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第13話 馬小屋にて

 

 最近、ポロの練習にかまけて、故郷マーナガルムから連れて来た愛馬ルナの世話を怠っていた。たまには様子を見に行ってみようかな。

 ランニングの後、皆に内緒で一人こっそり厩舎を訪れる。

 これも石灰なんだろうか、灰色がかった壁の広い馬小屋には先客がいる様子だった。ゴソゴソと物音が聞こえてくる。俺は物陰に隠れて中を伺った。


 そこではルッツが一人で、せっせと馬の世話をしていた。糞を掃除し敷き藁を新しいものと取り替えて、馬たちを一頭一頭、丁寧にブラッシングしている。

 ルッツ……本名はルートヴィヒ・エステバン・アイガー。騎士団きっての大男だが、年齢は十六歳と一番若い。いつも寡黙で皆の後ろに控えているだけなので、今まで俺とはあまり交流がなかった。

 その彼がどうして一人で馬の世話を?


 俺は扉にもたれて眉を寄せた。ルッツはセインたちから弟分として可愛がられているように見えていたが、もしかして俺の知らないところでいじめられてるんだろうか。

 体育会系で縦割り社会の騎士団なら、あり得ない話ではない。


 一番年下のルッツに仕事を押しつけているんだとしたら、これは由々しき事態だ。俺の家臣団なんて四人……エラムを入れたって五人しかいないんだから、年齢や能力で上下をつけられるような状態じゃない。

 俺の家臣になるなら年下いびりとか許さないからな!

 何も前世の俺がいびられてたから言うわけじゃない。


「ルッツ!」


 俺はバンッと扉を開けて厩舎の中に押し入った。

 ルッツは派手に登場した俺に気づいた様子もなくしばらくそのまま馬にブラシをかけ続けて……やっと俺の方を見た。


「わぁ……ルーカス様」


 これは、驚いている顔なのか? ちょっと反応が遅くて良く分からない。

 ルッツは俺に向き直ると片眉を上げてお説教してきた。


「大声を出すと馬が驚くのでやめてください」

「ごめん、ごめん」


 もっともな事を言われてペコペコと頭を下げる。

 日本でよく見るサラブレッド種と違って軍馬は急な襲撃にも臆さないよう訓練はされているが、本来、馬は繊細な生き物だ。大声や急な動きでストレスを与えるのは良くない。


 しかしルッツが一言以上、話すのを初めて聞いた気がする。旅の間に筋トレを一緒にした時だって、「ん」とか「はい」とか、それくらいしか口にしてなかったからな。

 ルッツもちゃんと喋れるんだなと今更ながらに思う。


「それはさておき、なんでルッツが一人で馬の世話をしてるんだ?」


 俺は鼻息も荒く、ずばりと本題を切り出した。この話を有耶無耶にするつもりはないからな!

 意気込む俺とは対照的に、馬の横でルッツは何を聞かれたのか分からない様子で首を傾げている。


「えっと……異国で馬が寂しがってるんじゃないかって」

「そうじゃなくて、パシられたりしてないのかって」

「パシ……?」


 あぁ、いかん。これ日本語か。まだたまに混ざっちゃうんだよな。


「年下だからって仕事を押しつけられてんじゃないの?」


 ルッツはしばし、俺をマジマジと見つめた。その顔がほころんだかと思うと、見る見る内に破顔する。急にニコニコ顔になったルッツを、俺は不思議なものを見るように眺めるしかなかった。


「え……なにか僕、おかしなこと言った?」

「ルーカス様が、俺の事、心配してくれたのが嬉しくて」


 パッと見は厳つい顔をしているルッツだが、相好を崩すと少年みたいな顔つきになった。それもそうか。この世界では成人と見なされているとは言え、地球だとまだ高校生くらいの年だもんな。

 って言うか、ルッツっていい奴すぎね?

 こんなに優しくて、あいつらに騙されてないか心配だわ。

 のんびり屋さんらしきルッツが考え考え、ゆっくり話すのを待つ。


「先輩たちは優しいので、それはないですよ。俺は馬が好きなので、世話役を申し出たんです」

「ほんとに~? あいつらにそう言えって言われてんじゃないの~?」


 俺は疑い深く、しかめっ面でルッツの足元ににじり寄って顔を見上げたが、彼は軽快な笑い声を立てるばかりだった。


「アハハ。心配してくださって有難うございます。ルーカス様って、先輩が言う通り、ほんとに面白いですね」


 それってどう言う意味かな、ルッツくん?

 誰がそんな事言ってたのかなー? ユーリかな、アレクかなー? あいつら後で締め上げた方が良さそうだな。


「ルーカス様は、どうしてこんなところに?」

「最近、構ってないからルナが拗ねてないかなーと思って様子を見に来たんだけど」

「一緒にブラッシングします?」

「うん!」


 途端に上機嫌になった俺は、ルッツに持ち上げて貰って柵に腰かけた。

 ルッツがもうひとつブラシを持って来て渡してくれる。

 すり寄って来たルナに柵から落とされそうになって二人で慌てたりもしたけれど、おおむね和やかに馬と触れ合う。


 馬たちはルッツに良く懐いているようで、どの子もルッツに近寄りたがった。

 馬に身を寄せられて笑い声を立てるルッツは年相応に見えた。普段は険しく顔を引き締めているので不良っぽいと言うか、下手したらヤクザっぽくも見えるのに凄いギャップだ。


「いつもそう言う顔してればいいのに」

「え?」

「って言うか、ルッツって普通に喋れるんじゃん。なんでいつも黙ってんの?」


 俺に聞かれて困った様子でルッツが黙り込む。だんだんルッツのテンポが分かってきたぞ。ここで追い打ちをかけると喋らなくなるんだ。彼の考えがまとまるまで足をブラブラさせて気長に待つ。

 すると、思った通りルッツはポツポツと口を開いて語り始めた。


「それは……俺が喋るの遅いから、先輩が黙っとけって」

「何それ、酷い! そんなこと言ったの誰? アレク!?」

「ち、違うんです! 黙って、かしこまった顔をしとけば格好良く見えるって言われて……」


 俺が怒り始めたのを見て、慌ててルッツは両手を頭の前でブンブンッと振った。それから言いづらそうにポツリとつけ加える。


「……黙ってた方がモテるって」


 今度は俺が破顔する番だった。アハハと大きな笑い声を立てる。


「ルッツでもそんなこと考えるんだ?」

「でもってなんですか。俺だって男ですよ」


 ルッツが口をへの字に曲げる。

 そうかそうか。俺の取り越し苦労みたいで良かった。俺は笑顔で、近くにいたルッツの肩をバンバンッと叩いた。

 お前、黙ってりゃ格好良く見えるんだから、とか先輩風を吹かせるアレクたちの姿が見えるような気がした。疑って悪かったな。家臣団の仲も良好らしくていい事だ。


「今度から僕には普通に喋ってね。ゆっくりでいいから」

「はい、ルーカス様」


 二人して笑い合う。

 それからひとしきり厩舎の馬たちをブラッシングした後、ルッツは馬にあげるおやつを持って来てくれた。

 柵に腰かけたまま、ルッツが持ってきた籠を覗き込む。その中身がやたらとカラフルなので驚いた。人参やキャベツ、リンゴに似たようなもの以外に、見た事のない野菜や果物も入っている。

 正直、そこらの庶民が食べてるものより豪華そうだ。


「さすがシアーズ、馬のおやつも豪勢なんだね」

「いや、あの、これは俺が買ってきて……」

「ルッツが?」


 どう言う事か詳しく聞き出す。ルッツがたどたどしく話してくれたところによると、シアーズ公国に無事辿り着いた際、騎士や侍女たちには特別ボーナスが支給されたらしい。そのお金をルッツは自分にではなく馬のおやつを買うのに使ったのだ。

 市場で見かけた珍しい食べ物を、馬にも食べられるかちゃんと聞いて買ってきたとか言っている。


「せっかく遠くまで来たんだから、馬も珍しいものを食べてみたいかな、って」


 後ろ髪に手をやりながら照れ笑いを浮かべるルッツに、俺は目を潤ませた。

 なんかこの子、いい子過ぎない?

 純真すぎて、おじさん、心配になってくるわ。


「そう言う事だったら公費から出してもいいと思うよ?」

「とんでもない。俺が勝手にした事ですから」


 大慌てでまたもや手を振るルッツに、俺はあえて厳格な顔を作って言いつける。


「いーえ、これは命令です。ルッツくんは自分のお金は自分で使いなさい」

「そうは言われても、特に欲しいものも……」


 ブツブツと呟くルッツに俺はいい事を思いついて、両手を打ち鳴らした。


「それなら何かいい物がないか、一緒に買い物に行こうよ!」

「えぇ? ルーカス様と?」

「そろそろシアーズの街も見てみたいと思ってたんだ。案内してくれるよね?」


 故郷マーナガルムでは小さかったと言う事もあり、俺は自由に城下町に外出させて貰えなかった。だがもう六歳にもなったんだし、護衛つきなら街にくらい行ったって構わないだろう。

 有無を言わせない俺の笑顔にルッツはしどろもどろに黙り込んでしまい、ずっと曇った顔を見せていた。



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