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第10話 練習試合

 

 アイリーンからの返事はわりかし早く届いた。召使いを待たせてその場で書いてくれたようだ。

 踊りの才能だけでなくアイリーンは文才もあるようだった。読みやすい綺麗な書体ながらも、アイリーンらしく文字のそこかしこが踊るように跳ねている。それはアイリーンの心の嬉しさを表しているようでもあった。

 手紙くらいもっと早く書けば良かったと思った。


 俺たちは日に三度も四度もやり取りをした。使いの召使いはほとんど俺専属になってしまったほどだ。何か手当てでもあげた方がいいんだろうか。

 彼が城を出て行った後はただひたすらウロウロと、部屋の前でアイリーンの返事を待つ。

 すると護衛である騎士たちも、おのずと俺の側で待機せざるを得ない。


「部屋の中で待ったって同じじゃないすか?」

「あー、うん」


 たまに廊下を通りがかる見回りの兵士や侍女に怪訝そうな視線を向けられて、アレクたちは辟易(へきえき)しているようだった。

 俺はと言えばそれに生返事ばかり。


「ルーカス様ー? 暇なら馬場にでも行きません? 今日の練習、まだしてないすよ」

「そーだね」

「手紙が届いたらエレナさんが持って来てくれますよ、だから……って、ルーカス様、ルーカス様? ぜーったい俺の話、聞いてないでしょ!!」

「えっ、なに? 何か言った、アレク?」


 大体、こんな感じだ。

 俺とアイリーンは子供らしく取り留めのない話をつらつらと書き合った。今日、何をしたとか、友達が何を言っていたとか、親がうざいとかそう言うような話だ。

 こんなのは手紙が電話に代わり、メールからラインになった日本だって中身は同じようなものだろう。


 手紙をやり取りする流れで、ポロの話題に触れないわけにはいかなかった。俺たちが練習に勤しんでいると知ったアイリーンは見学に来たがった。

 まだ人に見て貰えるような段階じゃないから恥ずかしいんだけどな。

 けど、そろそろ城に招待するにはいい頃合いなのかも。


 収穫期も終わりに近づいてきた秋の晴れた日。

 侍女たちに連れられたアイリーンは王宮を訪れた。


「ごきげんよう、ルーカス様。今日はお招きいただき有難うございます」


 真正面に立つアイリーンは裾の長いスカートを手で持ち上げて、ちょこんとお辞儀をした。

 首を傾けるとそれに伴って艶やかな黒い髪がサラリと揺れる。

 舞踏会の時の肩を出したドレスとは違い、今日のアイリーンはレースの高襟がついた長袖の白いワンピースを着ていた。

 紫の糸で花や葉っぱが刺繍されたその服は、アイリーンの浅黒い肌をくっきりと目立たせて健康美を感じさせた。

 頭上には、大きな花飾りのついたつばの広い帽子が、秋風にパタパタと揺れている。


 こちらはこの後、運動する予定なので半袖のシャツにズボンだけの軽装だ。

 俺は緊張を押し隠し、立ち並んで出迎えたチームメイトの中から一歩、前に進み出た。


「こちらこそお越しいただき有難うございます。こちらのお国の風習に疎く、なかなか(ふみ)も差し上げず失礼しました」


 手紙でも謝ったけど、直接伝えておいた方がいいよなと思って最初に謝っておく。


「いいえ。私の勘違いと知って、とっても嬉しかったです」


 アイリーンは目をキラキラと輝かせて俺を見つめ返してくれた。この目は最近、身近で見た事がある。父の話をする母様と同じ瞳だ。

 二度も会ってこれは、もうそう言う事だと信じていいのかッ!?


「僕たちがいつも練習している場所に案内しますね」


 俺は浮足立ってふわふわと先頭に立って歩いた。

 馬場ではアレクたちが馬を用意して待っていた。俺が絶対に、素振りや千本ノックしているところは見せないと言い張ったからだ。

 ポロの練習をしていると手紙に書いたのに、そんなところから始めていると知ったらアイリーンが心配するだろう。やっぱり試合はやめた方が、なんて話になりかねない。


 成り行きで決まった試合だが、ここまで頑張ってきてやめるなんてそれはない。今日は朝早くに起きて、すでにランニングや筋トレのノルマはこなしている。

 馬に乗って試合ができるかできないかじゃなくて、やるんだ俺は!


 ヒラリとポニーに飛び乗る。

 練習を始めた当初は手を貸して貰っていたマルも、今ではなんとか一人で乗れるくらいにはなっていた。

 俺たち四人は颯爽と馬に跨って馬場に足を踏み入れた。


 と言っても相手は四人じゃない。騎士たち四人がフルメンバーだと、俺たちじゃ練習にならない。

 相手をしてくれるのはいつも通り、アレクとルッツだけだ。

 こいつらだってちゃんと空気を読んで俺にいいところを譲ってくれるだろう。多分。


 セインとユーリの二人には、ローズたちと一緒にアイリーン一行のお世話を任せている。配置には頭を悩ませたが、やはりこれがベストだと思う。

 どうせ俺が自由に使える人員はこの四人しかいないんだ。

 セインとユーリには決して相手方の侍女に手を出さないよう重々、言い含めた。奴らだってそれくらいはわきまえてるはずだ。


 なるようにしかならない。上手くできるかなんて考えない。見栄を張ったら運動音痴の俺だ。暗澹(あんたん)たる結果にしかならない。

 ふーっと大きく息を吐き出す。ひとまずアイリーンの事はできるだけ頭から追い出して、アレクたちの正面に位置取る。

 ポロ用の小さな馬に跨るアレクとルッツはどう見ても滑稽(こっけい)だった。


「プ」


 彼らと向かい合った時、思わず吹き出しそうなってしまって慌てて手で口元を隠す。

 なまじ足が長い分、背の低い馬との対比がおかしい。いつも大きな軍馬に乗っているのを見慣れているせいもあるんだろう。


「ルーカス様ー?」


 勘のいいアレクがすぐに察して不機嫌そうな声を出した。

 まずいな。練習試合前に余計なものに油を注いでしまったかも知れない。

 とは言え時間を引き延ばすわけにもいかず、俺は手の中のボールを地面に転がした。

 馬に乗った練習と言っても、ちゃんとした試合ではないので審判はいない。皆がドドッと一斉にボールに向かって馬を走らす。


 さすがに最初は全員、それとなく第一打を俺に譲ってくれた。ここで外したら恥ずかしいな。そう思いながらも慎重にボールとの距離を測る。

 大丈夫。これは散々、練習した。

 ポニーにも乗り慣れてきたから距離感も掴めている。

 誰かが妨害してくるわけじゃないから、ただボールに当てるだけ。


 そうは言っても無事に木のスティック、マレットがボールに当たってカンッと音を響かせた時はホッとした。

 他の三人のチームメイトが飛んでいったボールに向かって馬で走って行く。

 パチパチとアイリーンや侍女たちが拍手する音が背後から聞こえた。

 視線を向けるとアイリーンが楽しそうに手を振ってくれていた。俺も馬上から小さく振り返す。


 あー。可愛いな。なんて考えてる場合じゃねーや。集中、集中!

 俺たちのマレットは空を切ることも多かったが、そこはご愛嬌。ラリーもそれなりに続いている。

 アレクやルッツも、やさしーく球を打ち返すなど、ちゃんと手加減してくれている。


 だが、俺はその内に気づいたのだ。

 俺たちがゴールを決めようとする時だけ、アレクが素早く動いてボールを弾いてくる事に。

 こ~い~つ~め~!

 俺とアレクは馬上で視線を交差させ、バチバチと火花を散らした。


(なんで邪魔するんだよ!)


 目線で訴える俺に、アレクは口の端を上げて不敵な笑みを見せた。


(アイリーン様にいいところを見せたければ、俺くらい簡単に蹴散らしてくださいよ)


 そう言い放つ声が聞こえるような気がした。

 まったく、面倒くさい家臣だな。


 何度か強引にゴールを狙ってみたり、フェイントをかけて横に抜けようとしたが、その度にアレクはなんなく俺を阻んだ。

 多分、俺の動きじゃアレク相手にはフェイントになっていない。

 最初は楽しそうだったジョエルとモリスの兄弟も、徐々に疲れてきたのかつまらなそうな顔になってきている。


 まずいな。そろそろ、気持ち的にタイムオーバーか。

 なんの手立てもなく時間だけが過ぎるのかと焦るが、そこへマルが俺の方へ馬を寄せて来た。

 体力がないので、輪の外で勝手に自主休憩してたみたいだ。


「師匠、外から見てて思ったんですが、何も全員ボールに集まらなくてもいいんじゃないですか?」

「それだ、マルティス!!」


 俺は目から鱗が落ちたように馬場を見渡した。

 今更そこかよと思うかも知れないが、友人が少なくスポーツも苦手な俺は、前世でも団体競技に参加した事がなかった。

 だから良く分かっていなかったのだが、そう、これは団体戦なのだ。


 何も全員で団子になってボールを追わなくていい。一人一人、違う役割でいいんだ。いや、そうしないと勝てないんだ。

 相手は大人とは言え、人数は二人。

 馬の大きさはさほど変わりはない。


 もしかしてこの競技、あまり大人と子供にハンデはない?

 むしろ身体の小さな俺たちを乗せた馬の方が疲れは少ないはずだ。

 俺はチームメイト三人を呼び集めて作戦会議を始めた。


「今から、皆に策を授けます」


 俺の話を聞いて、だれていた空気が一気に引き締まった。皆、目を輝かせて俺に頷いてくれる。


「では、ジョエルとモリスは今、言った通りに。マルは俺がボールを打ったら、できるだけ前に走ってください。くれぐれも打ち返すのを失敗しないように」

「任せてください、師匠!」


 頼もしくマルがマレットを持ち上げて答える。俺はマルが努力してきたのを知っているから信じている。

 馬をゆるっと走らせ始めた俺たちに、アレクは面白そうに目を細めた。


 再び馬鹿のひとつ覚えみたいに四人で一緒にボールを追う。

 アレクとルッツが近づいて来ようとした時に、俺はジョエルたちに目で合図した。

 左右に分かれた二人はそれぞれ、アレクとルッツの進路を妨害する。


 身一つで行うサッカーと違い、ほぼ同じ大きさの相手に遮られた馬はすぐに方向転換できない。

 その間にマルは大きく開いたフィールドの、無人の前方に馬を走らせて行く。


「いきますよ、マルッ!!」


 俺はマルの進行方向に思い切りボールを打ちつけた。それと同時に、全速力で馬を駆けさせ始める。

 アレクが馬首を返してマルを追うが、時すでに遅し。トップスピードに乗るのに時間がかかる馬より、ボールの方が初速は優れているに決まっている。


 マルから本当にボールが返ってくるのかとか、上手く打てるかなんて考えない。

 ただ白い木の球が転がってくるのが見えて、俺は練習と同じようにマレットを振り下ろした。

 カンッと小気味いい音を立てて俺の打ったボールは、立てたポールとポールの間、すなわちゴールへと吸い込まれていった。


 途端にワッと歓声が上がる。

 俺は馬上で三人に囲まれてもみくちゃにされた。

 試合に勝ったとかじゃなくて、ただワンゴールしただけなのに。おおげさだな。


 振り返ると、飛び上がって喜ぶアイリーンや、手が千切れんばかりに拍手しているローズに混ざって、そこにはおつきの人に日傘をさして貰って立っている母様の姿もあった。

 いつの間に来てたんだ。母様は俺に向かって小さく手を振っている。

 俺に馬を近寄らせたアレクが、ポンと肩に手を置いてくる。


「ま、一応、ごーかくですよ」


 余裕ある態度にむかつくが、なにせ、ようやく一回ゴールを決めただけだからな。


「いつになったら団体戦だって気づくんだろうなって思ってましたが、気づいたら連携は早かったですね。今の進路妨害なんてお見事でしたよ。ルーカス様が考えたんでしょう?」

「お前、僕を誰だと思ってるんだ」


 アイリーンたちの元へ馬で戻りながら軽口を叩く。

 実際の競技経験はないが、日本にどれだけサッカーやバスケのアニメがあると思ってんだ。知識だけは豊富ですとも。

 知識だけは、ね。


 俺と視線を合わせたアレクは堪え切れなかった様子でフッと口の端を上げた。俺も格好つけていた表情を崩して一緒にニマニマと笑い合う。

 なんのかんの言って、こいつら面倒見いいんだよな。

 気楽に接してくれるのも俺としては有難い。

 家臣って言うより……なんだろーな。やっぱりお兄ちゃんズって感じだな。


「明日からチーム練習ですよ」


 伝えてくるアレクに片手を上げる。俺たちは馬の上でバチッと掌を合わせた。

 前を向けば俺を迎えるアイリーンの目が弾むように輝いているのが見えて、俺は鼻高々と馬から飛び降りた。



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