第4話 転生先は異世界でした
ここは前世の俺が生きてきた日本ではない。
いや、どうも地球ですらないようだ。
「ええーっと、日本とか……地球とか知らないですよね?」
念のため、ローズに聞いてみる。ローズは口には出さなかったが、何言ってんだお前と言わんばかりに眉間にくっきりと皺を寄せて俺を無言で見下ろしてきた。
「ご、ごめんなさい。僕の勘違いです……」
とりあえず涙目で謝っておく。無言ってのがよけい堪える。夢に見そうだ。
ローズには不審がられているが、それはもう仕方ない。初動を間違えた俺のせいだ。赤ん坊に生まれ変わったと分かった時点で、もうちょっと言動に気をつけるべきだったのだ。
だけど記憶を持ったまま転生するなんて思わないだろ、普通!?
それにおかしくない? 本来なら転生って、自分の生きた時代より後、つまり連続している世界で生まれ変わる事を言うんだと思う。
けれど、ここは俺の知っている地球の未来ではない。
それにしては文明の程度が低すぎる。電気もないし、ガスもないのだから。
一応、水道は整備されてるらしいが、それは蛇口を捻ったら水が出ると言う便利なものではない。いわゆる川の水を街まで引いてきているだけだ。
もし世界大戦か何かで文明が滅んだのだとしても、あれだけの科学や遺物がひとつも伝わらないはずがない。
だから未来ではないと思う。
過去と言うのも考えたが、過去に転生するっておかしくない?
「う、うーん……?」
考えれば考えるほど混乱してくる。
そもそも記憶を持ったまま生まれ変わること自体がおかしいのだが、あるものは仕方ない。
それを否定すると、この頭の中にある前世の俺と言う存在が危うくなってしまう。
俺だって前世なんて全て妄想じゃないかと考えた。
ここには携帯もない。パソコンも車も電車も飛行機も、テレビも洗濯機も何も、何ひとつない。
知り合いもいない。両親も親戚も友人も同僚も、前世の俺を知っている人はどこにもいない。
この世界の人たちにとって俺はルーカスでしかないんだ。
「ルーカス様? それで、お知りになりたい事はこのくらいでよろしいのですか?」
「う、うん、ちょっと待ってください……頭を整理してますので」
俺はベビーベッドにちょこんと座り込んで、顎にぽっちゃりとした手を当てた。ウンウンと声を上げて考え込む。
たかが一歳半の子供が妄想で前世の話を作り上げられるだろうか?
世界観に矛盾なく、前世の俺が生きた三十何年間や、そこで出会った人々の全てを?
前世の記憶は、まるで昨日まで日本に暮らしていたかのように生々しく俺の脳に焼きついている。目が覚めたらこんな身体に生まれ変わっていた、みたいな感じだ。
だから俺は前世については疑わない事にした。
転生だか妄想だか分からないが、この頭の中にある記憶を否定するのは悲しすぎる。
俺くらいは誰にも看取られずに若くして死んだ、この中年サラリーマンの記憶を覚えておきたい。
それよりここがどこかと言う話に戻るが、いかんせん前世の俺はあまり頭がいい方ではなかった。歴史や地理にはまったく詳しくない。
せいぜい思い出せるのは学校で習った事くらい。
その乏しい知識と照らし合わせても、ここは地球のどことも違うような気がする。
「え、えっと。じゃあ、マーナガムル以外にはどんな国があるんですか?」
「そうですね。南にはサスキートやラクトス、北西に賢者会を有するエインリル。遠い南方にはルーカス様のお母様であるソフィア様の出身国、シアーズ公国などもございますよ」
俺たちの名前や人種からするとヨーロッパの方かなとも考えたのだが、それにしては聞いた事のない国名ばかりだ。
しばらく考えて俺は、地球とは別の星、もしくは別の世界へ生まれ変わったのではないだろうかと思い始めていた。
前世のラノベ界で流行っていた異世界転生ってやつだな。
いやー、俺もしちゃったか、異世界転生!
なんで転生できたのかは分からないが、前世の自分が死んだんだろうなって言うのは理解していた。
最後の記憶が心臓付近の激痛で気を失って倒れたところで途切れていたからだ。
かなり不摂生して若い頃から成人病のオンパレードだったからな。心臓発作とか、血管に血が詰まったとかだったんだろうか。
今となっては想像するしかない。
前世の両親の事を考えると、胸がズキズキと痛んだ。俺は一人っ子だったのに、二人を置いて先立ってしまうなんて。
俺はあんまりいい息子じゃなかった。オタクで、嫁どころか彼女すら見せてあげられなかった。しょっちゅう身体を壊して心配ばかりかけていた。
俺は前世でちゃんと両親にありがとうを伝えられていただろうか?
罪悪感に俯きそうになる顔を強いて上向かせる。近くではローズが、急に黙り込んだ俺を不思議そうに眺めている。
もう戻れない前世を後悔するくらいなら、この世界でだってきっと俺にできる事があるだろう。
誰が俺に二度目の人生をくれたのか分からないが、せっかく授かった命だ。
今度は健康に気を遣って、それで前よりもうちょっと頑張って生きてみよう。
いきなりあれもこれもって欲張ったら、俺の事だ。面倒臭くなって何もかも放り出してしまうかも知れないからな。
決意も新たに笑顔でローズを見上げる。
「ルーカス様? まだ何か?」
いきなり暗くなったりニコニコしたりと百面相を見せる俺に、ローズは奇妙なものを見る目つきを向けてきた。
うん、ローズも悪い人ではない……と思う。
聞いたことには答えてくれるし。
だからこの圧には慣れるしかないな……。