜雅クンは女の子のことをどれだけ知ってる?」
「はい?」
「確認だけど、女性経験はないんだよね?」
「……ありませんけど」
「モテるくせに」
「遊びで女の子と付き合えるような性格でもないんだよ」
気恥ずかしく答える桜雅をからかうわけでもなく。
「人間って分からないことに不安を抱くの」
「そうかもね」
「だったら、分かればいい。理解できればいい」
彼女は自分の胸にぽんっと手を当てる。
「女の子のことをよく知れば、きっと解決できると思うの」
「はい?」
「例のホテルのポイントカード、まだ持ってる?」
「持ってるせいで、ひどい目にあったけど」
「何それ?」
「いえ、何でもないです」
先日の疑惑の件はちょっとしたトラウマだった。
勝手なデマが起こす騒動の怖さを知った。
「あるけど、それが何か?」
「今日のお礼も兼ねて、ホテル一回分だけ付き合ってあげる」
「へ?」
想いもよらぬ“提案”に桜雅は顔を引きつらせる。
正反対にどこか楽しそうな有紗。
「大丈夫、男の子は一回でも経験すれば自信が持てるから」
「な、何の冗談を言って?」
「冗談じゃないよ。キミに“女の子”を教えてあげる」
夕焼けに染まる少女の顔。
艶っぽく微笑む小悪魔がここにいた――。




