第12話:この子、危険だ
『アングレカム、本日の営業は終了しました』。
時間よりも早く、閉店プレートを出した。
お店の営業よりも重大な事件が発生したためである。
そして、彼女たちは一枚のスタンプカードを凝視する。
「さて、桜雅君にある疑惑が持ち上がったわけだけども」
「……」
「店長、放心中ですけど?」
「気持ちはわからなくもない。あの桜雅君が、純情な小鳥だと思ってたら、肉食系の猛禽類だったなんて。いまだに私も信じられないもん」
「意外に、ワイルドな一面も。……ちょっと好みですね」
「や、やめなさい。頬を赤らめるな、舌なめずりするな」
「してませんよ? うふふ」
「アンタか、実はアンタが手を出してたのか」
肩を揺らされる美優は「私じゃありません」とやんわり否定する。
本当にそうなのか実に怪しい。
「……でも、手を出してみたいと今思いました」
妖艶な微笑み、素直な本音がだだ洩れる。
「やめなさーい。まったく、顔に似合わず肉食系が好きなんだから」
「強気な子が好きなんです。今どきの子ってヘタレが多いでしょう」
「はいはい。美優の趣味はおいといて。問題はこれだよねぇ」
ラブなホテルのポイントカード。
全20回のスタンプの押印済み。
「ここから推測できること。少なくとも20回は訪れている」
「でも、高校生ですよ? 私でも月に数回なのに」
「……数回でもいいデスね」
一度もご利用したことのない杏樹のひがみの声である。
「高校生かぁ。同級生でもいたよね。ここの常連」
「利用しやすい値段ですし」
「はぁ、一度は行ってみたい。じゃなかった。ええっと、店長。店長?」
呆然自失の梨子は過去を振り返っていた。
「昔の桜雅はこんな子じゃなかったの。お姉ちゃんって呼びながら、可愛い笑顔で、私の手をぎゅって握り締めて。そして、その小さな手で……」
「だ、ダメだ、過去回想に浸ってる」
「……よっぽどショックだったんでしょうね」
「そりゃ、彼氏扱いしてた相手が他の子相手にこういう関係なら傷つく」
「まさに、寝取られた幼馴染。NTRものですね、ふふふ」
「他人事だと思うと楽しそうだね、美優」
こういう時に人は性格が出てくるものである。
桜雅はまだ倉庫の整理中で出てくる気配がない。
「……桜雅君、本人に聞いてみるとか」
「出来ると思います?」
「だよねぇ。素直に答えてくれるわけもなく」
「では、推理してみましょうか」
「そだねー」
他人事なので楽しくなってきた。
人の不幸も恋愛話も、乙女の話題の一つに過ぎない。
所詮、杏樹も乙女の端くれだった。
「こういう場所に行ったことがないんだけど、スタンプカードってあるの?」
「珍しくはないですよ」
「ふーん。ちなみにこれはご利用二時間? お泊りのどちら?」
「今回はどちらでも、押印してくれるタイプみたいです」
「高校生でも手が出せなくないか。ホントに桜雅君、ここの常連なのぉ?」
月に数回でも、高校生のお小遣い程度ではギリギリだろう。
ということは、現実的に考えて半年以上の付き合いはあるはずだ。
「お相手は誰でしょう。と考えてみると、彼の周囲に女性の影は?」
「店長以外にいるのかな。本人はこれだし」
「……」
テーブルにひれ伏して力尽きている梨子である。
役にも立たず、放っておくに限る。
「日曜日は大抵、店長と一緒じゃん? そんな余裕あると思う?」
「土曜日はどうでしょう。彼、この店に来ることが少ないですよね」
「そう言われたらそうかも。平日にしか来ない気がする」
空白の土曜日、それが疑惑の相手との密会日。
「となると、相手だよね。同級生とか?」
「彼はモテますから。お相手に困ることはないかもしれません」
「それって告白された相手に、手あたり次第手を出してるってこと?」
「そういうことになります」
「マジか。なるほど、複数の相手と訪れてる可能性もあるのかぁ」
桜雅の肉食系男子説。
彼は一見すれば無害な顔をして、裏の顔を持っているのかもしれない。
実はモテて困ってますアピールは演出。
本当は違い、桜雅は告白してきた少女たちに手を出している可能性。
「告白して呼び出した女子をホテルに連れ込み、無理やり。そして、写真を撮って弱みを握り、複数回にわたり行為を……」
「やめてぇ、桜雅君はそんな子じゃないと信じたい」
「杏樹さん。私たちは本当のあの子の素顔を知らないだけなのかもしれません」
「いーやー」
勝手に妄想して騒ぐ女子たちである。
当の本人は奥の倉庫で真面目に仕事をしているのに、ひどい有様である。
「では、次の可能性を考えみましょう」
「他の可能性ねぇ」
「高校生の男の子、性欲は旺盛。でも、資金には余裕がない」
「資金に余裕がある相手の場合?」
「そういうことですね。つまり、相手が大人の場合もあります」
「大学生とか? 私たち世代?」
「もっと上だとどうでしょう。あの子くらいの憧れる女性」
んー、と杏樹は思案しつつ、ふと思い出したように、
「そうだ、高校時代に同じクラスに人妻好きな子がいたの」
「なぜ、今それを思い出したんです?」
「年上がらみで。男の子って、おばさんでもいけるんだなぁって」
「あのくらいの子だと、友達のお母さんとかも守備範囲の子はいるでしょう」
男という生き物は、母性というものに惹かれ憧れるのか。
友達の母、人妻、親戚のお姉さん。
年上好きな男子諸君は少なくない。
「そうそう。確かアルバイト先のパートのおばさんを好きになって告白したとか、そんな話をしてたような気がする。よくやるわぁ、と思ってた」
「ありましたね。その話」
「うわぁ、桜雅君もそっち系とか」
桜雅、人妻と交際説。
資金的に余裕もある相手とならば、
「確かに、それならばこの回数もありえます」
「うわぉ。若いってすごい」
「身体と暇を持て余した人妻との不貞行為。ありえない話でもありません」
「……そうなの?」
「世の中、女性の浮気も意外に多いんですよ」
知らない世界。
見たくない現実はいつもその辺に転がっているものだ。
「人妻ですか。そんな熟れた果実より、食べ頃なのがここにいるのに」
「だーかーら、桜雅君を狙わない。いい? ダメなのはダメ」
「分かってますよ、えぇ」
にっこりと笑う美優を信じられない。
「この子、危険だ」
美優が怪しく思えてきた。
「人妻相手に密会を重ね、そして旦那に関係がバレてしまい……」
「人妻と大学生が駆け落ちしたって都市伝説もあったね」
「恋愛も愛欲も人を狂わせてしまうもの」
「アンタが言うか」
「ちなみに私は浮気はしないタイプですよ?」
「……そーだといいですね」
ふと、美優は何かを思いついたようで、
「どうしたの?」
「私、嫌な可能性に思い当たりました」
先ほどまでの冗談っぽさは影を潜めて、
「なるほど。それもありえますよね」
美優は唇を指先で押さえながら言う。
「いきなりマジにならないで。どうしたのさ?」
「ただの不貞行為だけならよかったんです」
「それもよくないけど? ダメなやつですけど?」
「最もよろしくない部類、つまり“犯罪”の可能性を思いつきました」
「は、犯罪? それって?」
「以前、この手の話が話題になったことがあったんですよ」
不安そうな気配。
犯罪というキーワードに緊張感が高まる。
桜雅、犯罪に関わってる説。
「いいですか、桜雅君は……」
「桜雅君は?」
「――桜雅君は“ママ活”をしているのかもしれません」
「ま、ママ活!?」
まさかの疑惑に驚く杏樹。
たった一枚のポイントカードが桜雅にとんでもない疑惑を抱かせたのだった。




