第14話 おしのび①
渋るルッツを引っ張って部屋へ戻った俺は、さっそく皆に宣言した。
「と言うわけで僕は今日、お忍びで街に行きます! お供はルッツです!」
途端にそこかしこから文句が飛んでくる。
「お一人で街なんて危ないですよ」
「ルッツ一人だけとか、大丈夫なんすか?」
「なんでルッツなんですか、ずっりーですよ! 俺も行きたいです!」
ユーリは本当に自分の欲求に素直だなぁ。ルッツと足して二で割ったらちょうどいいのに。
皆がやいのやいのと自分の意見を言い切るのを待って口を開く
「全員をぞろぞろ引き連れて行ったらお忍びにならないでしょ。もちろんルッツは一人でも大丈夫です。僕はルッツを信頼してます」
間近にあるルッツの逞しい太ももをポンポンッと叩く。ルッツはいきりたつ先輩たちを目の前にして、困惑するやら照れるやらで何も喋れなくなっていた。
ブツブツと不平を隠さない奴らは無視して、俺はローズに平民の子供が着るような服を用意して貰った。
ローズも不安そうな様子だったが、国から旅立っている俺を一人前とみなしてか反対はしてこなかった。
飾りのないシャツとズボン。赤毛は目立つので、大きなキャスケット帽の中にしっかりと隠す。ズボンをサスペンダーで吊ったら少年探偵団みたいな恰好になった。
ルッツも似たような平民の服を着ている。こうしてると年の離れた庭師の兄弟みたいに見えなく……ルッツのガタイが良すぎて無理だな。
じゃぁ、休暇中の兵士と弟って設定にするか。
「いってきまーす!」
不満そうなセインたちに見送られて、俺たちは目立たないよう召使い用の馬車に乗って通用門から街へと繰り出した。
来た時に大通りを通ったきりなので、見るもの全てが目新しい。
馬車がすれ違えるよう広く作られた石畳の道。家々の前には等間隔に街灯まである。
一晩中ではないが、宵の内は明かりを灯して人々が安全に道を歩けるようにしているらしい。都会ってすげーな!
街行く人々は誰もがお洒落で、色とりどりの服を着ていた。帽子や胸元に花を飾っている人までいる。
秋なので長袖が多くはあるが、南国らしく開放的な雰囲気だ。明るい顔からはこの国が平和で活気に満ちていると窺えた。
山岳連合の各国は連合国家と言う特殊な体制ゆえに、自国に軍隊を持たない。七国が人員を出し合って一つの軍を構成しているのだ。
徴兵制ではないが、自国を守りたいと言う気持ちが強いので参加する若者は多いようだ。
もう少し南に下ったところにある、海に面したリコスティと言う国からの貿易ルートで、ここシアーズ公国の財政は潤っている。
農業や林業などの自国の産業はほぼない上に面積も狭いのに、マーナガルムとは比べものにならないほどの大都市なのだった。
市場の近くで馬車を下りる。夕食の時間より少し前に迎えに来て貰う約束をして、帰っていく彼らを手を振って見送った。
「じゃあ、行こっか、お兄ちゃん」
言いながら手を差し出すと、ルッツはあからさまに挙動不審になった。
「え、あ、はい、ルーカス様」
「駄目じゃん、ルッツ。そこはお忍びなんだから、弟を呼ぶみたくルークって言ってくれなきゃ」
「あ、はい」
ルッツはカチンコチンに固まっているけど、大丈夫かな。
繋いだ手をブラブラさせて、俺たちはまず市場を見て回る事にした。ルッツは大きすぎるので俺の背は彼の胸元にも達していない。手を繋ぐって言うよりは俺が引っ張られてるみたいな感じだ。
休日と言う概念がない世界なのに、市場はたくさんの人でごった返していた。それとも休日がないから毎日混んでるんだろうか。
食材を買う予定はないが異世界に生まれてほぼ初めての市場だ。俺はワクワクと周囲を見回した。
日本に生きていた頃も海外なんて行った事がなかったのだ。こんな風に地べたや台に物が積まれているのを見るのは新鮮だ。
市場の中は大雑把に、野菜、果物、乾物、肉、魚などジャンルによって分けられているようだった。
山ばかりのマーナガルムでは川魚しか取れなかったから、特に魚の種類をめちゃくちゃ多く感じる。
「すごいねー、お兄ちゃん! なんか見たことのない魚がいっぱいだよ!」
「あ、はい……」
ルッツはまだ緊張してんのか。さっきから同じ言葉ばかり繰り返している。顔を見上げると、なんとも微妙そうな表情で見返された。
失礼な! どーせ俺は子供の振りは不得意だよ!
「ハハ。あんたらシアーズには来たばかりかね? 湖で取れたもの以外はリコスティから運ばれて来たんだよ」
魚屋の親父さんが教えてくれたところによると、これでも海から離れているので日持ちする魚しか流通していないらしい。
海を有するリコスティか。一度、行ってみたいものだな。
川魚も嫌いじゃないが、やはり日本人として海産物は外せないだろう。
って言うか川魚って言ったら、久しぶりに料理長のガズじーさんが良く作ってたマスのゼリー寄せの味を思い出しちゃったぞ。あれってほんとにまずいんだよな。
それはさておき。
俺はルッツに手を引かれたまま、きょろきょろと目まぐるしく左右に視線を向けていた。見るもの全てに目を奪われる。
色とりどりの野菜や果物。何に使うかも分からない数多くの香辛料。
これだけ多かったらカレーも作れるかも知れないなと思う。カレーは正義だ。久しく食べていないスパイスの味を思い出して、俺はジュルリと唾を飲み込んだ。
肉屋では丸ごとの鳥や豚の頭なんかが置かれていたりして、ちょっと直視しづらい。慣れないといけないと思うけど、自分で捌いた事なんてないんだよ。
店頭に繋がれている犬を飼っているのか食用なのか、怖くて自分では聞けなかった。
ルッツが確認してくれたら、ちゃんと飼い犬だったよ。良かった。この辺りでは犬を食べる風習はないようだ。
狼を神聖視しているのでマーナガルム周辺でも犬食文化はない。
ホッと胸を撫で下ろしてしまうところが日本人だよなぁと思う。俺は犬とか無理だ。虫とかも勘弁して欲しいな。ブルルッと背中を震わす。
市場に訪れる人たちに可愛がられているのだろう、犬はとても人懐っこかった。俺がしゃがんで頭を撫でると、顔をペロペロと舐めてきた。
「あはは、可愛いな、お前」
両手で犬の顔を挟んで、うりうりと撫で回す。
俺もペットを飼いたいんだけど駄目かなー。おじいさまに頼んだら二つ返事で許可して貰えそうな気もするけど。
ひとしきり犬を愛でていると、肉屋の店主が解体して出た骨ガラを指さして俺に言った。
「お嬢ちゃん、そいつに餌やるかい?」
お嬢ちゃん!? 俺、平民ぽい服着ててもそう言う扱いなのかよ。今日は普通に男物のシャツにズボン履いてんじゃん。
帽子のせいかな。ふくれっ面でモソモソと呟く。
「僕、男なんですけど……」
「そーだったのか、わりぃ、わりぃ」
おっさんはガハハと笑って誤魔化すが、悪いと思っている様子はなさそうだった。
だがまあ、くれると言うものを断る事もない。ありがたく受け取ってワンコにあげた。ワンコは嬉しそうにワンとひと声鳴くと、骨つき肉にかぶりついた。
毛づやがいいのは、いい餌を貰ってるからかな。
おっと。あんまりこんなところで時間を食ってると、市場を見て回るだけで帰りの時間になっちゃうな。
「じゃーねー、おじさん、ありがとう!」
「おぅ、いいってことよ。今度はぜひ買い物に来てくれよ!」
「また来たらねー」
明るい店主やワンコに別れを告げて、市場の中をまた二人でブラブラと歩き始める。




