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第19話 試合開始!

 

 ポロの試合の日取りが決まった。秋祭りの前の、ちょうど忙しくなる直前だ。

 俺とマルたちはアレクの指導の元、チームとしての連携も練習していたが、まだ纏まりはなかった。

 それはそうだ。数週間で上手くなるならプロ続出だ。


 ましてや俺たちは運動音痴四人組だ。

 相手次第ではボロ負けも覚悟しないといけない。

 みっともない試合にならないといいんだけどな。ちょっと話が大げさになりすぎて、観衆の中で負けるのは気が重い。


 パーティに来てた奴らあんまり強そうじゃなかったから、なんとかならないかな。五十歩百歩くらいの実力だったらいいのに。そしたら万に一つも勝てるかも?

 とか考えていた俺の淡い期待は試合当日に裏切られた。


「なんなんですか、あんなのありなんですか!?」


 相手チームを見た俺たちは呆然として立ち尽くすしかなかった。

 アレク二号ことエイドリアン以外の三人は、お前らほんとに十二歳以下かよと疑いたくなるほど屈強な奴らだったからだ。

 エイドリアン本人より、かなり背が高い。

 こんな奴ら舞踏会に来ていなかったと断言できる。


「ちょっと卑怯じゃないですか。貴方、三人に絞るって仰いましたよね。それは、あの会場にいた人の中から絞るって言う意味じゃなかったんですか!」


 カッとなって指さす俺に対して、エイドリアンはどこ吹く風とばかりに飄々と肩を竦めている。


「そのような取り決めをいたしましたか? 条件は十二歳以下だけだったでしょう。この者たちが十二歳なのは確約しますよ。なんならお調べになられてもいい」


 ぐぬぬ。これは完全にきちんと言質を取っておかなかった俺の落ち度だ。

 正直、あの時は誰が来てもいいと言う投げやりな気持ちだった。

 だが、今日まで頑張ってきたマルやジョエル、モリスを見ていたら、勝たせてあげたいと言う欲が湧いてきたのだ。


 って言うか、エイドリアンって意外と馬鹿正直だな。この三人、十二歳だって認めちゃうんだ。

 俺たちは一番上でもマルとジョエルの十歳。俺に至っては六歳だ。

 俺の倍の年齢の奴を出しても勝ちたいのか。


 大柄な相手チームに対峙する俺たちぽっちゃりチームは、例えるなら高校生VS小学生みたいな感じだった。

 芝を踏みしめて悔しがる俺と違って、マルたちは冷静だった。

 マルがポンと肩に手を置いてくれる。


「師匠、あまりお気になさらないで下さい。流石にこれは失笑ものですよ。策に溺れた結果、試合に勝って勝負に負けたってやつですね」


 マルはフンッと鼻で失笑している。

 王宮の馬場の周りには、暇な貴族たちがピクニック気分で三々五々と腰を下ろしていた。アイリーンや、エイドリアンの家族、おじいさまも来ている。母様は興奮するからと言う理由でドクターストップがかかった。

 俺たちの体格差を見た彼らは、口元を隠しながらコソコソと眉を潜めて話し合っている。これならボロ負けしたって、さほど悪評にはならないってか。


 だが。


 ポロの練習を始めた時から……いや、それより前か。ヒューゴ先生に剣を習い始めた頃から薄々気づいていたが、俺は意外と負けず嫌いだったのだ。


 日本では事なかれ主義で、順位がつくような競技はひとつもやらなかった。テストの点数が悪かったって、仕事で評価されなくったって、そんなもんだと諦めていた。

 絵も上手くないからオタクだけど、見る専だって。負けるのが嫌だから、対戦ゲームにも手を出さなかったくらいだ。


 けれどそれは全部、自分を納得させるための偽善だった。

 負けたくないって言うのは、勝つほどの努力をしてから言うセリフだろう!?


「試合に勝って、ですって……? マル、まだ試合は始まってもいないんですよ」


 奥歯を噛んで声を絞り出しながら、俺はマルに横目を向けた。

 恐らく俺の顔はやぶ睨みで凄い形相になっていたのだろう。マルは喉の奥でヒッと小さな声を上げた。


「作戦会議です。マル、ジョエル、モリス、来なさい」


 三人は白い顔でコクコクと頷くと、大人しく俺の後ろに従った。

 作戦って言っても大したもんじゃない。今日は一回につき、およそ十分弱の試合が四回。その中で何点取れるかって言う、単純な点数対決だ。


 その内、一試合目と二試合目は捨てる。俺たちの体力は最後まで持たない。できるだけ温存する方針だ。反対に相手にはボールを持って走らせて体力を使わせる。

 ゴールだけは何としても阻止しないといけない。差が開いたら後で追いつけないだろう。何点差で三ターン目を迎えられるか、それに全てがかかっている。


 俺の言葉を三人は身体を硬くして、気をつけの姿勢で真剣に聞いていた。

 あぁ、ちょっと緊張させてしまったかも知れない。

 俺の負けたくないって気持ちと、彼らは違うんだ。せっかく初めての……そして四人では最後かも知れない試合だ。もちろん勝ちたいけど、それより一緒に楽しみたい。

 俺は三人の肩をそれぞれ強めに叩いた。


「なんて顔しているんですか。さぁ、勝ちにいきますよ」

「勝ち……勝てるんでしょうか、ほんとに」


 モリスが青い顔で、反則に近い相手チームのガタイに視線を向ける。


「もちろん。あのエイドリアンが吠え面をかくところを見たくないんですか?」


 俺が下手くそなウィンクを送ると、モリスはほんのちょっとだけ顔に笑みを戻した。

 四人で力強く頷き合う。


「さぁ、ぽっちゃりチーム、行きますよ!」

「師匠……その、ぽっちゃりってなんですか?」

「……スイーツ同好会と同じような意味ですよ」

「ちゃんと俺の目を見て言ってくださいよ、師匠、師匠!? 聞いてらっしゃるんですか!」


 うるさいマルは放っといて、俺はさっさと馬の方に歩いて行った。


 今日も美しいアイリーンは秋風に長い黒髪をなびかせ、最前列から身を乗り出して俺たちの様子を眺めていた。その顔はどこか浮かない。

 勝っても負けてもアイリーンの表情が晴れないのなら、俺が捧げるのはやはり彼女の心が少しでも軽くなるように勝利しかないだろう。


 馬の側で待ってくれていたルッツと視線を交わす。

 俺たちは今日のために秘密兵器を用意していた。

 俺は颯爽と馬に跨ると、誰にも内緒でルッツが隠してくれていたそれを手に受け取った。

 何の事はない、アイリーンに贈る花束だ。


 あの日、街にお忍びで出かけた時にルッツが提案してくれたそれを、俺たちはこの試合の開始前にぶつける事にしたのだ。

 アイリーンを喜ばせるためでもあるが、エイドリアンの頭に血を昇らせる作戦だ。


 あぁ、なんだか心臓がドキドキしてきた。

 これは試合前の緊張じゃないだろう。こう言う気恥ずかしい言動は、元日本人の俺には合わないんだよ。

 けれどもう花束を受け取ってしまったから決行するしか仕方ない。


 ルッツも、マルたちも、会場の誰もが期待の眼差しで俺の行動を見守っている。この世界の人たちって、こう言う下世話な話、好きだよね。娯楽が少ないんだろう。

 俺は表情だけは余裕ぶって、馬でアイリーンの前に進み出た。

 アイリーンがその場に立ち上がると、ふわりとスカートが広がった。彼女は九歳にしては背が高いが、さすがに馬上からだと顔が少し下になる。


「この花と、しょ、勝利を貴女に」


 あ、噛んじゃった。恥ずかしいな。

 アイリーンはなんとも言えない表情で両手を伸ばして花束を受け取った。ううー。喜んでくれてるのか、ぜんぜん分からない!

 緊張が高まり過ぎて、俺はわたわたと慌てて花束の説明をし始めた。


「あの、王宮のハーブ園で、今朝摘んできたばかりの花なんです。この紫の花はアニスヒソップ。香りがいいから、ハーブティーに入れてもいいですよ。ローズマリーやコリアンダー、セージ、バジルなんかは料理でもお馴染みですよね。あとこの青い花はチコリ。サラダに入ってるお野菜の花なんですよ。面白くないですか?」


 俺が早口で喋る内に、周囲の反応がなんだか微妙な雰囲気になってきた。

 秋に咲く青とか紫のハーブの花でまとめてみたんだが、どこかおかしいんだろうか。小さい花も多くて可愛いし、ちゃんと色合いまで考えたのに。

 俺が不器用に紙を巻いてリボンをかけた時、ルッツはキラキラした目で頷いてくれたんだぞ。


 セインは俺に何か合図するように小さく首を振っている。隣のアレクとユーリに至っては神妙な顔をして宙の一点を見つめていた。遠目に、その腕や肩がプルプルと震えているのが見える。

 なんなんだよ、もう。ここまできたら説明もやめられないよ。

 俺は最後に赤紫っぽいモシャモシャした花を指さした。これは多めに入れておいた。


「それからこれはアガスキタ。別名、モスキートプラントって言って、蚊除けの花なんです。今日は野外だからアイリーンが刺されたら嫌だなって思って。たまに触って手首とかに匂いをつけてくださいね」


 その瞬間、アイリーンは今までの浮かない表情をくしゃりと崩し、蕾が花開くように顔いっぱいに笑みを広げた。

 それと同時に会場内にもクスクスと笑いが巻き起こるが、なんかアイリーンと他の人の反応が違わない?

 アイリーンは普通に喜んでくれてるっぽいけど。


「ふふ。ルーカス様らしい花束、とっても嬉しいです」


 花束が崩れない程度にぎゅっと腕の中に押し抱いて、アイリーンは幸せそうにひとつひとつの花を見下ろした。

 良かった。あの時に見た女の人と同じ反応だ。

 俺らしいってのが何だか良く分からないが。


 花束を侍女に渡して、アイリーンは俺に近づいた。ポケットから白いレースのハンカチを取り出して俺の右腕に巻いてくれる。

 二人にしか囁き声が聞こえない距離で、緑の瞳が強い意志を示して輝く。


「御身の勝利を信じております」


 この場の誰も、チームメイトですら、いや、俺ですら危ぶんでいるそれ(勝利)を、彼女は微塵の疑いもなく信じているのだった。

 力強さが心の中に湧いてくる。


「アイリーン、貴女に勝利を」


 今度は噛まずに、俺は手に持った木のスティック、マレットを振り上げて答えた。振り返ると馬に乗ったエイドリアンが苦々し気な顔で俺を睨みつけているのが見えた。

 俺もキッと視線に力を込めて奴を睨み返す。

 そして俺は馬首を返し、三人のチームメイトが待つ馬場へと足を踏み入れた。



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