第17話 ローズのお小言
スリを捕らえた後の聴取に時間がかかって俺たちは結局、馬車との約束に遅れてしまった。当然、夕食にも遅れ、クドクドとローズのお小言を聞くはめになった。
どうしていつもこうなるんだ。
味気ない一人っきりの夕食のBGMとしてローズの説教を聞きながら、俺はむっつりとふくれっ面を見せていた。
「ルーカス様? ちゃんと聞いてらっしゃるんですか? それと、お手が止まっておりますよ」
「はいはい」
「はいは一回でよろしい」
こんな小言を聞きながらじゃ食事を美味しく感じない。俺はブスッとした顔でスプーンを口に放り込んだ。
大規模なスリ集団が一網打尽にされたので街は騒然となった。
それを捕まえたのが話題の公主の孫ともなると、なおさら噂に拍車がかかっていた。
俺の世間での二つ名は狼国の神童。俺がスリ集団を捕まえるために罠をしかけたのだと言い始める人も出てきたくらいだ。まったくの偶然なんだけどね。
そして、俺の父親の二つ名は赤き狼。その剣技は大陸あまたで神業のように伝えられている。息子もさぞや強いのだろうと、街の人たちは俺がスリ一味を退治したのだと噂し始めていた。
実際に戦ったのはルッツなんだけどな。いくら剣が強くても六歳の子供が五人の大人を相手取るとか無理だろう。
え? もしかして父様なら無理じゃないからそう思われてるの? ハハ、まさかね……ちょっと自分の親が怖いわ。
あ、ちなみに財布を盗られた人は騒ぎに気づいて戻って来たので無事、返す事ができました。どこかのお店の番頭さんとかで、これを盗られると取引先にも迷惑がかかったらしい。とても感謝されたよ。
とにもかくにも、またまたやっちまったよ。なんで頭に血が上ると後先考えず行動しちゃうんだろうなぁ。
はぁーと、何度目か分からない溜め息をつく。
「お召し上がりにならないなら、お下げしましょうか」
「食べます、食べますー。意地悪言わないでよ、ローズー」
街で買い食いはしたけど、遅くなったのでお腹は減っている。
取り上げられたら空腹を抱えて寝るはめになるので、慌ててガツガツと料理を口に運んだ。行儀悪いですよと言う目でローズに睨みつけられる。
本当は分かってる。ローズだって心配のあまり、こうして口やかましくなってしまっているのだ。
ユーリなんか例によって、二度も面白いところを見逃したとか言って、ふざけてんのかって感じだよ。
「なんでいっつも俺がいないところで面白い事をしでかすんですッ!?」
「あーもう、僕だってねぇ、揉め事に巻き込まれたくてしてるんじゃないんだからね!」
喧々諤々と言い合いをしたのはついさっきの出来事だ。
今度は絶対ついていきますからね!なんて主張してたけど、次はない。ないんだよ、ユーリくん。俺だってそこまで馬鹿じゃない……はずだ。もう騒動は起こしません。
あいつに比べたら、怒ってくれるローズやセインは凄く有難い存在だ。アレクだってルッツの腕のミミズ腫れを心配してオレイン先生に湿布を貰いに行ったくらいなのに。
今回の結論は、ユーリは酷い奴って事だな。うん、人非人だよ。
「ル~カス様ぁ~?」
「うわあぁ、ごめんなさいっ!」
考え事に没頭して食事の手がまた止まっていた。すでに皿に手をかけていたローズから何とか奪い返して慌てて完食する。
俺を寝間着に着替えさせる頃になってもローズの機嫌は直っていなかった。むっつりと黙り込んだまま俺に服を着せている。
沈黙が気づまりで、俺は何とか言葉を捻り出した。
「ルッツに聞いたけど、シアーズに着いたから皆、特別報酬を貰ったんだってね?」
部屋にはお互いしかいないのにローズは無反応。相槌すらも返ってこない。
くじけたりするもんか。こんな仕打ちには慣れてるからな。
「ローズは何か買ったりしたの?」
名指しで、しかも質問系なら無視はできないはず。できるだけ無邪気な子どもっぽい声を装って聞くと、やっとローズは手を止めて俺の顔を見た。
寒々しい視線に負けないように、グッと目に力を込めて見つめ返す。ローズは渋々と口を開いた。
「国でハインツが受け取っているはずです」
ハインツさんはローズの旦那さんだ。男性優位なマーナガルムには珍しく、あまり強そうじゃないって言うか、影の薄い人だ。誰が見てもローズの尻に敷かれている。
同じ城に暮らしてたのに、俺はあまり話した事がない。存在感が薄すぎるんだよ。
俺とは曽祖父の従兄弟の孫とか、なんか血が繋がってんだか繋がってないんだか分からない遠縁だったはずだ。
マーナガルムは小さな国なので従兄弟同士で結婚なども多く、関係が複雑すぎて俺は教えて貰っていない部分も多い。
確か、ハインツさんとローズも従兄弟だったはずだ。小さい頃からの知り合いなのかな。幼なじみってやつだな。
なんだか羨ましいような、ローズみたいな子が幼なじみにいたら困るような……本人には口が裂けても言えないが。
そうか。ローズはせっかくの報酬を家族に送金したのか。
「ローズの旦那さんって領地があるから、それなりにお金には困ってないでしょ。自分のものを買ったりしないの?」
ローズは口元は微笑みながらも眉を下げて、どう伝えていいか困ったような複雑な顔をした。
「ウチには育ち盛りが三人もいますから」
それを言われると俺も弱い。可愛い盛りの子を三人も置いて、ローズは俺について来てくれたのだ。一瞬、二人とも遠い目になる。
まだ二ヶ月しか経っていないのに、城の喧騒が懐かしい。
ローズのところの三男のケルビンがぐずって母を呼ぶ声。こいつは俺と同い年だけど数ヶ月は年上なのに、まだ幼稚園児みたいな奴だ。
上の二人がチャンバラしようぜとか、俺に木剣で殴りかかってきたり。こいつらはいじめっ子って言うか、年相応だ。
五~六歳も年下の俺に勉強で敵わないものだから、いつも体力面で優位に立とうとするのだ。
侍女たちがヒソヒソと笑いさざめく声。遠くからは若い兵士たちの喧嘩や、囃し立てる声が聞こえて。
厩舎や飼育小屋もそう遠くないので、風向きによっては城で飼っている動物たちの鳴き声も届く。
そして時折、声を潜めた見回りの兵士の話し声が通り過ぎて。
マーナガルムの城は小ぢんまりとしているから、いつも騒々しさに満ちていた。誰もが顔見知りで、家族みたいで。
ここ、シアーズの夜はシンとしている。部屋が大き過ぎるせいだろうか。ローズや騎士たちの部屋も近いのに、ほとんど話し声が聞こえてこない。
あいつらが静かにしてるはずはないんだけどな。主に二人。
珍しく俺が黙って答えなかったからだろうか。ローズはまだ微妙そうな顔ながらも、自分の肩にかかるスカーフをそっと撫でて言葉を継いだ。
「それに私は、これをいただきましたから」
柔らかい薄桃色をした無地のスカーフ。旅の途中で通った国、サラクレートで母様と一緒に俺が皆に買ったものだ。
ローズはいつも灰色や茶色の服ばかり着ているのに、なぜかスカーフは桃色を選んだ。他の侍女が母様とお揃いにするために水色か桃色を選んだので、それに倣っただけかも知れない。
最近、肌寒くなってきたからか夜は肩から羽織っている事が多い。
まぁ、秋とは言っても北国生まれの俺たちからしたら、まだ昼間は半袖でも十分なくらいだけど。
やっぱりシアーズは南国なんだなと思う。こんなに暖かかったら母様の身体にも負担が少ないだろう。
それに子供の頃から慣れ親しんだ場所や食生活も調子がいい理由みたいだ。望んで嫁いだとは言え、遠国での暮らしはかなりのストレスだったのだろう。
シアーズに来て母様の体調が良いのは有難い。長旅をしてきた甲斐があったってもんだ。
「はい、もうようございますよ。お布団に入ってください、ルーカス様」
寝間着のボタンを上まで留めて、ローズはポンと俺の腕に触れた。
こんな年になって母親代わりの乳母に服を着替えさせて貰うのは気恥ずかしいのだが、ローズは頑として着替えだけは自分でさせてくれなかった。
「いつも有難う、ローズ」
声をかけてもローズはお堅い表情のまま。
「仕事ですから」
冷たい口調で取りつく島もない。でもそれがローズの通常運転だから。俺もローズも、そんな事は気にもしなかった。
そうだ。せっかくだから寝る前にローズに渡したいものがある。
俺はその場にローズを置いて、タタッと軽く駆け出した。
「ちょっと待ってて、ローズ!」
「ル、ルーカス様?」
戸惑ったローズの声が追いかけてくるが、俺は振り返らず部屋の隅に置かれた椅子の方へ向かった。




