第20話 ポロの試合 第一ピリオド
馬に乗る高学年の四人と向かい合えば、広いはずの馬場をやけに狭く感じた。ジョエルとモリスはあからさまに場の雰囲気に飲まれてしまっている。
だけどあいつら、馬に乗ってる姿をよくよく見たらなんかちっちゃくね?
子供なんだからルッツやアレクより大きいはずないしな。
「あいつら、アレクより短足ですね」
俺が囁くと、ポニーに乗る大人たちの滑稽な姿を思い出したのだろう。ジョエルたちがクスッと笑った。
白黒の縞の分かりやすいシャツを着た審判が、彼も馬に乗って俺たちの間に進み出る。
その手から白く塗られた木のボールが地面に落ちると同時に、八頭の馬がゆるっと走り出した。
お手並み拝見とばかりに、エイドリアンとそのチームメイトの三人は明らかに速度が遅かった。俺たちなんか走り出した後でも止められると高を括っているんだろう。
その油断がお前たちの命取りだ。
一足早くボールに辿り着いた俺は、馬場に響き渡るほど腹から声を張り上げた。
「速ッ攻――ッ!!!!」
俺の声を聞く前に、マルはゴールに向かって走り出している。
これだけは何度も練習した俺たちの鉄板技だ。
一試合目と二試合目を捨て試合にしていると気づかれないために、そして相手に警戒させるためにも、この一点だけは絶対に取らないといけない。
軍馬ではない相手のポニーは、俺の大声に一瞬だけビクリと足を止めた。
混戦している中、あるかなしかの隙間をマルに向かって思いっ切りボールを打ちつける。
俺が走り出すと同時にジョエルとモリスが左右に広がり、二頭ずつの馬を引きつけてくれた。強引でもいい。俺が抜け出る穴さえあれば、その先には誰もいない。
「師匠!」
マルの大声とともに矢のような速さでボールが芝の上を走ってくる。
あの後も散々、練習したんだ。
まさかここで外すかよ。
俺の打ちつけたマレットは間違いなくボールの芯を捕え、秋空の下にカーンッと小気味いい音を立てた。
誰もが呆気に取られている中、試合開始数秒で、白い球は相手方のゴールに吸い込まれていった。
遅れて、ピピーッと審判が笛を吹き鳴らす。
得点板の前の召使いたちが、慌てた様子でガタガタと俺たちのチームに大きく一点の札を掲げた。
ここに至って初めて何が起こったか理解した観客たちは大歓声を上げた。敵も味方もなく、誰もが惜しみなく拍手を送ってくれる。
だが、これは初手だから通じた技だ。あいつらは今後、警戒して俺にボールは持たせてくれないだろう。
最初はポカンと口を開いて、それから徐々にエイドリアンは不機嫌そうに顔を引きつらせた。
「見てくださいよ、あの顔」
俺はチームメイト三人に語りかけ、わざとエイドリアンに見えるように彼を指さした。三人もフフッと満足そうな笑みを浮かべる。
こちらが何を話しているか聞こえなくても、おおよその見当はついたのだろう。
エイドリアンはカッと顔に血を上らせた。
「さぁ、これから四半時足らず、相手の猛攻に耐えますよ!」
奴らには聞こえないように、こっそり檄を飛ばす。まだ試合は始まったばかりだ。
この世界ではおよそ一時間に一回、鐘が鳴る。昔の日本と違って、一時間が一刻、三十分が一時、十五分が半時、そしてその半分が四半時だ。
四半時は大体、七~八分くらいか。もちろん正確な時計などないので、大雑把な感覚だ。
この七分程の試合と十五分の休憩を一ターンとして、通常の試合は六ターンとか九ターンを戦うらしいが、俺たちは子供なので四ターンで終わりだ。
トータル九十分の試合ってわけだな。
多分、地球のポロとはルールも試合形式も違う。前世で見た事ないから分からないが。
俺たちは相手がボールを持った時には無理に奪おうとせず妨害に徹した。まさか球を狙っていないとは思わせない。
少しでも身体を休ませるために交代でこっそり一人、ゴール近くにいて、相手がシュートを狙って来たらその時だけ邪魔をする。
奴らは俺たちを手玉に取っているつもりで、なぜかパスが通りづらく、シュートも決まらない状態に苛々し始めている。
格下にしてやられていると思って頭に血が上っているのだろう。こちらの意図に気づいてもいない。
「マルッ、積極的にゴールを狙っていきますよ!!」
「はい、師匠!」
俺は鞍から腰を浮かせて場内をかけ回り、奴らを撹乱した。俺が一番体力があるんだから、一番走り回らないといけないだろう。
相手にとっても怖いのは未知数の俺一人で、あとはただの雑魚と思っているんだから。俺が動けばマークせざるを得ない。
もちろん、皆への指示や鬼気迫るような表情は全てブラフだ。せいぜい必死に点数を取りに行っているような演技をしながら、自分たちがボールを持った時はロングパスなどを回し、時間を稼ぐ。
途中、ジョエルとモリスが一回ずつ抜かれてしまい、相手に二点が入った。
長くて長くて終わらないのではないかと思った第一ピリオドが、ようやく審判の笛で終わりを告げる。
相手に得点を許してしまったからか、ジョエルとモリスは沈んだ顔をしていた。
「申し訳ありません、ルーカス様」
俺は二人の背中を痛いくらいにバシンッ!と叩いて、笑い飛ばした。
「どうしたんですか。あいつら相手に二対一ですよ。ここは、やりましたって喜ぶところじゃないんですか?」
一点差。まだ一点差だ。俺たちは良くやっている。そのはずだ。
誰か俺の作戦は間違ってないって言ってくれ。
弱音を吐きそうになる気持ちをなんとかグッと飲み込む。
俺が弱気な姿を見せたら誰もついてこない。
これは俺が始めた戦いなんだ。
せいぜい自信たっぷりに見えるように背をピンと張って休憩に向かうしかない。
馬場の端に設けられたそれぞれの休憩所に戻ると、俺たちは拍手で迎えられた。恐らくここまで善戦すると思われていなかったのだ。
「おおー、ルーク、素晴らしいじゃないか! 正直、あのゴールは儂も痺れ……」
「おじいさま、邪魔」
駆け寄って抱きしめようとしてきた祖父を視線だけで蹴散らす。俺たちは休憩時間の一分一秒でも惜しいのだ。相手より効率良く休憩しないと、とてもじゃないが体力が持たない。
祖父はその場にがっくりと膝をついた。シアーズの牙と謳われる智将が形無しだな。
アイリーンも近寄って来たそうにしていたが、遠慮して貰った。
すぐにローズたち侍女がタオルで汗を拭いてくれ、それぞれのおつきが手足を小刻みに揺らしてくれる。
これは俺の発案だ。どこかで、筋肉を疲労させる乳酸は細かく揺すると抜けが早いと言う記事を見た事があったのだ。
俺は芝生に仰向けになって、シアーズの青空を見上げた。雲がぷかぷかと浮かんでいて昼間の白い月が見えている。
異世界も日本も空の青さは一緒だな、なんて思う。
あぁ、こんなに疲れたのは前世の小学校の運動会以来だ。あれから俺は運動もなにもかも真剣に取り組んでこなかった。
どうして今になって、何もしてこなかった事を後悔なんてしてるんだろう。
今日はやけに前世の事が頭にチラつく。
ローズがうちわで仰いでくれて、ルッツが大きな手には似つかわず繊細に手足をマッサージしてくれるのが気持ちいい。
俺はあるものは何でも使う主義ですよ。金だって立場だって、持ってるもんは使わなきゃもったいない。ようは、どう使うかだろ。
およそ十分程ぼんやり空を眺めた後、俺は飛び起きた。砂糖や塩を入れたレモン味の俺特製スポーツドリンクをアレクから受け取って、がぶ飲みする。
うん。良く冷えてて美味しい。火照った身体をほどよくクールダウンしてくれる。
シアーズと同じ山岳連合に属するセンシェルと言う国に氷室があるんだって。こんな秋まで氷が持つとか、よほど標高が高いんだろうな。
おじいさまに可愛らしくおねだりして取り寄せて貰った。幾らかかったかは知らない。
「さて」
俺は一同を見回した。ユーリに指示して、氷の近くに置いてあった箱を持って来て貰う。
「マル、甘い物は一日一個と言いましたが、ちゃんと運動した日は二個まで許可します。そして、今日みたいに頑張った日は特別に三個です」
俺は目を輝かすマルの前で、ゆっくり箱の蓋を開けた。三個って言ったのはあれだ。第四ピリオドまでの間に休憩が三回あるからな。毎回、食べて貰わないといけないからだ。
箱の中に並ぶのはただの黒い棒に見えるかも知れないが、これはチョコレートバーだ。木の実や麦のパフ以外に、ガンガンに砂糖やハチミツを入れて甘くしている。かなり高カロリーな一品だ。
こんなの普段の生活で三本も食べてたらあほみたいに太るだろうが、今日はそれでもカロリーが足りるか怪しいくらいだ。
「いいですか、甘い物はエネルギーの塊です。エネルギーは使わなければ俺たちの身体に蓄積され、身体に害を与えます。でも、ちゃんと運動しさえすれば甘い物は俺たちに力を与えてくれるんです」
スポーツ選手や、囲碁や将棋の棋士の中には、試合前に砂糖をそのまま食べたりする人もいるそうだ。演奏家にもいると聞いたことがある。
砂糖は身体に溜まると脂肪になったり、脳や血管に異常をきたすが、これほど効率のいいエネルギー源は他にない。
俺の説明を分かったのか分かっていないのか、マルたちはワッと弾んだ声でそれぞれのチョコバーに手を伸ばした。
エイドリアンたちはどうせ、休憩中に食べるって言っても軽食くらいだろ。
それじゃ到底、試合中のカロリーとして足りるわけがない。
エネルギー源としての糖分と、汗で失われた塩分の摂取。それがこんな晴れた日の試合には重要なはずだ。地球の食いしん坊を舐めんなよ。
俺は遠目に相手チームを睨みつけながら、チョコバーをガツガツと噛み砕いて、飲み込んだ。




