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第4話 決闘なんて聞いてない!


 バルコニーは外に向かって窓が開け放たれていて、広間にもたっぷりと日差しが差し込んでいた。

 それでも広い室内は外より暗かったのだろう。雲の少ない秋の快晴が眩しく、目を細めてしまう。


「何か食べますか?」

「いいえ。なんだか胸がいっぱいで」


 アイリーンは赤いドレスの胸元に片手を置いた。少し開いたそこに注目してはいけない。俺は強いて視線をずらして食べ物の方を見た。


 俺も同じく気持ちはいっぱいいっぱいなのだが、朝から何も食べていないのに急に踊ったものだから血糖値が足りていないような気がする。

 少しくらくらする。

 何か口に入れておいた方がいいかもな。


 アイリーンは飲み物だけを受け取って、俺は適当に皿に幾つか食事を乗せて庭の隅へと向かった。


「上手く行ったみたいじゃないか」


 まだ食べていたのか。マルは咀嚼していた口の中の食べ物を飲み込んで、俺たちに話しかけてきた。

 今のところデザートには移行していないようだ。その手に持ったフォークには肉が突き刺さっている。


「マルティス様、先程はありがとうございました。おかげで私、少しは自信を持ってお話しすることができました」


 飲み物を持っているものだから、アイリーンは片手だけでスカートをつまんでマルの前で軽く足を折った。何やらお礼を伝えている。


「それですよ、マル。アイリーンに何を言ったんです?」


 小声で問い詰めると、マルはしれっと爆弾発言をした。


「ルーカスが一目惚れしたみたいだが、アイリーンの気持ちはどうなんだって」


 そ、そんな直接的な事、言ったのかよ!

 それってもう告白してるのと同じじゃん!

 普通、もうちょっとそれとなく聞き出したりするもんだろ!

 マルティスにこんな大事な事を任せた俺がいけなかったんだ……俺の顔はきっと真っ赤になってしまっていただろう。


「違うんです! いや、違うって言ってもアイリーンが駄目とか言うわけじゃなくてですね! 僕たちまだ小さいから、そう言う事はまだ考えなくてもいいんじゃないかなって……!!」


 慌て過ぎてしどろもどろの俺に、アイリーンは鈴が鳴るように笑った。


「大丈夫です。お友達からで十分ですわ」

「ふーん。やっぱりできた年上女房だな」

「マルはまた、そういう事を言わない!」


 そっかー、お友達か。友達止まりにならないといいけどな。

 いや、アイリーンはガールだし、フレンドになれるなら、これはもう、そういう括りでいいんじゃないか? ガールでフレンドなら、そうだろ。


 なんて俺たちがワイワイとバカな会話を繰り広げていると、その後ろにザッと数人が立ち塞がった。

 あぁ、例の男の子たちか。

 また揉めて話が長くなる前に、俺はせっかく持って来ていた食べ物を口の中に放り込んだ。


「貴方がルーカス殿下だな!」


 中心の一番大きな男の子が俺に指を突きつけてくる。

 こんなパーティに来る人なんてほとんど顔見知りだろうし、赤毛ってあまりいないから目立つよね。


 言い逃れもできず、俺はモグモグと口の中の物を食べながら振り向いた。

 しかし俺が答えるのも待たず勝手に話が進んでいく。


「アイリーン嬢と、こ、婚約されたと小耳に挟んだが本当か!」

「あ、婚約はまだです」

「貴様、アイリーン嬢を愚弄するのか!?」


 なんだー? やけに突っかかってくるな。アレクと同じように扱いづらい人なのかな。婚約はまだなんだから喜べよ。

 周りの男子は数人、ほっとしてる顔の奴もいるぞ。

 俺はまだこいつの名前も聞いてない。城にいた頃のアレクに似てるから、もうアレク二号でいいや。


 正式に挨拶されたわけじゃないからいいだろうと、俺は返事もせず食事を続けた。今の内に食べとかないとね。

 そう言う俺の態度が火に油を注いだようだ。二号は顔を真っ赤にして怒鳴った。


「け、決闘だ! ルーカス殿下、アイリーン嬢の名誉をかけて決闘を申し込む!」

「えー? 決闘って何するんですか。皆さん一人一人と戦うんですか?」


 あまり戦いのない南国の事。剣の腕に自信がないのだろう、数人が青い顔をしてブンブンッと首を横に振っている。

 俺も実は自信ないが、そんな事は知らせなくていい。

 野蛮な軍国から来た王子だから、さも剣技に秀でているんだろうと思わせとけばいい。

 俺は狼の威を借る狐で構わない。せいぜい、父様の名声くらい利用させてもらうさ。


 俺があまりにも自信満々に見えたのか、自分で言っておきながら二号はゴクリと唾を飲んでたじろいだ。


「全員と決闘するのは時間もかかるだろうし、勘弁してやろう。ポロだ、ポロの試合で決着をつけよう!」


 はい?

 二号はいきなり何を言いだしたのか。


 ポロは前世の日本では馴染みがないが、ヨーロッパや南米ではそこそこ人気のある球技だ。

 馬に乗って木のスティックを手に、木のボールを追う例のやつだな。ポロシャツの語源でもある。

 もちろんこちらの世界での競技名は違うが、分かりづらいのでポロと翻訳しておく。


 ちょっと待て。

 馬に乗って、スティックを持って、ボールまで?

 俺に三つの事が同時にできるわけがない。

 それくらいなら剣を使った決闘の方がよっぽどマシな結果になるだろう。


「やめておきましょうよ。怪我をしたら危ないですし」


 俺は、自分が怪我をしたら、と言う趣旨で口にしたのだが相手はそう思ってくれなかった。

 馬上で激しくぶつかり合う、ポロというスポーツ。

 俺と試合したら怪我するぜ、みたいな意味で受け取ったようだ。


「そこまで自信があるならポロで良いでしょう? こちらは四人に絞る。そちらも他に三人用意なされるといい」

「あー、家臣とか駄目ですか?」

「当たり前だ! 十二歳以下と言うルールも設けさせていただこう」


 やっぱりね。ま、あいつら出たら一瞬で勝負つくしね。大人げないよね。

 しかし団体競技か。俺、まだマルたち兄弟しか知り合いがいないんだけど、どうしたらいいんだろうな。お兄さんたちって十二歳以下だったかな。


「そちらが勝ったらどうなるんですか?」

「アイリーン嬢の名誉を回復していただこう」

「もし、僕が勝ったら?」

「その時は好きになさるが良い」


 それって、どちらにせよ婚約するって事じゃないのか。俺にも相手にもまったくメリットがない。

 何のための試合なんだ。


 俺が呆れて口を開けないでいる内に、アイリーンが前に進み出た。顔見知りだったようで悲しそうな表情で訴えている。


「エイドリアン、やめてください! どうしてこのような事を?」


 初めて名前が分かったな。二号はエイドリアンって言うのか。

 アイリーンのこれは多分、呆れ顔だ。完全にやんちゃな弟を見る目でエイドリアンを眺めている。


「アイリーン、男にはやらねばならない時があるのです」


 二号……もとい、エイドリアンは自分に酔っている顔で額に手を当て、アイリーンを制した。

 お前にだけは絶対、アイリーンはやらないからな!


「分かりました。そこまで仰るなら、ポロの試合、お受けいたしましょう」

「ルーカス様!」

「いいんです、アイリーン。そいつの言う通りです。男にはやらなければいけない時があるんです」


 アイリーンはエイドリアンが言った時とは違う、嬉しそうな顔を俺に向けた。ような気がした。

 どうせこっちが負けるけどな。どれほど乗馬が上手い奴を集められたとしても、四人中、一人が俺じゃ勝ち目はない。


「おい、ルーク、俺は乗馬に自信がない」


 マルがこっそり、耳元に囁いてくる。四人中二人か。いいよ、いいよ。出ようとしてくれる、その気持ちだけで嬉しいよ。

 コソコソと話し合う。


「実は僕もです。球技もからきしです」

「それじゃ駄目じゃないか」

「いいんですよ。せいぜい圧勝していただいて、気持ちよく退場して貰いましょう」

「そう言う事か」


 もう、実害がないならなんだっていいさ。諦めムードで俺たちはイキリ男子たちに対峙した。


「これ以上、騒ぎが大きくなると舞踏会に差し支えますし、今日のところはお引き取り願えますか?」

「分かった。試合の日取りは後日、お伝えする」


 それぞれに踵を返し、男子たちはバラバラと広間の方に戻って行く。

 アイリーンは、ごめんなさいと言うように俺たちの方にペコリと頭を下げて、彼らを追いかけて行った。


 俺は大きく肩を落とす。

 どうしてこうなった。

 ほとんどアイリーンと話もできていないし。


 もう食べてないとやっていられない。

 その場にあった肉を手に掴んでモリモリと食べ始めた俺を、マルが肘でつついてくる。


「あんなこと言って、やる気まんまんじゃないか」

「やけっぱちなだけですよ」


 そんな感じで舞踏会はしばらくして昼を過ぎるとお開きになった。



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