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第5話 幼児でいるもの楽じゃない

 

 それからおいおいローズが教えてくれたところによると、俺が二度目の生を受けたこの国はマーナガルムと言って、できてまだ百年も経っていない小さな国らしい。

 大陸の北方の山の中に位置していて、どこを見回しても木、木、木ばかり。鬱蒼と茂る森の中に、ぽつんと小さな首都がある。

 文明レベルはいわゆるヨーロッパの中世くらい。


 山の斜面に作られた畑を耕し、ヤギや羊を放牧して、野草や木の実、キノコなんかの恵みを集めたり。随分、素朴な暮らしをしているようだ。

 そんな場所だからかこの世界の人たちはやたらと迷信深くて、神が普通にいると信じている。


「マーナガルムとは月食(つきは)みの狼と言う意味です。大昔、この付近に山よりも大きく、月を食らうほどに巨大な狼の姿をした神がいらした事に由来しているのですよ」


 真面目くさった顔で、ローズは神がいたと言う話を疑いもせず口にする。


「狼の神様ですか」

「大神マーナガルム様ですね」


 なんで神様の名前と国名が一緒なんだよ。ややこしいな。

 あまり本はないのか、ローズは狼が描かれたタペストリーを見せてくれた。背景の山よりも巨大な銀毛の狼が、四肢を広げて大地にどっしりと立っている織物だ。


 その(あぎと)は遠吠えをするように大きく開かれ、今にも噛み砕かんばかりに口の中に黒銀の月がすっぽりと入り込んでいる。

 かつて月のひとつが地上へ堕ち災厄がこの世を襲った時に、マーナガルム神が堕ちた月を飲み込んで世界を救ったという伝承のワンシーンだ。


 大狼神(たいろうしん)マーナガルム。その物語を聞いた時、俺はワクワクと胸を高鳴らせた。

 いかにも冒険が始まるような、そんな予感がしたからだ。

 異世界転生って言ったらあれだろ? チート能力があって、魔力とかめちゃくちゃ高くて、冒険者になってバンバン戦うやつ!


 しかし残念ながらここはファンタジーな世界ではなかった。魔法もなければモンスターもいない。ほとんど地球と変わらなくて、ただ文明レベルがかなり前ってだけだ。

 期待しただけにがっかりだな。

 地道に生きて行くしかないって事か?


 ベビーベッドに横になっていると、大人だった頃からすると信じられないくらい、すぐにうとうととしてくる。何時間でも眠れる感じだ。

 大人の記憶を持っていると言っても、やはり身体は赤ん坊なのだ。

 ぼんやりした眠さに自然と瞼が落ちて、気がついたら朝とか昼とか、数時間経っている。


 起きるのは決まってお腹が空いた時だ。

 あまり不気味に思われないために子供っぽい演技も上手くなった俺だが、ひとつだけ断固として拒否した事がある。

 それは授乳だ。


 記憶を取り戻した日も、俺は考え事をしながらいつの間にか寝落ちしてしまったらしい。ぱちっと目を覚ました俺を見て、ローズが急に胸元のボタンを外し始めた。

 ぎょっとして俺はローズのそこをマジマジと見上げてしまった。

 ローズは着やせするタイプのようで、開いたブラウスの内側にふっくらと大きなそれが見え隠れしている。


 一体、ローズはどうしちゃったんだ。こんな赤ん坊の前で。と思うが、それは俺が赤ん坊だからだった。


「そろそろ、お腹が空かれたでしょう?」


 そう言ってローズは今までしていたように、慣れた手つきで俺を抱き上げて乳を吸わせようとした。

 俺は弱り切って、ブンブンッと大きく首を振った。


「駄目駄目駄目駄目―! それは駄目です!!」


 ジタバタと手足を動かして暴れると、困惑してローズは俺をもう一度、ベビーベッドに下ろした。


「一体、どうなされたんです? まだお腹が空いていらっしゃらないんですか?」

「そ、それは~……」


 なんと答えていいのか分からず、俺はウロウロと目を泳がせた。

 一歳半って、まだお乳を吸っている頃なのか。赤ん坊を見た事がなかったから知らなかった。

 小さな身体はたった数時間寝ていただけでエネルギー切れになってしまったようで、言われてみればグーッとお腹が鳴っている。


 そりゃ俺だって男として、母乳の味はどんなだろうとか、合法的に乳が吸えるのは今だけだなんて葛藤がなかったわけではない。

 しかし三十歳を過ぎた男の記憶を持つ身としては、人妻の……他人の母の乳を吸うなどと言う愚行を犯すわけにはいかなかった。

 もちろん実母の乳もちょっと無理だ。


「ええーっと……そうだ、離乳食! 離乳食があるはずですよね!!」

「それは、お作りするよう手配はできますが」

「僕だってもう大きくなったんです。いつまでもお乳を吸っている年齢じゃないんです! 今日からは離乳食を食べる事にします!!」

「は、はぁ……」


 拳を握って力説する俺をローズは呆れたように見つめていたが、最終的には不承不承、許可してくれた。

 そんなわけで俺は早々に離乳食のお世話になったのだった。

 なんとか窮地を脱する事ができたぜ、と秘かに息を吐き出す。記憶が戻ったのが生後すぐとかじゃなくて良かった。とんだ羞恥プレイになるところだった。


 野菜をすり下ろした離乳食は味がなくてモソモソしていた。

 ローズにあーんされて木のスプーンを口に入れて貰う。味気ない離乳食を飲み下しながら、できるだけ早く固形物が食べられるようになりたいなぁと思う。


 ちなみにケルビンはもちろん、実母であるローズのお乳を普通に吸っていた。

 うっ、羨ましくなんかないんだからねっ!



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