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第21話 麗しの都、シアーズ

 

 次の日から俺たちの関係が変わった事に気づいても分隊長のワルターは、いいんじゃないですかなと表情を緩めた。


「俺も、もう十年若ければ……いや、よしましょう。俺の任務は妃殿下を無事に国にお連れすること。輝かしき未来は若者に譲りますよ」


 ワルターは束の間、遠くどこかを見るように目を細めたが、俺に視線を戻しておどけた調子で肩を竦めた。

 二人で顔を見合わせて笑い合う。


 俺たちの旅も、もうすぐ終わりを迎える。

 ゆっくりと季節は彩りを変える。いつしか風景は夏から秋へ。食物は実りに重く首を垂れ、人々は収穫に汗を流す。


 さすがの悪路のせいで母様もダメージが大きかったのか、街につくと寝込んでしまった。森を抜けるまでは皆に心配をかけまいと我慢していたのだろう。

 それでも俺の作った馬車なら問題ないだろうと、数日もするとオレイン先生から許可が出た。そんなわけで今日も馬車は俺たちを乗せてゆるゆると進んでいる。


 この世界、クラクションがなくて良かったな。

 たまに道幅によっては俺たちのせいで大渋滞を巻き起こす事もあった。

 大抵の人は事情を話すと快く待ってくれたが。


 さすが山岳連合(ユヌ・モンターニュ)のお膝元。金糸の姫の里帰りと聞くと、皆、頭を下げて道を譲ってくれたぞ。

 母様が姿を見せなくても、俺を見ると誰もが納得するのはなぜなんだろうね?


 山岳連合は、シアーズ公国のように小さな国々が寄り集まって列強諸国に対抗している、いわゆる連合国だ。

 資源にも人口も乏しい山間の国のこと。物資や人材を都合し合い、助け合っているようだ。

 現在、所属しているのは七国。数年毎に盟主が交代し、持ち回りで会議を主催するらしい。


 マーナガルムと違い、南国の森の木々はあまり高くなく、広葉樹が多い。

 暑さだけじゃなくて、湿度もぐっと高くなった。


「あぁ、この辺りは見覚えがあるわ……国を出る時に通ったの」


 馬車のベットに横になったまま窓から町並みを見上げて、母様は苦しげな表情の中にも、時折、ふっと笑顔を見せた。

 十五歳にもなっていなかった母は、父である公主に連れられ、どんな気持ちでここを通ったのだろう。


 生きて成人の儀を迎えられないかも知れないと言われた愛娘のために、祖父は財の限りを尽くして薬を買い集め、高名な医師を招いた。

 それこそ、心臓の病に詳しい医師がいると聞いてイグニセムにまで出向いたほどだ。


 初めての国の外。好奇心旺盛な母様は、きっと目を輝かせてあちこちに視線を向けていただろう。

 もはや二度と目にする事もないかも知れない故郷や、旅路の風景を少しでも多く目に焼きつけようと。


 その道を十年も経て、息子と共に故郷に戻る。

 母の胸にはどんな想いが到来しているのだろうか。

 聞くのも憚られて、俺はそっと手を伸ばすと母様の手を握った。二人で黙って窓の外を眺める。


「妃殿下、もう少しご辛抱ください。直にシアーズです」

「えぇ、今まで有難う、ワルター。わたくしは大丈夫です」


 窓の外から分隊長に気遣われ、母は弱々しく頷いた。

 その薄い唇が微かに動いて、囁くような調べを奏でる。


「麗しの都、シアーズ……」


 ほのかな歌声が風に消えていく。

 "麗しの都シアーズ。そは深き森に抱かれ、青い宝石のたもとで我らエントールの子を待ち受ける"と、吟遊詩人に謳われるシアーズ公国。

 歌と音楽の街。


 シアーズには首都以外に大きな街はない。他には山の中に細々と村が点在しているだけで、国と言うのも憚られるほどの規模だ。連合国の一地方と言ってもいいくらいだ。


 しかし、その光景を初めて見た時、俺たちは息を飲むしかなかった。

 丘を越え、目の前に広がる光景。


「これは、これは……話には聞いておりましたが……」


 ワルターの声が途切れる。

 なだらかな下り坂の向こうに、開けた盆地が広がっている。

 一番に目を引くのは青とも緑ともつかないコバルトブルー色の湖だった。優しい秋の陽光を受けてキラキラと輝いている。


 そして、湖のほとりに佇む白亜の城フローレンス。物語から抜け出てきたかのような城だ。空に伸びる四本の尖塔も、中央の城もどこまでも白く、そこだけ切り取られたように周囲から浮かんで見えた。


 煉瓦造りの家々は素朴で、それでいて暖かみのある色合いを風景に添えていた。窓辺に花や緑を飾っている家も多い。

 遥か彼方から眺めただけで、美しさにゾクゾクと鳥肌が立つ。


 マーナガルムの灰色の街並みも好きだと思っていたが、とてもここには敵わない。

 足が地面に根を張ったように、ここから動きたくない、ずっと眺めていたいと思ってしまう光景だ。


「旅装では侮られそうですな」


 ワルターが自分たちの姿を見下ろして渋い顔をした。旅の間に埃にまみれ、皺だらけの格好だったからだ。

 俺も旅の間にけっこう髪が伸びてしまった。


「そうですね。とっておきの礼装に着替えましょう」


 これは凱旋なのだ。

 決して、母と俺は国を追い出されて祖父の元に身を寄せるわけではない。

 別離ではないと国内外に知らしめるために、父フィリベルトは一国の王が一ヶ月半も国を開け、他国に訪問すると言う前代未聞の計画を立てたのだから。


 俺たちは堂々と、胸を張ってシアーズに乗り込まなければいけない。

 サラクレートで流行の服を作っておいて良かったな。ほんとにセイン様々だ。


 服だけでなく、騎士たちは馬にも入念にブラシをかけた。馬丁たちは馬車の外見を整えている。

 もう既に先遣隊は城につき、おおよその到着の時刻を伝えている頃だろう。

 まだ見ぬ祖父は今か今かと首を長くして俺たちの来訪を待ちわびているに違いない。


「行きますか」


 俺たちはピシリと礼服に身を包み、胸を張って立ち並んだ。

 騎士団は鎧だからいいかも知れないが、俺の服はなんだかヒラヒラしていて前世の感覚ではちょっと恥ずかしい。


 胸元や袖口にたっぷりのフリルが使われている白いシャツ。少し大きめに作られていて、手の甲が半分も布地に隠れている。

 襟には金のフリル留め。その上にはおるのは、俺の髪の色に合わせて選ばれたジャケットだ。明るいオレンジと赤の中間のような色の布地に、金糸で縁取りがされている。

 ズボンだけは生成りで落ち着いているのが救いだ。


 どこの王子様かと思うが、そう言えば王子なんだよな、俺。

 こんなの似合ってるのかと疑問に思うが、俺を着替えさせた侍女たちはキャッキャッとご機嫌だったので信用しておこう。


 懐かしき故郷の街並みを間近にして、母様も活力が出てきたようだ。ベッドの上に身を起こして、窓の外の光景に目を輝かせていた。



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