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第4話 国境を越えて


 エストナ山脈の広い裾野を降りきれば、そこからはついにマーナガルムの国外だ。


 この大陸は一般的に祝福された大地(アレストリア)と呼ばれている。

 俺たちの住んでいるエストナ山脈を北限として、これから向かうシアーズ公国の更に先、南の大海に至るまで幾つもの国がひしめきあっている。


 国境線に印なんて特にない。川とか丘とかそんなところでおおよそ区切られていて、たまに攻め込まれては後退したり、攻め込んでは領土を広げたり、そんな一進一退の日々らしい。


 マーナガルムの国境はそう長くない。

 平地があるのはこの裾野くらいで、後は全て山の中だからだ。

 街が点在している以外は深い森に覆われ、東西や北側に他の国はない。


 できてまだ百年も経っていないこの国では、南の国境線を守る辺境伯たちは王家に連なる血筋の、俺の叔父や大叔父たちで構成されている。

 万が一にも裏切ることのない、父の信頼する人たちが任務にあたっているのだ。


「ルーカス! 久しぶりだな。少しは背も伸びて男の子らしくなってきたんじゃないか?」


 んー、叔父さん、それってどう言う意味なのかなー?

 グリグリと頭を撫でられながら、引きつった笑みを浮かべてしまう。


「ソフィア義姉さんもお久しぶりです。どうぞごゆっくりなさって下さい」

「ありがとう、ローレンツ。皆様方もお久しぶりです」


 叔父さんたちは、あまり会えない俺たちの到来を喜んでくれて盛大な宴を催してくれた。

 あまりにも歓迎してくれたものだから出て来るのが大変だったほどだ。


 なんか、こういう関係もいいよな。

 攻め込まれればひとたまりもない小さな国だから、身内の意識が凄く高い。

 誰が上とか下ではなく、首都と国境線でそれぞれに国を守っている。


 いつか……俺とアルトゥールもこういう関係になれればいいなと、遠い将来を思う。

 兄が王座についたこの国を、この辺境から守るのも、そんなにあり得ない未来ではないだろう。

 そう思えば、エラムに言われたからってわけじゃないが、これから先の国の情報収集に身が入るな。


「いよいよ明日からは別の国なんですね」

「ローズ、まさか緊張してる?」


 俺の服をトランクに整理しながら深々とため息をつくローズを、ニヤニヤと見上げる。


「そのような事はございません」


 そう、ローズは勝気に答えたが、やはり夜はなかなか寝つけなかったのかも知れない。

 次の日、少し眠そうに欠伸をしていた。


 騎士たちは油断なく、侍女たちは恐々と、そして俺だけが意気揚々と国境を越えた。

 他にもう一人、オレイン先生は普段通りだった。


「先生は他国に行くのは怖くないんですか?」

「はい~。私は元々、マーナガムルの出身ではないですからね~。陛下にお声をかけていただいた時も、こうして国を越えて来たんですよ~」


 さすが、幾つもの国を跨いでマーナガルムに来ただけあって旅慣れている。

 いつか、先生の冒険譚も聞いてみたいものだな。神子(みこ)は波乱万丈な人生を送る人が多いのだ。


 前世の日本と違って、この世界では都市は大抵、城壁に囲まれていて、街と街の間にはほとんど人は住んでいない。

 多くの人が生まれてから死ぬまで自分の街を出る事すらないので、国を越えるほどの長旅を経験している人は少ないのだ。


 最初に通過するのはマーナガルムから見て南西に位置する小さなラクトスという国だ。

 本当はまっすぐ南に抜ける方がシアーズ公国には近いのだが、そっちはちょっと好戦的なので避けざるを得なかった。


 ラクトスはあまり特産物もない、のどかな国だ。主な産業は酪農と小麦栽培くらいか。

 正妃ツツェーリアの出身地であるイグニセムと、マーナガルムを結ぶ直線上に位置しているので、交易の商隊が通ることが多く、その恩恵を受けて生活している。


 まぁ、半分、イグニセムの属国みたいなものだ。

 それを言ってしまえばマーナガルムもそうなので、大国の傘下同士、それなりに仲がいい。


 平地を持つラクトスからマーナガルムが食料を買って、反対にラクトスにはない鉄を売ったり、有事の時には傭兵団を派遣したりしている。

 持ちつ持たれつの関係ってやつだ。


 国王は御年五十歳で、この世界では老人と呼ばれ始める頃あい。半ば国政を息子に譲りつつある。

 俺たちが大人になった頃には、その次の世代に交代するくらいか。


「お初にお目にかかります、ルーカス・アエリウス・エル・シアーズと申します」

「お、おぉ……貴殿がルーカス殿下か。良くおいでになられた」


 書簡や先ぶれで俺たちがやって来るのは知っていたはずだが、本当に姿を現したのを見て、王も皇太子も若干、驚いていた。

 十数人も子供がいる大国ならいざ知らず、マーナガルムには俺とアルトゥールの二人しかいない。女姉妹もいないのだ。

 その次男を国外に出すと言う行為に驚いたようだ。


 次男は本来、長男のスペアだ。この世界では人の命はあっけない。ましてや子供など大人になれる確率も低いのだ。

 アルトゥールに万一のことがあった時に俺がいなければどうするつもりなのかと、他国の事ながら心配になったのだろう。


 しかも俺は神童として他国に名を馳せている。

 普通の親であれば何がなんでも手元に置いておきたい人材のはずだ。

 それ程、父が俺を国の外に出したのは非常識な事なのだ。


 うーん、まぁ、本人、何も考えてない可能性があるけどな。なにせ若い頃は跡取りの癖に国を飛び出て、ヒューゴさんと二人、武者修行をしちゃってたわけだしな。

 同じノリで可愛い子には旅をさせよとか思っているのかも知れない。

 いくら父様でもそれはあんまりすぎるので、ここは俺に対する信頼が厚い、と結論づけておこう。


「先を急がれたい気持ちもあるだろうが、ぜひ我が国でもゆっくりなされよ」

「お気遣いに感謝致します」


 いかにも素朴なお国柄らしく、心のこもった笑みを見せてくれる国王に、丁重に頭を下げる。


 ともあれ俺たちはここでも歓待を受けた。

 ついでに俺はアルトゥールと同年代くらいの孫王子たちとも少し遊んだ。

 アルトゥールみたいに利発な子は一人もいなかったとだけ言っておこうかな!


 この辺りはまだ同じ言語圏なのでマーナガルムで使われているカルム語が通じる。

 ここから先の国でも困らないように、俺は旅に出るまでの間、途中で通る国で主に使われている数ヶ国語を簡単にであるがエラムに仕込まれていた。挨拶くらいは問題ないはずだ。


 シアーズ公国を含む山岳連合(ユヌ・モンターニュ)付近で広く使われているウィリル語に関しては、簡単な読み書きや日常会話ができるレベルになっている。

 まぁ、母様の故郷だからな。ネイティブが側にいるので練習がはかどったのだ。


 俺だけじゃなくて、この旅に同行している人たちは、少なくともウィリル語は習得しているはずだ。

 なにせ数年は住む予定だから言葉が話せなきゃどうしようもない。


 その他にも、実はこの世界には古代語(サヒール)と言う共通語がある。庶民はほとんど喋れないようだが、上流階級であれば言語が通じない国の人同士でも問題なく話ができる。

 覚えておくと便利ではあるが、このサヒール、ちょっと発音が難しいのだ。前世で言うとラテン語みたいなもんだろうか。ラテン語なんて聞いたこともないので、ただのイメージだが。

 侍女や騎士なんかは皆、身分が高いから全員、喋れるはずだ。


 ラクトスでは日持ちするチーズをたくさん買って、俺はご機嫌だった。これからの旅に彩りを添えてくれるだろう。

 さすが酪農の国、俺が知らないだけかも知れないが、日本では見た事もないチーズもあったぜ。


「ルーカス殿下? またこんなに買い物して、ローズさんに叱られても知りませんよ?」

「う……マルコが買ったって事にしておいてよ」

「もー。またそうやってすぐ俺を隠れ蓑に使う! まぁいいっすけどね」


 後ろから口を尖らせてチーズを抱えたマルコがついて来る。俺は振り向いてニヘラッと、ちゃかすような笑みを見せた。


「よっ、マルコ! おっとこまえ~! やっさし~い!」

「そんな事言われても誤魔化されませんからね。あ、ルーカス様、ちょっとあそこの店にも寄って行きません? 珍しい食べ物が……」


 つい、マルコと一緒にはっちゃけてしまったぜ。

 旅の間にマルコと色々、料理に試してみるのが楽しみだな。

 自国とは違う食べ物や風習を知るのも旅の醍醐味のひとつだろう。


 そんな風に俺たちは、最初の国を比較的、のんびりと通過した。



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