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好感度99%の恋愛  作者: 南条仁
13/25

第12話:この子、危険だ

 『アングレカム、本日の営業は終了しました』。


 時間よりも早く、閉店プレートを出した。

 お店の営業よりも重大な事件が発生したためである。

 そして、彼女たちは一枚のスタンプカードを凝視する。


「さて、桜雅君にある疑惑が持ち上がったわけだけども」

「……」

「店長、放心中ですけど?」

「気持ちはわからなくもない。あの桜雅君が、純情な小鳥だと思ってたら、肉食系の猛禽類だったなんて。いまだに私も信じられないもん」

「意外に、ワイルドな一面も。……ちょっと好みですね」

「や、やめなさい。頬を赤らめるな、舌なめずりするな」

「してませんよ? うふふ」

「アンタか、実はアンタが手を出してたのか」


 肩を揺らされる美優は「私じゃありません」とやんわり否定する。

 本当にそうなのか実に怪しい。


「……でも、手を出してみたいと今思いました」


 妖艶な微笑み、素直な本音がだだ洩れる。


「やめなさーい。まったく、顔に似合わず肉食系が好きなんだから」

「強気な子が好きなんです。今どきの子ってヘタレが多いでしょう」

「はいはい。美優の趣味はおいといて。問題はこれだよねぇ」


 ラブなホテルのポイントカード。

 全20回のスタンプの押印済み。


「ここから推測できること。少なくとも20回は訪れている」

「でも、高校生ですよ? 私でも月に数回なのに」

「……数回でもいいデスね」


 一度もご利用したことのない杏樹のひがみの声である。


「高校生かぁ。同級生でもいたよね。ここの常連」

「利用しやすい値段ですし」

「はぁ、一度は行ってみたい。じゃなかった。ええっと、店長。店長?」


 呆然自失の梨子は過去を振り返っていた。


「昔の桜雅はこんな子じゃなかったの。お姉ちゃんって呼びながら、可愛い笑顔で、私の手をぎゅって握り締めて。そして、その小さな手で……」

「だ、ダメだ、過去回想に浸ってる」

「……よっぽどショックだったんでしょうね」

「そりゃ、彼氏扱いしてた相手が他の子相手にこういう関係なら傷つく」

「まさに、寝取られた幼馴染。NTRものですね、ふふふ」

「他人事だと思うと楽しそうだね、美優」


 こういう時に人は性格が出てくるものである。

 桜雅はまだ倉庫の整理中で出てくる気配がない。


「……桜雅君、本人に聞いてみるとか」

「出来ると思います?」

「だよねぇ。素直に答えてくれるわけもなく」

「では、推理してみましょうか」

「そだねー」


 他人事なので楽しくなってきた。

 人の不幸も恋愛話も、乙女の話題の一つに過ぎない。

 所詮、杏樹も乙女の端くれだった。

 

「こういう場所に行ったことがないんだけど、スタンプカードってあるの?」

「珍しくはないですよ」

「ふーん。ちなみにこれはご利用二時間? お泊りのどちら?」

「今回はどちらでも、押印してくれるタイプみたいです」

「高校生でも手が出せなくないか。ホントに桜雅君、ここの常連なのぉ?」


 月に数回でも、高校生のお小遣い程度ではギリギリだろう。

 ということは、現実的に考えて半年以上の付き合いはあるはずだ。


「お相手は誰でしょう。と考えてみると、彼の周囲に女性の影は?」

「店長以外にいるのかな。本人はこれだし」

「……」


 テーブルにひれ伏して力尽きている梨子である。

 役にも立たず、放っておくに限る。


「日曜日は大抵、店長と一緒じゃん? そんな余裕あると思う?」

「土曜日はどうでしょう。彼、この店に来ることが少ないですよね」

「そう言われたらそうかも。平日にしか来ない気がする」


 空白の土曜日、それが疑惑の相手との密会日。


「となると、相手だよね。同級生とか?」

「彼はモテますから。お相手に困ることはないかもしれません」

「それって告白された相手に、手あたり次第手を出してるってこと?」

「そういうことになります」

「マジか。なるほど、複数の相手と訪れてる可能性もあるのかぁ」


 桜雅の肉食系男子説。

 彼は一見すれば無害な顔をして、裏の顔を持っているのかもしれない。

 実はモテて困ってますアピールは演出。

 本当は違い、桜雅は告白してきた少女たちに手を出している可能性。


「告白して呼び出した女子をホテルに連れ込み、無理やり。そして、写真を撮って弱みを握り、複数回にわたり行為を……」

「やめてぇ、桜雅君はそんな子じゃないと信じたい」

「杏樹さん。私たちは本当のあの子の素顔を知らないだけなのかもしれません」

「いーやー」


 勝手に妄想して騒ぐ女子たちである。

 当の本人は奥の倉庫で真面目に仕事をしているのに、ひどい有様である。

 

「では、次の可能性を考えみましょう」

「他の可能性ねぇ」

「高校生の男の子、性欲は旺盛。でも、資金には余裕がない」

「資金に余裕がある相手の場合?」

「そういうことですね。つまり、相手が大人の場合もあります」

「大学生とか? 私たち世代?」

「もっと上だとどうでしょう。あの子くらいの憧れる女性」


 んー、と杏樹は思案しつつ、ふと思い出したように、


「そうだ、高校時代に同じクラスに人妻好きな子がいたの」

「なぜ、今それを思い出したんです?」

「年上がらみで。男の子って、おばさんでもいけるんだなぁって」

「あのくらいの子だと、友達のお母さんとかも守備範囲の子はいるでしょう」


 男という生き物は、母性というものに惹かれ憧れるのか。

 友達の母、人妻、親戚のお姉さん。

 年上好きな男子諸君は少なくない。


「そうそう。確かアルバイト先のパートのおばさんを好きになって告白したとか、そんな話をしてたような気がする。よくやるわぁ、と思ってた」

「ありましたね。その話」

「うわぁ、桜雅君もそっち系とか」


 桜雅、人妻と交際説。

 資金的に余裕もある相手とならば、


「確かに、それならばこの回数もありえます」

「うわぉ。若いってすごい」

「身体と暇を持て余した人妻との不貞行為。ありえない話でもありません」

「……そうなの?」

「世の中、女性の浮気も意外に多いんですよ」


 知らない世界。

 見たくない現実はいつもその辺に転がっているものだ。


「人妻ですか。そんな熟れた果実より、食べ頃なのがここにいるのに」

「だーかーら、桜雅君を狙わない。いい? ダメなのはダメ」

「分かってますよ、えぇ」


 にっこりと笑う美優を信じられない。


「この子、危険だ」


 美優が怪しく思えてきた。


「人妻相手に密会を重ね、そして旦那に関係がバレてしまい……」

「人妻と大学生が駆け落ちしたって都市伝説もあったね」

「恋愛も愛欲も人を狂わせてしまうもの」

「アンタが言うか」

「ちなみに私は浮気はしないタイプですよ?」

「……そーだといいですね」


 ふと、美優は何かを思いついたようで、


「どうしたの?」

「私、嫌な可能性に思い当たりました」


 先ほどまでの冗談っぽさは影を潜めて、


「なるほど。それもありえますよね」


 美優は唇を指先で押さえながら言う。


「いきなりマジにならないで。どうしたのさ?」

「ただの不貞行為だけならよかったんです」

「それもよくないけど? ダメなやつですけど?」

「最もよろしくない部類、つまり“犯罪”の可能性を思いつきました」

「は、犯罪? それって?」

「以前、この手の話が話題になったことがあったんですよ」


 不安そうな気配。

 犯罪というキーワードに緊張感が高まる。

 桜雅、犯罪に関わってる説。


「いいですか、桜雅君は……」

「桜雅君は?」

「――桜雅君は“ママ活”をしているのかもしれません」

「ま、ママ活!?」


 まさかの疑惑に驚く杏樹。

 たった一枚のポイントカードが桜雅にとんでもない疑惑を抱かせたのだった。

 

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