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第24話 ポロの試合 ブレイクタイム②

 

 相手チームはしばらく審判に詰め寄っていたが、審判は頑としてあれは試合時間内の得点だと譲らなかった。

 フハハ。喚け、喚け。その間も、お前らの休憩時間は減っていくんだ。


 どちらが悪役か分からない台詞を脳裏に浮かべながら、俺は芝生に大の字で寝転んでいた。

 隣ではアイリーンが膝を折って、ちょこんと女の子座りしている。座り方もなんか上品で可愛いな。


 モリスからチョコバーを受け取って口に運んだアイリーンは、目を白黒させた。

 そうですよね。それ、相当甘いからね。女子より甘い物が得意な男子四人ってどうなのかな。


「ルーカス様、大丈夫です?」


 俺にマッサージを施してくれているルッツが心配げに顔を覗き込んでくる。


「なにが?」


 太陽が眩しい振りをして、顔を手で覆ってはぐらかす。視線を合わさなくても、直に俺の筋肉へ触っているルッツにはバレバレだろう。

 六歳の身体はとっくに悲鳴を上げている。

 七分がたった四回の三十分弱の試合なんて楽勝なはずだとか、もし言ってる奴がいたら殴ってやりたい。もう腕を上げるのも面倒だけど。


 馬に乗って全速力で駆け抜ける。重いマレットを上げて球を打つ。大声を出して相手をかく乱し、味方に指示を出す。敵と馬上でぶつかりあう。

 そんな事を七分も続けてみろ。それだけで身体中の筋肉は(きし)み始め、体重もドッと落ちて動きを鈍らせる。


 すでに第三ターンまで終わり、残りは一ターンだけ。

 なのに身体中をアイシングで冷やして貰っても、俺は立ち上がれる気がしなかった。


 あぁ、ちゃんとチョコバー食べないと。なんで俺、チョコ味なんかにしたんだ。作ってる時はチョコ好きだから何個でも食べられると思ったんだ。

 気持ち悪い。胃に何も入れたくない。ハチミツレモンとかにすればよかった。


 マルは上機嫌で三個目のチョコバーを齧っている。ちょっと尊敬してきたわ。マルの辞書に疲労ってないのかな。

 いやいや、練習当初は数回素振りしただけでへたっていたはず。

 これが年齢の違いなのかな。

 俺の身体が今、六歳なのはどうしようもない。変えられない。


 よろよろと重たい腕を上げる。

 バンッと両手で顔を叩いて喝を入れる。しっかりしろよ、ルーカス。男なら譲れない時があるって言ったのは自分自身だろ。

 俺の名前はルーカス・アエリウス。

 常勝国家マーナガルムの第二王子だ。

 マーナガルムの男は、決して人前で弱音を吐かない!


 気合だけでガバッと起き上がる。

 チョコバーを噛み切って、どうしても喉を降りて行こうとしないそれをスポーツドリンクで流し込む。


 いつの間にか戻って来ていたオレイン先生が指で丸を作って、さきほど頼んでおいた事の成果を教えてくれた。

 それから先生は手早く、俺に湿布とテーピングをしてくれた。ないより身体が動かしやすい。ありがたい。

 時間があっと言う間に過ぎ去っていく。もう相手チームは馬場に出てしまっている。


「ルーカス様」


 誰かが俺を呼んだ。あぁ、アイリーンか。

 彼女の緑の瞳は一度も揺れない。出会った時から変わらない信頼で俺を見つめてくれている。

 マルも、ジョエルも、誰も俺にやめようと言わなかった。


 引き分けまであと一点。逆転まであと二点。

 この場にいる全員が、俺にそれを成しえる力があると期待している。敵だってそう思っているから俺を恐怖の目で見てきて軽視しない。


 俺、そんな大した奴じゃないよって言えたら楽だったな。

 実際は腕がブルブル震えて引きつりそうだから、好きな女の子が立ち上がるのに手も貸せない情けない奴ですよ。


 だけど、この子が俺を見つめて微笑んでくれるから。

 手を貸さなくったって、自分ですっくと俺の隣に立ってくれるから。

 俺は自分を諦めずに済んだ。


「行きましょう、アイリーン。今日、最後の戦いです」

「はい、ルーカス様!」


 二人、並んで馬場へと足を踏み出す。マルとジョエルが後ろに続いた。

 もはや一人では足が上がらなかったので、ルッツが俺を持ち上げて馬に乗せてくれた。やっとのことで馬に跨った俺を見て、ルッツは心配そうに眉を下げた。

 止めた方がいいんじゃないのかと迷っている表情だ。

 その肩を力の入らない拳でトンと突く。


「ルートヴィヒ、俺の家臣なら情けない顔すんな。あいつら見てみろ」

「え?」


 俺の口調が急にがさつになった事に驚いた様子だったが、ルッツは言われた通りに後ろを振り返った。

 そこにはセインが、アレクが、ユーリが、ふてぶてしい顔で笑っていた。ローズはいつも通り、ピシリと背を伸ばして澄ました顔をこちらに向けている。


 ルッツは徐々に、その瞳に輝きを取り戻した。

 俺の騎士たち四人が一糸も乱れぬ動きで膝をつく。


「御身の勝利をお待ちしております」

「当たり前だ。そこで安心して見てろ」


 馬首を返して、身を翻す。


 さぁ、行くぜ、エイドリアン。

 お前は過去の俺だ。手に入らないものを羨ましがって、妬んで、卑怯な手を使ってでも人の足を引っ張ろうとする。

 努力もしないで、自分には何も貰えないと文句ばっかり言って、いい事が起こるのをただ待っている。

 そんな人生、面白いか?


 俺は今なら言えるね。

 あそこにはもう二度と戻りたくない。

 俺は今日、お前(おれ)を越えて先へ行く。


 俺たち四人と、エイドリアンたち四人は、馬場の中央で一列になって向かい合った。



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