第7話 やっちまった異世界生活
時が経つにつれ、俺にもやっちまった感が強くなってきた。
「ほら、あの方が……」
「第二王子の……」
ローズに抱っこされて城内を移動していると、あちこちからヒソヒソとした囁き声とともに召使いや兵士たちの視線が突き刺さってくる。
父は会う人、会う人ごとに、俺が一歳半で大人顔負けに話し始めたと自慢しまくった。母に続いて父も親バカだった……。
そんなわけで俺が神童だと言う噂は城内どころか、すでに国中に広まっている始末だ。部屋から出るたびに城の大人たちが好奇心と畏怖の視線を向けてくる。
どうしてこうなった……こんな事ならアーアーダーダー言って可愛い赤ん坊のフリをしておけば良かったと思っても後の祭り。
父と母は俺にメロメロで、何を言っても可愛い! 賢い! この子は天才だ!と褒めてくれる。
それでいい気になってベラベラと喋りまくったのがいけなかったんだろう。
あまり前世で褒められ慣れていなかったんだ……。
今は大人の記憶があるから神童と思われているのかも知れないが、メッキの剥げる時が怖い。前世では天才でもなんでもないただの平サラリーマンだったんだぞ。
ビクビクと毎日を過ごしている。
実は俺は次男で、お兄ちゃんがいるらしいのが唯一の救いだ。跡継ぎだったら耐えられなかった。
なぜかまだお兄ちゃんには会った事ないんだけどさ。
父や母も別の部屋で暮らしていて数日に一度くらいしか会えないので、王族ってそんなものなのかも知れない。色々しきたりとかあって大変そうだ。
王子の上に、天才児と思われるなんて。本当に困った。
「なんでも神童でいらっしゃるとか……」
「まさか我が国から……」
たくさんの人の視線に晒されて、緊張のあまりローズの腕の中に身を寄せる。
幼児の俺はまだ一人では上手に歩けず、ちょっとした拍子ですぐにコテンとこけてしまう。なので外出時はこうしてローズが抱っこしてくれているのだった。
召使いや兵士が俺たちに話しかけてくる事はないが、たまに貴族らしきおっさんが俺とローズに近づいて来る、なんて事はあった。
「ルカース殿下、お初にお目にかかります。私はヘスの領主をしている者で、殿下とは遠縁にあたります」
胸に手を当てて礼儀正しくお辞儀しながらもおっさんは、ギラギラした目で俺を観察してくる。
たかが一歳半の子に何を望んでるんだ?
あまりの熱視線に思わず顔が引きつる。
「こ、こんにちは……」
小さな声で挨拶しただけでおっさんは目を見張って、分かりやすい下卑た笑顔を向けてきた。
「素晴らしい! 陛下のお言葉通りだ。これは神童と言うのもあながち……いやいや、神殿の認定も終わっていないのでしたな。勇み足はよしましょう。どうですかな、殿下? 次に参内する際はお土産を持ってきますよ。どんなおもちゃがお好きですかな? それともお菓子がよろしいか?」
猫なで声が気持ち悪い。
神殿の認定ってなんの話だろう。洗礼式の事かな? でも、俺は覚えてないけど洗礼式は一歳になった時に終わっているはずだ。
曖昧に言葉をぼかすおっさんの話は分かりづらかったが、それより後半の方が問題だ。
これって俺に取り入ろうとしてるって事だよな? 大の男が赤ん坊にも等しい子供相手に必死だ。今更ながらに王子という立場を思い知ってゾッとする。
どう答えたらいいんだろう。まだ家族以外にお披露目もされていない俺は、王族としての立ち振る舞いを教えられていなかった。本来ならそんなものが必要な年齢ではなかったからだ。
多分、下手に受け答えしたら言質を取られる。
俺にだってそのくらいは分かる。
明日にはこのおっさんは俺に懐かれている親戚のおじさんって事になって、色んなところでアピールに使われかねないぞ。
父と母に迷惑をかけるわけにはいかない。
パチパチと懸命に瞬きを送ってローズに助けを求める。俺を見下ろすローズはいつも通り真顔だ。
(このくらい、ご自身で切り抜けてご覧なさい)
(ローズの意地悪!)
(やれやれ……ひとつ貸しですよ)
なんて幻聴かも知れないが、俺とローズは一瞬、視線だけで会話した。
ローズが腕の中に庇うように俺を抱き直す。
「どうなされたんですか、殿下? 眠くなってきました?」
せっかくのローズのフォローを裏切るわけにはいかない! 俺は懇親の演技でローズに抱き着くと、胸元に額をぐりぐりと寄せた。
「ろーじゅぅ、おねむ~」
ぐずるように伝える俺の背を、聞き分けのない子供をあやすみたいにローズがポンポンッと叩く。
「殿下が外に出たいと言われたからお連れしたんですよ?」
すみません。王宮ってところを侮っていました。小さな国と言えど、権謀術数渦巻く場所。色んな欲望を持つ人たちが集まっているんだ。
俺には手に負えそうにない。
今日こそお城を見て回りたかったが、諦めよう。部屋で遊んでる方がマシだ。
それ以降のやり取りは全てローズが代行してくれた。
「そういうわけですので、ヘス卿。失礼いたします。殿下はそろそろお昼寝の時間のようです」
「あ、あぁ……殿下にマーナガルム神のご加護がありますように」
「ありがとうございます。閣下にもマーナガルム神のご加護がありますように」
俺は半分、寝かけているフリをしてローズの胸元に顔を埋めておけば良かった。
毒気の抜けた顔のおっさんが廊下に突っ立ったまま、俺たちを見送る。急に赤ちゃんっぽくなった俺をどう評価していいか分からないって様子だ。
これでちょっとは噂が落ち着いてくれるといいんだけどなぁ。難しいかな。
ここは娯楽の少ない田舎の国。一度、噂になると人々は、飽きもせずいつまでも同じ話を繰り返すのだ。
俺の噂は当分、消えそうになかった。
あーもう、ほんとにどうしてこんな事になったんだ。
まだ一週間も経ってないのに俺の第二の人生、いきなり前途多難だよ!
自業自得なんて言葉は受けつけません! 俺だって記憶が蘇った時はテンパってたんだ。
それ以降は……ううーん。父様と母様の期待を裏切るわけにもいかなかったからな。
子供って難しい。
俺はローズの腕の陰に隠れて、またもや幼児らしからぬため息をつくのだった。