第13話:今の貴方は疑惑の当事者ですよ
桜雅のママ活疑惑にアングレカムは緊張感に包まれていた。
信じたくはない、そう思いつつも、
「ママ活って、大人の女性と金銭的なやりとりで、いろいろとしちゃうやつ?」
「えぇ。女子が男性に、はよくありますけど、今は逆もあるんですよ」
男子高校生が人妻とママ活で警察に捕まる、などという話もある。
ただの疑惑ではなく、犯罪になりつつある。
「マジか。ママ活とか、桜雅君……お金に困ってたの?」
「性欲的な意味かもしれませんよ」
「そっかぁ。桜雅君はエロい子だったのか」
杏樹は「純情な子だと思ってたのに、がっかりだよ」と悲しむ。
「……資金面という意味じゃ、忘れてることがあるんじゃない?」
さっきまで過去回想していた梨子がいきなり参戦してきた。
もそっと顔をあげて、話に加わる。
「あれ、店長。もう大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないけど。考えてたらちょっと思うところもあって」
「例えば?」
「ママ活ってお金がメインの目的なわけじゃない。桜雅、ああみえて、お父さんは有名企業の子会社の社長。ちょっとしたお金持ちだったりするわけよ」
「あっ。そうだった、ということは?」
「お金には困ってない。ママ活疑惑はありえません」
「というフォロー。店長は桜雅君の味方のようです」
「当然よ。さすがに人妻相手にどうこうは、私は信じないわ」
これまで休日を一緒に過ごしてきたのは何だったのか。
騙されていたとは思いたくない。
「……その可能性を消す意味で、私は桜雅の財布の中を見てみる」
「自分がみたいだけじゃないのっ!?」
「止めないで。これはあの子の疑惑を晴らすためなのよ」
「思いっきり、自分が見たいだけな気が……あっ!?」
梨子はえいっと勝手に桜雅の財布を開く。
もしも、高額な金額が入っていれば疑惑は確定する。
気になるお財布の中身は……。
「えっと、2千円。あと100円が二枚。……これだけ?」
「高校生らしく、健全で普通だった」
「微妙すぎて、何とも言えませんね」
性と欲望に汚れた大金の影もなし。
ママ活疑惑、終了のお知らせ。
ほっと一安心した梨子は胸をなでおろす。
「私、桜雅のことは最初から信じていたわ」
「……店長の勝利。あれぇ、ママ活説終了? じゃ、このポイントカードは?」
「この金額では、同級生説もなさそうです」
「残されたのは人妻交際説のみか」
「いえ、もう一人だけ。お相手がいるんじゃないですか?」
まだ諦めないとばかりに美優は言う。
「相手って? まだ疑惑の相手が?」
「誰よ?」
「彼が最も信頼と情愛を抱く相手、春風舞雪さんですよ」
「――!?」
桜雅と舞雪はとにかく仲のいい姉弟である。
先日も、ふたりっきりで温泉旅行に行ったくらいだ。
「旅行に行ったり、デートをしていたりしますよね」
「口癖のようにお姉ちゃんがよく出てくるし」
「い、いやいや、舞雪とだけはないから。普通の姉弟だから」
「えー。仲良すぎる疑惑なのに」
「性的な意味合いだけはないわ。それくらいは信じましょうよ」
もしも、舞雪が相手ならば梨子は桜雅をどうにかしてしまうかもしれない。
「結局、推理しても解決できなかった」
「……どれも怪しいけど、確信はなかったものね」
「本人を追求してみます?」
「それしかないかぁ。よし、桜雅君を直撃だ」
アングレカム乙女推理、解決編。
悩んで考えても答えはでないので、勝負に出る。
ちょうど桜雅が倉庫整理を終えてやってきた。
「終わったよ。資材で足りなさそうなのは……何さ?」
全員からジーッと冷たい視線を向けられて困惑する。
「桜雅クン、今の貴方は疑惑の当事者ですよ」
「素直に答えないと、ここの出禁もありえます」
「へ? 頑張って倉庫整理してきた人間に何を言うのだ、この人たちは」
「それは感謝します。それとこれは別問題よ」
梨子は勇気をだして、彼の前にポイントカードを突き付ける。
この疑惑、晴らさなければ桜雅自身を軽蔑することになる。
「桜雅。これはどういうことかしら?」
「げっ。そ、それは……」
「相手は誰? 同級生、人妻、舞雪。疑惑の相手が多すぎる」
「姉ちゃんだけはないと先に断言しておきます」
どんなに好きでも姉に手を出すことはない。
彼女たちが桜雅をどんな風に見てるのか。
彼は疑惑を払しょくしようと必死になって、
「まず、人の財布を勝手にのぞいた件については」
「桜雅、誤魔化さない。現実問題、これについての詳細を聞いてます」
「……そっちはいいのかよ。はいはい」
自分のことは棚上げしてのお説教。
下手に誤魔化しても怒られるだけなので、彼は真実を述べる。
素直に話せばやましいことなどないのだ。
「俺がポイントを集めたのではなく、もらったものです」
「へぇ、どなたから?」
ちらっと梨子を一瞥して、彼は「有紗さん」と名前を出した。
本当の事なので、嘘をつく必要もない。
「有紗? それって、店長の妹さんの名前?」
「ま、まさか、有紗と!?」
「なるほど。姉妹揃って手を出す、いけない子だったんですね」
「桜雅ぁ! うちの妹とそんな関係だったの!?」
思わぬ有紗の名前に、梨子は怒りをぶつけてくる。
「ち、違います。誤解をしないでください」
「ホントに? 有紗といけない関係じゃない?」
「ありえません」
頭が痛くなる想いの桜雅は言い訳を並べて、
「まず、これは有紗さんが前の彼氏と集めたもの。それを今の彼氏とは使いたくないと、先日、なぜか俺にくれたんだい」
「……ホントに? 有紗か。あの子なら、これくらいやるか」
「店長の妹さんがラブな場所の常連さん?」
「だから、俺自身は冤罪。無罪。何もしてない。分かってくれました?」
「……」
乙女たちの推理は大外れ。
まったく違う結果に。
顔を見合わせて、彼女たちは何事もなかったかのように。
「さぁて、後片付けをしましょうか」
「今日も一日頑張ったぁ」
「明日も頑張りましょうね、皆さん」
散々、疑惑を向けられて、言われたい放題だった桜雅を放置。
フォローも謝罪もない。
ぽつんと残された彼は大きなため息と共に、
「……解せぬ」
お姉さんたちを怒ることもできず、嘆くのだった。
こうして、たった一枚の紙を巡る騒動は幕を閉じたのだった――。




