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第27話 舞踏会がはじまった

 

 母様の回復を待って舞踏会の日取りが決定した。

 前世のイメージと違って、この世界のパーティは昼間に行われる。夜会とか蝋燭がもったいないし、暗すぎるし、誰も帰れなくなるのでやらないのだ。

 踊りたい人は広間で踊って、それ以外の人は野外で立食って言う、ガーデンパーティみたいな感じだ。


 数日前から召使いたちは慌ただしく準備に取りかかっていた。

 遠方だったり気が早い人は、もう城や城下町に泊まってるようだ。おじいさまの友人や、山岳連合のお偉いさんとかも招待されているらしい。

 緊張するな。


 当日は早朝から風呂まで用意されて、俺は身体中、ゴシゴシと洗い上げられた。あんまりにも擦られたので、背中の皮が剥けるんじゃないかと思ったくらいだ。

 風呂には頻繁に入ってるので、そんなに汚くないと思うんだけど。


「痛い、痛いって、ローズ!」

「いいから大人しくしてなさい、ルーカス様っ!」


 途中、涙目で見上げたが、腕まくりしたローズは頑として許してくれず、ちょっと人には言えない部分まで洗われてしまった。自分で洗えるって何度も言ったのに!

 うう。もうお婿に行けない。ローズが責任取ってよね!


 なんて冗談も言えないほどローズはピリピリして、一触触発。

 今は、俺の髪が一房でも乱れれば人生が終わると言わんばかりに、ギラついた目で髪を梳かしている。ちょっとどころでなく怖い。


「髪が伸びてらっしゃいますね……いっそ、巻いてみますか?」

「それはやめて!!」


 クルクルと髪を巻く道具で内巻きカールにされそうになったが、何とか勘弁して貰った。

 ローズは最終的にオールバックで妥協してくれたけど、あまりにもピッシリと撫でつけられたので顔まで引き攣ってる。ポマードで髪がベタベタだ。


 朝早くから支度し始めたせいで、俺は随分早く準備を終えてやることがなくなってしまった。大人用の普通の椅子に座って足をブラブラさせる。

 お腹も減ったのに、パーティで食べられるからと朝ご飯も食べさせて貰えない。


 俺の家臣団(例の四人)は気楽なものだ。今回、彼らは参加しないのだ。護衛はシアーズの近衛隊がいるし、マーナガルム側からは分隊長が出席する。

 今頃、ワルターも侍女たちに、あーでもないこーでもないと着せ替えをさせられているんだろうか。強面のおっさんが言いなりになってる姿を想像して、俺はちょっと気分を落ち着けた。


「ルーカス様、俺たちに内緒で面白い事しちゃ駄目ですよ」

「僕だって立場はわきまえてるよ」

「何か美味しいものがあったら持って帰って貰えますかね?」

「もー、また難しいこと言うな、アレクは。パーティが終わって何か余ってたらね」

「ルーカス様、こんな奴ら、甘やかさなくていいのですよ」


 傍からやいのやいの言われてうんざりしていると、セインが窘めてくれた。

 ルッツだけは目が合うと、頑張れ、と言うように両手で小さくガッツポーズしてくれた。

 ルッツは無口だけど、気のいい優しい奴だ。他の奴はともかく後でルッツにだけは差し入れしてやろう。


 そんなこんなでちっとも時間が過ぎないような気がしたが、ついに部屋のドアがコンコンとノックされた。

 途端にローズは青い顔をして、オロオロと狼狽え始めた。


「ルーカス様、お支度はよろしいですか? 本当によろしいんですね? ハンカチーフはお入れになりましたか?」

「大丈夫だって。ずっと前に用意は終わってるでしょ、ローズ」


 いつも自信満々なのに、こんなローズは珍しい。


「ローズが参加するわけじゃないんだからさ」


 落ち着かせようと言い聞かせるが、気もそぞろで俺の言葉はまったく耳に入っていない様子だ。仕方なく、ローズの両手を取って上下に振ってみた。


「せっせせーの、よいよいよい!」


 掛け声に合わせて握った両手を最初は上下に、それから腕を交差させて打ちつけると、ローズは目をぱちくりさせた。


「これ、なんですか、殿下?」

「んー? ローズが落ち着くようにおまじない?」


 重ねた両手をぽんぽんっと軽く叩いて手を放す。ローズにはいつも助けて貰ってるから、俺のいない時くらいのんびりして欲しいよ。


「それじゃ、いってきまーす」

「いってらっしゃいませ、ルーカス様」


 皆に見送られて部屋を出る。騎士たち四人は自由時間だと言うのに、どうせ鍛錬でもするんだろう。ローズにもゆっくりしてねと言ってきたが、あの調子では怪しいな。


 途中で母様と合流して、召使いに連れて行かれた先にワルター分隊長もいた。

 分隊長は若干、緊張しているのか、詰襟を軽く引っ張っていた。


 黒地に赤糸で刺繍がされたマーナガルムの正式な軍服で、鍛えられた身体に良く似合っていて格好いい。

 俺もワルターくらい髪を短くできたらいいんだけどな。あまり切ると母様が嫌がるんだよな。


「シアーズに着いてから鍛錬を怠っていたせいですかな。きつくなったような気がします」

「絶対、緊張してるだけですよ」


 ぼやく彼に苦笑して、バシッと背中を叩いて気合いを入れてやった

 ワルターさん、前世の俺と違って、絶対中年太りとは縁がないだろ。


 今日の俺の服は誕生節である春のイメージカラーで、緑を基調とした礼服だ。相変わらずフリルだらけで、向こうから俺の顔が見えるのか疑問に思うほどだ。


「ルーカスちゃん、とーっても可愛いわよ」


 可愛くっちゃ困るんですけどね。

 髪を撫でつけているせいで頭に触れなかったからか、母様は俺の頬を両手で包んでグニグニと動かした。あんまり触られるとローズが苦心してセットした髪が乱れそうで怖い。


「母様もすっごく綺麗です!」


 お世辞ではなく、俺は目を輝かせて母を見上げた。


「あら、ありがとう、ルーカスちゃん」


 ふふっと母様が微笑むと、肩辺りでサラリと金糸の髪が揺れた。

 母様のドレスはサラクレートで作った流行最先端。色は青地に白を混ぜた、ゆったりとしたタイプのもの。青い糸で縁取りされていて、花の刺繍が裾を美しく彩っていた。

 この世界の女性たちは特にコルセットとかはつけない。肩はほとんど出していて、背中も開いているので少々艶めかしい。二の腕に近い辺りはふわりと半透明の布で覆われている。


 装飾品は最小限で、編み込んだだけの髪を後ろに流した母様は、眩しいほどに美しかった。

 こんなお母さんが授業参観に来たら学校が騒然となるだろうな。教師なんか授業が手につかないんじゃないかな。


「ふむ、皆、集まっておるな。準備は良いか?」

「えぇ、大丈夫です」


 おじいさまたちも揃ったところで扉が開けられ、俺たちは楽団が音楽を奏でる会場に足を踏み入れた。

 母様はおじいさまに手を引かれて、蝶のように軽やかに舞踏会場を進んだ。

 扇で口を覆ってヒソヒソと隣の人に話しかけている人。顔見知りなのか小さく手を振ってくる人。おおむね、皆、笑顔で俺たちを出迎えてくれる。


 そして俺には好奇心の視線が突き刺さっている。

 せいぜい自信たっぷりに見えるよう堂々と歩いてみせるさ

 両手足が一緒に出てないといいけど。


「皆様、今日は私共のためにお集まりいただき有難うございます」


 母様が挨拶をすると大きな拍手が沸き起こる。俺が足を軽く折ってお辞儀をすると、また拍手喝采。

 それからは挨拶攻めになった。母様にはソファが用意され、背筋を綺麗に伸ばして座っている。

 俺の役割と言えば、その横に立ってニコニコと満面の笑みを張りつけていればいいだけの、簡単なお仕事だ。


 こういう挨拶は純然たる順番があるらしい。お偉いさんから来てるってわけだな。

 うーん、あんまりにも多すぎて、さすがに一度では覚えきれない。

 後でおじいさまか叔父さんに頼んでリストにして貰おう。しばらくこの国に滞在するなら、主要な人たちの顔と名前と役職くらいは一致させておいた方がいいだろう。



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