第20話 ファンクラブ結成!
寝る前に興奮し過ぎたからだろうか。
「ん……」
一度、寝たはずなのに中途半端な時間に目が覚めてしまった。
うっすらと薄目で確認すると、まだ外は深夜のようだった。パチパチとはぜる焚火の明かりがテントの中を照らしている。
ヒソヒソと音量を抑えた誰かの話し声が聞こえる。
俺は毛布から抜け出ると、他の人を起こさないように靴を履いて、そっとテントの入り口から這い出した。
見張りをしていたセインたちが気づいて、驚いた顔を向けてくる。
話し声の調子からそうじゃないかと思った。
「起こしてしまいましたか」
申し訳なさそうに頭を下げられるが、首を振って答える。
「ううん。なんだか目が冴えちゃって。まだお茶あります?」
「ありますが、随分濃いですよ」
「いいですよ、それで」
焚火にかけられて熱々のお茶を金属のコップに入れて渡してくれる。焚火の側に座ってそれを受け取ると、アレクがマントを外して肩からかけてくれた。
あまりに熱いのでマントの裾で包み込むように両手で持って、ふーふーっと息を吹きかける。
騎士団は三交代制で見張りに立つ。
その眠気覚ましのためのお茶だから、相当濃い。カフェインたっぷりだな。眠れなくなると困るから、ちょっとにしとこう。
お茶を啜りながら俺は夜空を見上げた。
この世界で夜に起きる人はあまりいない。ましてやここは無人の地。パチパチとはぜる焚火以外に明かりはない。
それでも怖さを感じなかったのはこいつらがいるせいかも知れないな。
なにせ、マーナガルムの騎士たちの強さは折り紙つきだ
漆黒と言っていいほどどこまでも黒い空には、上天から端までこれでもかと星が敷き詰められていた。その星の海で緑や桃色の月が存在を主張している。
この世界が異世界だと感じるのは地球にはない色の幾つもの月を見上げる時だけだ。
それ以外は魔法も魔物もいない、残念な世界。
神が去った世界。
その中で人だけが今も地上で生きている。
俺は夕飯の時も感じた感謝の念を神に捧げながら、視線を空から間近の騎士たちへと戻した。眠る前も思ったが、二度目の人生を生きられるだけでなく、こいつらに出会えた俺はとてつもなく運がいい。
すっかり見慣れた四人の顔を順繰りに眺める。
「何を話していたんですか?」
尋ねると奴らはバツが悪そうにお互いの顔を見合わせた。は、はーん。これは俺の噂話でもしてたとみたね。
ニヤリと口の端を上げる。
「僕の悪口でも言ってましたか」
「だから、それは謝ったじゃないですか、ルーカス様!」
ヒソヒソ声ながらもアレクが悲鳴のような声を上げた。
安心させるために、すぐに相好を崩す。
「ほんのおちゃめな冗談ですよ」
「冗談に聞こえないって……」
額の汗を腕でグイと拭ってぼやくアレクに、ハハハと幾つかの小さな笑い声が夜空に消えた。
こいつらはほんとに仲がいいな。
分隊の中では若干、他の隊員と年が離れているせいもあって、大体いつも四人でつるんでいる。
羨ましくなんかない……と言ったら、嘘になる。俺はこっちの世界に生まれてから友達らしい友達がいない。
シアーズで落ち着いたら友達くらいできるだろうか。
四人の様子を眺めながら、ぼんやりとそんな事を思う。
やがて全員が静まり返った時、セインが皆を代表するように口を開いた。
「ちょうどいい機会だ。殿下にお伝えしようと思うが、どうか」
めいめいがセインに頷きを返す。
どうしたんだろうと目をぱちくりと瞬くと、セインが改まって俺に向き直った。
居住まいを正し、真顔で切り出される。
「我々はこう話していたのです。次に陛下にお会いした際に、正式にルーカス様の騎士として任じて貰おう、と」
俺は、ポカンと口を開けて四人を見上げるしかなかった。何を……何を言ってるんだ、こいつらは?
「え、だって皆さんは、アルトゥール……兄上の派閥ですよね?」
「あー、それは父がそうだってだけで、あんまり俺たちには関係ねーんですよね」
「皆、父と兄がいますしね。俺たちまで同じ道を歩まなくていいんじゃないって?」
「うむ」
アレクとユーリがそれぞれ、明るく言い放つ。
ルッツが最後に大きく頷いた。
心臓が早鐘のようにドキドキと鳴る。
四人は俺の前に跪いて、右腕を胸の前に当てた。主君にするように。
「どうか許可をいただけないでしょうか?」
「許可……許可って……僕についても何もいい事なんてありませんよ!」
俺は日本から来ただけの、ただのオタクのおっさんだ。
別世界の知識と、大人の記憶で少しばかりドーピングしているだけで、それがいつまで持つか分からない。
ましてや俺は第二王子で。国になんて、いつ帰られるか分からなくて。
出世する道もなくなるのに。
「ハハ。ルーカス様より面白い人がどこにいるって言うんです?」
「そうそう。いい事なくても、面白い事はいっぱいありそうですよ」
振り向いたセインに、ゴイン、ゴインと、アレクとユーリが続けざまに拳骨を落とされる。
「だからお前ら、口が過ぎるぞ」
「いてっ……セイン、手を出さなくても口で言や分かるって」
アレクは片目を閉じて頭頂部をさすった。
セインはゴホンッと咳払いをして、再び俺に向き直る。
「こいつらが失礼を申しました。しかし皆、心は同じです。ルーカス様、我々は貴方を主と定めたのです。この命続く限り御仕え致します」
物語の騎士のように恭しく頭を下げるセイン。
アレクはニヤニヤと。
こっそりユーリはウィンクしてきて。
そして遅れてルッツが、全員が俺に向かって叩頭した。
俺は……俺は、何も答えられなかった。
ある日の出来事が鮮明に頭に浮かび上がってくる。
あの日、エラムは俺の前に両手をついて忠誠を誓った。それはじーさんの妙な勘だったのかも知れなかったが。
あぁ、エラム。俺にお前以外の家臣ができたよ。
教えたらなんて言うかな。ルーカス様の真価を今更分かるなどと笑うのかな。少なすぎるって怒るかな。
頭を上げたセインが優しく微笑む。
「ですから、我々家臣に敬語など使われる必要はないのです」
「分か……ったよ」
手を振って皆を立たせる。癖でつい丁寧に話してしまいそうになるが、なんとか語尾を変える。
これはあれだ。ぼろが出ないように慎重に話すようにしてたら、こんな口調になってしまったんだ。
頭の中の一人称が俺で、喋り口調は僕とか、俺だってたまに混乱しそうになるのだ。
そう言えば。
俺の家臣になるなら、ぜひとも入って貰わないといけない団体がある。
団体って言っても、今は俺一人だけど。
俺は地面にコップを置くと立ち上がって、皆に向かってにこやかに両手を広げた。
「有難う。お前たちの気持ちは良く分かった。ついては、お前たちをアルトゥールファンクラブに歓迎する!」
「は?」
四人の動きが目に見えて固まった。
「いや、違いますよ。俺たちが仕えたいのはルーカス様ですよ?」
「だからファンクラブだって。僕の家臣になるなら強制参加です。アレク、お前、兄上が好きそうだから会員ナンバーツーね。一番は僕だから」
理解していない様子の彼らを放って、俺は勝手に二、三、四、五と指差しながら番号を割り振っていく。
「その、ファンクラブってなんなんですか?」
「いい質問だ、ナンバースリー」
「いや、俺、ユーリですけど……」
諦めろと言うようにファイブことセインが、その肩に手をかけて首を振っている。
さすが、俺のイケメンアレルギーの一番の被害者。こういう時の俺が止まらない事は良く知っていらっしゃる。
「会の主な活動は、兄上を称賛したり、兄上の主催されるイベントに出席することだ! その内、会報誌も発行したいと思っている」
俺は得意満面、腕を組んでうんうんと一人、頷いた。人差し指だけをピンと上げ、片目を閉じて、いたずらっぽく口の端を上げる。
「当面の目標は兄上の成人の儀に出席する事だな」
「それは……」
遠回りな俺の言葉を徐々に理解して皆の瞳に光が戻ってくる。
「つまり四年で国に帰るおつもりだと?」
「あぁ、そのつもりだ」
すみませんね。回りくどい人間で。
照れるとつい、奇行に走っちゃうんだよ。
それくらい、こいつらの気持ちは嬉しかった。一気にお兄ちゃんが増えた感じだな。精神年齢的にはかなり年下だけど。
こうしてその夜、アルトゥールファンクラブは正式に発足した……じゃなくて、俺の家臣が五人に増えた。
危ない、危ない。ネタと本音が逆になるところだった。
それはそれとして、全員、ファンクラブには入って貰うけどな!




