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第15話 おしのび②

 

 市場の端の方では屋台も出ていて、美味しそうな匂いが漂っていた。さっきまで市場に並んでいた新鮮な食材をその場で調理してるのだ。美味しくって当たり前だろう。

 どの店も盛況で数人は並んでいる。祭りの夜店を思い出して懐かしいな。

 日本の夜店だとお祭り価格でどの店もぼったくりだが、ここは市場の人や庶民が利用する常設の屋台。値段はびっくりするくらい安かった。


「ねぇ、ルッツ。ちょっと買って食べてもいい?」

「それはいいですけど、ルー……ク。晩御飯が食べられる程度にしてくださいね。ローズさんに叱られますから」


 よしよし。ルッツもちゃんと休暇で遊びに来たお兄ちゃんと弟って設定を守ってくれてる。まだ口調が少し固いけど。

 ルッツは自分の考えをまとめるのに時間がかかるので話すのは遅いが、頭が悪いわけではないのだ。ただ単にのんびり屋さんなだけだな。


「はーい!」


 俺は元気良く返事して屋台をひとつひとつ値踏みし始めた。まだ六歳で身体が小さいから、そんなにたくさん食べられないんだよな。何をチョイスするかは重大問題だぜ。

 麺類や蒸しパン、豆の煮込み、串焼き、パンに何か挟んだホットドッグみたいなもの。およそ人が考えつく、ありとあらゆる種類の屋台が並んでいるように見えた。

 珍しいものでは鶏の足の煮込みとか、焼いたトカゲとかも売っている。


「トカゲってどんな味がするんですか?」

「……君にはまだ早いんじゃないかなぁ」


 並んでいる人に聞くと子供にはお勧めしないって目で見られた。

 トカゲは滋養強壮にいいんだって。日本で言うところのすっぽんとかマムシみたいなものだろうか。黒焦げであまり美味しそうじゃないけど、買って行く人が多いのはそう言う理由だろう。男の人ばっかりだ。別にまだまだ使い道もないしこれはいらないな。


 さんざん吟味したのに、結局、列が伸びている屋台に並んでみた。やっぱり行列の長いところに並ぶのが鉄則だよな。

 そこは丸いパンをくり抜いた中にシチューを入れて売っている屋台だった。こうして食べたら固いパンもふやけるから食べやすい。シチューもアツアツでこってりしていて最高だ!

 屋台の側で立ったまま、ルッツと半分こして食べる。

 屋台なんて来た事ないはずなのに手馴れてるなって目でルッツに見られた。この世界じゃ初めてだけど、前世じゃ食べ歩きが趣味だったからな。立ち食いなんてお手の物ですよ。


 じゃがバターみたいなものも買ってみた。こっちの世界のバターって作り立てで新鮮なのか濃厚で、はっきり言って日本より旨い!

 とろとろのバターをたっぷり塗り込んだ、ジャガイモにかぶりつく。んー、ほくほくでうまうまー。

 あとはやっぱり肉類も食べたくて、串焼きを1本買ってこれもルッツと半分こした。


「なんか不思議な味だねー?」

「そうですね」


 前世でも国でも味わった事のない甘めのフルーティなタレがかかっていた。俺はシンプルに塩焼きの方が好みだが、これもお国柄ってやつなんだろう。

 ルッツが俺の口の周りについたタレをハンカチで拭いてくれる。


 異国情緒を味わって俺たちはご機嫌で通りへ繰り出した。

 今日の目的はルッツの買い物だからな。ま、ウインドウショッピングだけになってもそれはそれでいい。街の視察も兼ねてるからな。

 放っておくとルッツは、すぐに馬用のブラシとか馬具とか、そんなものばかり見ようとする。趣味が生かせるいい職場と言えるのかも知れないが、仕事に使うものは職場から支給して貰えよと思う。

 あれかな、サラリーマンやOLが自分好みの文具とか買っちゃうようなものかな。


「服とかはどうなの?」

「騎士団で支給されてるもので困ってないすね」

「じゃぁ、剣とか防具とか」

「それも貰ってますし」


 そう言うところは拘らないのかよ!

 セインやアレクなんかは自前の剣だな。ユーリは弓とか飛び道具が得意らしく、ちょこちょこ買い直してるらしかった。

 ルッツは他に何か好きなものとかないのかなー。

 馬に限らず動物が好きそうだから、やっぱり犬とか飼ったら喜ぶかもな。


 二人でわいわい騒ぎながら、次々に店を冷やかしていく。途中、本屋で俗っぽい小説を数冊買った。これは俺用だ。城の書庫ってあんまり冒険譚とかないんだよな。日本で言うところのライトノベルみたいな感覚で読んでいる。

 この世界では、こんなお気軽な内容でも本を読んでるだけで頭いいみたいに見られる。識字率が低いからな。それでも本屋があるだけ、マーナガルムよりはこの国の人たちは教養があるっぽかった。

 何せ恋人になるのに詩を書いて贈りあわないといけないくらいだからな。平民以上なら読み書きはできるみたいだ。


「ルッツ、動物好きだろ、これなんかどう? 狼が描いてあってカッコいいよ」


 次に俺たちは宝飾品を扱う店に来ていた。陳列されているブローチを指さす。それは黒いシルエットで森と狼を描いた上に緑の宝石をはめ込んでいる、深い森を思わせる見事な一品だった。

 店の自信作だから店頭に飾られているのだろう。


「あぁ、これは綺麗ですね。でもさすがにこの値段じゃ手が出ないです。つけて行くところもないですしね」

「残念。でもね、ルッツ。つけてくとこは自分で作るんだよ。ルッツだっていつまでも独り身じゃ嫌だろ」


 アイリーンと言う存在がいる余裕から、俺はしたり顔でルッツに言い聞かせた。ルッツは素直にコクコクと頷いている。

 ちょっと中のものも見せて貰おうと俺たちは店に飛び込んだ。みすぼらしい身なりだから断られるかなと思ったが、そこは百戦錬磨の宝石商。俺の正体までは気づかなくても、すぐに俺が身分のある人間でルッツが従者だと言う事は分かったようだった。


 店主が数点、手ごろそうな価格のものを見つくろって出してくれる。いいとこの坊々が身分を隠して街に遊びに来ていると思われたんだろう。どうも俺中心に品物を勧めてくる。しかも女性に贈るようなものを、だ。


「最近の流行は淡い色合いの装飾ですな。そしてやはり女性は大振りの宝石を好まれるものですぞ」

「ええっと、さすがにそこまで持ち合わせが……」

「もちろん後払いでも構いませんよ。ご自宅までお届けもしております」


 宝石商はしたたかな笑顔を見せた。

 ルッツの買い物に来たんだけどな。と思いながらも、ルッツも退屈していないようなので良かった。どうも将来の彼女へのプレゼントの参考として聞いてるみたいだ。寡黙なように見えて、ルッツくんは意外とむっつりだった。

 熱心に勧められたので根負けして、ひとつ品物を包んでもらった。伊達に俺もセインの教えを受けているわけではないのだ。誰にあげるのかって? それは内緒です。


「僕のものばっかり買ってごめんね」

「自分じゃ行かない店ばかりだから面白いすよ」


 心優しいルッツはそう言って俺を気遣ってくれた。

 通りの先は大きな広場になっていた。中心では噴水が涼し気に水を跳ね上げている。こんなのマーナガルムでは見た事ない。


「「わー」」


 俺たちは田舎者らしく、大きく口を開けてただ噴水を見上げた。

 街はこの噴水を中心にして、八方に道が伸びている。噴水広場は国民の憩いの場になっているようで、そぞろ歩く恋人や、通りに座って竪琴を引く吟遊詩人、絵描きや大道芸人なんかもいた。ちょっとしたお祭り騒ぎだ。

 俺たちはまたしてもちょこちょこと、あちこちを見て回った。こんな事してたら、すぐに約束の時間になっちゃうな。見たいものが多すぎて、とてもじゃないが時間が足りない。

 露店を冷やかしていた俺の背をトントンッとルッツがつついてくる。


「あれ……」


 指差された方向に視線を向けると、噴水の前で気取った男が女の人の前に跪いて花束を差し出していた。告白でもしているのだろうか。周囲がやんややんやとはやし立てている。

 ルッツが何を言いたいのか、首を傾げて続きを待つ。


「いいと思う。花……アイリーン様に」


 花束を受け取った女性はうっとりと手の中のそれを見下ろしていた。

 俺は、おぉ、と手をポンと打ち合わせた。天才かよ、ルッツ。いつまでもセインに教えられるだけの俺たちじゃないって事、見せつけてやろうぜ。


「いいね、いいね。今度、城の庭園のをちょっと切らせて貰おう」


 俺に意図が伝わって、嬉しそうにルッツもコクコクと頷いた。



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