第8話 スイーツ男子同好会はじめました。
翌日からスイーツは思わぬところに効果を及ぼした。なんと、あれだけ面倒臭がっていたマルがポロの練習に身を入れ始めたのだ。
いわく、
「師匠のデビュー戦をみっともないものにできませんからね!」
と言う事らしい。
「それに、師匠の婚約に難癖をつけてくるとはエイドリアンの奴は許せません。こてんぱんにしてやりましょう!」
あぁ、うん、まだ婚約はしてないけどね。
って言うかアイリーンとはあの日はほんの数言喋っただけだし、あれ以来、会えてもいない。
学校があるわけじゃないし、貴族の子息同士ってどうやって会ってんだろうな。またパーティがあるまで待たないといけないのかな。
そんなわけで俺たちは毎日、揃ってアレクに稽古をつけて貰っている。
朝練も再開した。マルはまだ俺についてはこられないけど、毎日、歯を食いしばって自分のできる距離を走っている。この調子だったらすぐに体力もついてくるだろう。
継続は力なり。とは、俺の剣の先生、ヒューゴさんの教えだ。
ハァハァと息も絶え絶えにマルは今日も俺に追いつこうと必死だ。
「運動は苦手とか言いながら、師匠ってけっこう体力ありますよね……」
「あー、素振りとか、ぼーっと走ったりするだけなら得意なんですけど。足が速いってわけじゃないです」
「な、なるほど……」
馬場に移動してからは、筋トレと素振り。それから千本ノック。(俺命名)
馬に乗っての練習もぼちぼちしているが、まだ走りながらボールに当てられる域には達していない。アレクに根を上げさせられるようになるのはいつの事やら。
「ルーカス様―? もう少し回数多めでもいいですよ!」
「うっさい!!」
奴は今日も、むかつく態度で飄々としている。
そうそう、試合に出てくれる助っ人も決まった。ジョエルとモリスと言うマルの友人で、十歳と九歳の兄弟だ。美味しい異国のお菓子を食べさせてやるとか言って釣り上げてきたらしい。
「こ、このたびはお呼びいただき光栄ですっ。初めまして、ルーカス殿下」
「はっ、初めましてっ!」
緊張した様子の朴訥とした兄弟の姿に思わず顔がほころぶ。いかにもマルの友達らしく二人とも丸々としていた。
あまり運動は得意ではなさそうだが、力を貸してくれるってだけでも有難い。
「初めまして。気軽にルーカスって呼んでください。僕のせいで騒動に巻き込んですみません」
どうにも親近感しか沸いてこなくて、二人とがっしりと握手する。
「いいえー、マルティス様に、それはそれは美味しい異国のお菓子の話をこんこんと聞かされまして」
兄のジョエルは苦笑気味にマルに目を向けている。無理やり連れてきたんだろーな。マルって俺と同じで友達少なそうだもんな。
俺も横目を向けて見ると、マルはなぜか得意満面、ドヤ顔で胸を張って威張っていた。
「師匠のスイーツは大陸一……いや、世界一ですからね!」
ホントにマルは……自分の事でもないのに嬉しそうにして。可愛いんだからな。ジョエルやモリスと顔を見合わせて、こっそり笑みを交わす。
彼らにもスイーツの効果は絶大だった。毎日は城に来られないながらも、家でもちゃんと練習してくれているようだ。
俺たちはスイーツ男子同好会を結成して、日がな、お菓子作りに勤しんだ。同好会にはシアーズ公国のコックさんたちも参加している。
翌日に作ったクレープ・シュゼットにマルたちは大興奮だった。さすがにこれは俺じゃなくて、マルコに作って貰ったんだけど。
「クレープってパンケーキの事なんですか?」
ただ焼いただけの薄いパンケーキが並んでいるだけと思ったんだろう。途中、マルはあからさまにがっかりした顔になった。飾りつける前は色も黄土色で地味だからな。
ふっふ。今に見てろよ。俺は指を立ててコックのマルコに合図を出す。
マルコはフライパンに砂糖、オレンジソースを入れてクレープを煮立たせた。気取った様子でお酒の瓶を持って来て、トクトクと高い位置から回し入れる。
本来のクレープ・シュゼットはグランマニエで作るのだが、もちろん異世界に地球の酒類はない。俺だってどうやって酒を造ってるのかまで知らないからな。アルコール度数の高いリキュールっぽいお酒で代用だ。
マルコがフライパンを前後に荒く揺すって、ボンッとアルコールに火をつける。マルたち三人は立ち上る炎の向こうで目をまん丸くしていた。
ドッキリ成功だな!
そして、その次の日はティラミスを作った。外見上は特になんの飾りつけもしなかったけど、甘かったり、苦かったり、酸味だったりが一体になったお菓子は食べた事がなかったようだ。三人はやたら不思議そうな顔をしていた。
「なんだか師匠の言う、スイーツとやらが分かって来たような気がします。甘さや苦さなどの、複数の要素の調和が大切なのですね!」
名残惜しそうに口にティラミスを運びながらマルがしたり顔で呟く。
確かにちょっとほろ苦系のものばかり作っていたかも。俺が好きだからだな。ただ単に甘いだけも悪くないけどさ。
お前、そんな遊んでばっかりで母親の病気の事、忘れてんじゃねーのと思った人もいるかも知れないが、とんでもない。相変わらず俺の人生は複数の仕事が同時進行している。
シアーズの薬草園はマーナガルムの比ではなかった。若かりし母様のために、おじいさまが財の限りを尽くして集めたのだろう。
どこを見回しても草、草、草……広い敷地内にこれでもかとばかりに貴重な薬草が栽培されている。
オレイン先生と共に訪れて口をあんぐり開けてしまった。
「これは凄い……!」
先生は興奮し過ぎで、シアーズに到着してから母様の診察以外ずっと、薬草園に入り浸っている。ご飯を食べてるかも怪しいくらいだ。
母ソフィアの帰国にあわせて国内外に散っていた医師団も再結成されている。
専門の大人たちの中で俺のできることは少なかったが、オレイン先生たちと手術の是非について話し合ったりした。
資源や技術の乏しかったマーナガルムではいざ知らず、この国でなら成しえるかも知れないと淡い期待を抱いている。
「人の身体を切り開いて悪いところを治す方法ですか〜? ちょっとした怪我の縫合ならともかく、今の世にそれをできる人はいないでしょうね〜」
「そうなんですね……」
オレイン先生がそう言うなら、この世界で他に執刀を成し得る人はいないだろう。
古代には簡単な手術をしていた痕跡はあるのだが、今ではその技術は失われてしまっている。
この世界は、やはりどこかおかしい。
どうも数千年前の方が今より栄えていて、一度、どこかで伝承や文明が途切れてしまっているのだ。
この世界に八番目の月があったという伝説。
落ちた月。
神獣マーナガルムが神になったと言うその逸話は、ほとんど詳細が失われて今では切れ切れにしか伝わっていない。
なぜ神は姿を消してしまったのか。この世界の人たちは淡い不思議さを感じながらも、それを深く追求する人はいない。生まれた時からこういう世界だったので疑問の持ちようがないのだろう。
もし今も神がいれば、母を助ける術は簡単だったのだろうか。
例えば、魔法とか?
それとももう少しでも神子の数が多ければ、それだけでも違ったような気がする。
とは言え、ないものねだりをしても仕方がない。今はおじいさまが取り寄せてくれている文献待ちの状態だ。
母様はアイリーンとの事や、俺に友達ができたのを心から喜んでくれた。
「男の子は、ほんの少し目を離しただけで、すぐに成長してしまうのね」
ベッドの上から俺の頬を撫でながら、母は眩しそうに目を細めて俺をいつまでも眺めていた。
「今度、アイリーンちゃんとまた会いたいわ。お母様、ほとんどお話できてないんだから」
「そうですね。城に誘ってみたらいいでしょうか?」
「あら。まだお誘いもしてなかったの? 駄目じゃない、ルーカスちゃん。意外と奥手なのねぇ。一体、誰に似たのかしら?」
母様は頬に指を当てて小首を傾げたが、俺は乾いた笑いを浮かべるだけで詳細は聞かなかった。
クソ親父の手が早かった話なんて、出された当の本人である母親から聞きたくない。
「もうすぐフィル様に会えるわね」
父の話をする時、母はいつもキラキラと恋する少女の瞳になる。
秋祭りが終われば、すぐに父は国を出立する予定になっていた。
俺たちとは違い馬車には乗らず、馬だけで最短を駆けてくる計画だ。国を出て二週間と少しくらいでシアーズには到着するだろう。
それから数日だけ一緒に過ごして、とんぼ返りの強行軍だ。そうしなければマーナガルムは深い雪に閉ざされる。
北方では冬の戦はほぼないが、それでも王が数ヶ月も不在の状態は避けた方が良かった。
「おじいさまと喧嘩にならないといいんですが」
「そうねぇ。あの二人、どうしてあんなに仲が悪いのかしら?」
どう考えてもそれは母様のせいっぽいですけどね。
それと性格的なところもありそうだ。結局、あの二人、似た者同士なんだよ。
あぁ、嫌だな。父様と対面するのを考えたら、頭が痛くなってくる。絶対、アイリーンとの事をからわれるに決まっているからな。
そんな風に秋の日々は一瞬で過ぎ去り、もうすぐ舞踏会から一週間が経とうとしていた。
  




