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第26話 初めての友達

 

 マルティスは律儀な奴のようで、翌日には俺の部屋を訪れてくれた。


「昨日、自己紹介はしたな。友人はマルとか、マルティとか呼ぶ。好きに呼んでくれ」


 末っ子だから威張れる相手ができて嬉しいんだろう。やたら気取った様子で胸を張りながら、ぽっちゃりとした赤ん坊のような手を差し出してくる。

 短い前髪がふわふわと立っていて、ひよこみたいだ。


「じゃあ、マルで。僕もルークでいいですよ。よろしくお願いします」


 見れば見るほど他人とは思えず親近感が湧いてくる。いや、ルーカスにとっては親戚なわけだが。そうじゃなくて前世の俺にとってだ。

 俺の小さい頃にそっくりだ。

 妙なシンパシーを感じながら、俺はマルの手を強く握り返した。


 お茶を出すローズは、俺のほぼ初めてに近い友人の訪問にハラハラするやら嬉しそうやらで興奮しきりだ。ずっとチラチラとこちらの様子を伺っている。

 俺はと言えばマルが動くたびに、ふわふわふわふわと一緒にたなびいている前髪に釘づけだった。

 触ってみたいなぁとウズウズするが、そんなこと言ったら怒られるだろうか?


 ソファに向かい合わせに座って、マルはお茶を飲みもせず、足を組んで踏ん反り返った。なんでか偉そうだ。


「で、ルーク、お前、何ができるんだ?」


 何ができる?

 思ってもみなかったマルの質問に俺は黙り込んだ。

 俺がこの世界に生まれて今までしてきた事と言えば、勉強と身体作りくらいなものだ。特技とか趣味とかほとんどない。


 いくつか前世のものを作ったりもしたが、それは知識があっただけで俺が考えたわけでもない。

 それを言うなら料理だってレシピを伝えて作って貰ってるだけだ。俺が料理してるわけでもないしな。

 腕を組んで、うーんうーんと頭を捻る。

 マルはちょっとせっかちなのか、俺がいつまでも答えないものだから、質問を重ねてきた。


「歌とかダンスとか」

「そう言うのはあんまりですね」

「じゃあ、詩を諳んじるとか、絵を描くとか」

「そう言うのもあんまりですね」


 強いて言うなららくがき程度なら絵を描くのはできなくもないが、多分、マルの言ってるのはそういう事じゃないだろう。油絵とか水彩画とかの話のはずだ。


「それなら、乗馬とか剣とかのスポーツ系か?」

「実はそれもあまり」


 何を言っても俺が首を横に振るものだから、マルは呆れて眉を寄せた。


「お前、それで毎日が楽しいのか?」

「まぁまぁやる事がいっぱいありましたからね。勉強とか鍛錬とか。あ、暗算は得意です」

「そういうのは遊びとは言わないんだ」


 額に手を当てて、やれやれと首を振っている。


「ここシアーズではエントール様の庇護の元、どんな貧しき者も人生を謳歌する。人には楽しみが必要なんだ。歌とか音楽とか、食事とかな」


 最後のそれ、エントール様関係ないな。マルの個人的な意見だな。

 ともあれ、歌やダンスはできれば御免被りたいが、避けて通れないなら努力するだけだな。


「善処します」

「なんだかお前の言うことはイチイチ難しいな。まぁいい。どこへ行きたい? 父上に好きなところへ案内するよう言われている」


 それならと俺は城の見学をお願いした。別に城なんて毎日見られるのにとマルは不思議がっていた。

 だが、住んでいる人に案内して貰えるなんて滅多にない、いい機会だろう。

 ついでだからセインたち四人も同行させた。城の間取りを覚えた方がいいだろうと思ったからだ。


 謁見の間やダンスホール、書庫なんかを見て回る。

 マーナガルムになかったものと言えば、肖像画の間なんて凄かった。歴代の王や女王の肖像画が所狭しと並べられている。

 比較的、最新のものと思われる付近に、おじいさまやおばあさまの若かりし頃の肖像画を見つけた。

 その隣に、椅子に座って微笑む少女の絵がある。


「あ、これ、母様ですね」

「あー、そんな感じだな」


 凄いな。画家の主観が入っているのかも知れないが、今より儚げで妖精みたいだ。背中に羽があっても納得してしまう。

 こんな子が笑いかけてきたら、俺だったら一瞬で惚れてしまうな。

 この頃に初めて会ったんだろ。父様のロリ疑惑が深まるな。


「ロリータコンプレックスって分かります?」

「いや、聞いた事がない」

「少女を愛する性癖なんですけど」


 一体、俺の知識はどうなっているのかと、マルは眉を顰めてドン引きだ。


「どこでそんな事を覚えたんだ……まぁ、一部の貴族にはそんな奴もいるらしいな」


 あ、やっぱりこっちの世界にもいるんだ。

 もしかしたら民間人にも秘かにいるのかも知れないが、一般の人は普通じゃない性癖に目覚める暇も余裕もないんだろう。


「俺の父親、この人と結婚したんですけど、どう思います?」


 子供の頃の母様の肖像画を指差す。


「いや、お前の父親の性癖を俺に聞かれても……伯母様だって、もう大人なんだからいいんじゃないか?」

「ほんとにそう思います? これですよ、これ」

「うーむ……」


 現在の母の姿を思い起こしながらか、マルは肖像画を険しい顔で眺めていたが、その内にハッと我に返った。


「だから、お前の父親の事など知らん!」

「今度、シアーズにも来る予定ですから、会ったらぜひ意見を聞かせてくださいよ」


 こんな風に年の近い子(精神年齢はだいぶ離れているが)と気安い話をする事があまりなかったので、なんだか楽しい。


「分かったから、ここはもういいだろ。知らない祖先の絵なんか眺めてもつまらん」


 マルに連れられて王宮見学を続ける。

 他には礼拝堂や、珍しい設備だと劇場なんてものもあった。数十人は入れそうな部屋で、町から劇団を招いたり、たまには貴族が劇をしたりもするらしい。


「こんなに広いと迷いそうですね」

「マーナガルムの城はこんな感じじゃないのか?」

「多分、ウチなんかこの五分の一もないですよ」


 話しながら今度は外に向かう。訓練所や厩舎、馬場などを見せて貰って騎士たちの機嫌が良くなる。あとで好きなだけ鍛錬に向かうといいよ、この体力馬鹿たちめ。


 白亜の城と言っても、城の外観は遠目から見たほど真っ白ではない。

 近づくと少し灰色がかっている。

 城壁には近くの山で採れる石灰が塗られているらしい。石灰って言ったらセメントの材料だな。


 こんなにファンタジーな見た目の城なのに、セメント造りって言われると前世の記憶がある俺にとっては不思議な感覚がする。

 ここまで大きいと修繕も大変な様子で、いつもどこかで修理が行われているそうだ。足組を高く組んで壁を塗り直しているところも案内して貰った。


 それから圧巻なのが城を囲むように建てられている、四本の塔だ。

 螺旋階段を上るのはけっこう大変だったが、最上部に行きついて俺は歓声を上げた。


「わぁ、凄いですね! 街が一望できますよ!」


 塔に大きく開けられた窓から身を乗り出して、俺はポカンと口を開けて眼下の街を見下ろした。

 後ろから覗き込んで、アレクがヒュウと小さく口笛を響かせる。


 お洒落な街並みを真上から見ると、おもちゃ箱みたいで楽しい。街行く人々が人形のようだ。

 そして稜線に広がる、なだらかな山と森。

 深い森に囲まれた場所で育ったからかな。山が見えないとなんだか落ち着かないんだよな。

 故郷の険しい山々とは違うが、緑が多いここの景色も悪くない。

 間近には青い湖。漁師たちが漕ぎ出した小さな船がいくつも水面に白い筋を刻んでいる。


「マル、マル! ほら、あそこに船が!」


 湖を指差しながら振り返ると、マルは珍妙な顔で俺をマジマジと見つめた。


「どうかしました?」

「いや……お前も子供らしい表情ができるんだな」


 何と言っていいのか分からない様子でマルは決まり悪そうに首を傾げた。


「ずっと愛想笑いを浮かべて面白いのかと思っていたが……そうだな。ルークもちゃんと六歳だったんだな。安心した」


 精神年齢低くて悪かったな!

 とも言えずに、俺も微妙な顔になってマルを見返すしかなかった。

 いや、ほら、高いところに行くと誰でもはしゃいじゃうよね?

 俺だけ?


 とは言え、マルはとぼけた顔をして、けっこう冷静に俺の事を観察している。人を見る目はあるようだ。

 たまに身体の年齢に引きずられたり、はっちゃけて子供っぽくなったりはするが、俺は本来、記憶だけは三十代のおっさんだ。

 子供らしく見せるために、普段はどうしても演技する必要がある。


 四年も子供をやってると、最近はもう演技なのか本来のものなのか分からなくなってきたが。

 それでも本当の子供から見ると俺の挙動はやはりおかしいのだろう。


「これからも奇妙な言動をするかも知れませんが、あまり気にしないでいただけると有難いです」


 両手を揃えて、頭をぺこりと下げる。


「そんな事を言う時点で、かなりおかしいけどな。こいつっていつもこんな感じなのか?」


 話を振られてアレクとユーリが、うんうんと大きく頷いている。お前ら、いつもそう言う態度だと査定に響くからな。


「おじいさまとの対面の時の話も聞いたが……初めての国であれだけ振る舞えるとかいい度胸だよ。まぁまぁ気に入ったぜ、ルーク。今度、貴族の子息会に紹介してやろう」


 おぉ、やったぜ。心の中で小さくガッツポーズする。

 年の近い友人が多くなれば、子供がどう言うものか、もっとよく分かるだろう。


「何はともあれ、まずは舞踏会だな」


 意気揚々としかけた瞬間に、聞きたくもない言葉を告げられて、俺はげんなりと肩を落とした。

 舞踏会。

 そう、貴族に俺を紹介するためにパーティが開かれるのだ。

 ただの立食パーティとかならまだこなせるが、舞踏会はいかんせん、どうにもダンスが馴染めない。日本人に三拍子は無理だって。


「それって欠席できないんですかね?」

「主役がいなくてどうする。旨いものが食えるから楽しみにしとけよ」


 お互いに軽口を叩きながら塔の回廊を降りる。

 真下にマルのふわふわな髪が見えた。触ったらいけないかな。駄目かな。

 誘惑に堪えかねて、触れるか触れないかのところで手をヒラヒラ動かす。

 その感覚に気づいたのか、マルは眉を寄せて振り返った。


「お前、今、何かしたか?」

「いーえ、何にも」


 振り返って聞かれるが、満面の笑みでにっこりと答えた。

 マルは少し下の段から渋面で俺を見上げた。


「お前、その顔、相当気持ち悪いぞ」

「失敬な!」


 自信の笑顔だったのにな。

 人間性が顔に現れてしまってるんだろうか。

 納得いかず、俺は自分の頬を擦りながら皆と階段を降りて行った。



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