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第1話 旅の始まり


 旅の日々は数日経っても俺に高揚感を与えていた。

 愛馬に跨り、馬車の外から母ソフィアに声をかける。

 母様は体調も良いようで、ベッドに座ればちょうど外が見えるように作った馬車の窓から、物珍しげに外を眺めていた。


「母様、お加減はいかがですか? 肌寒かったりしないですか?」

「も~、ルーカスちゃん、それ何度目なの? ちゃんと大丈夫です!」


 既に二十代も半ばが近づいてきていると言うのに、相変わらず少女のように見える顔をふくれっ面にして母様はむくれた。

 夏の風に吹かれて白金の細い髪がサラサラと揺れている。


 本当にある意味、化け物みたいな人だよ。

 あれか、日本で言うところの美魔女みたいなもんか?

 ちょっと違うか。


 母が横になっているベッド以外に、二人は座れるように作った馬車の中にいるのはオレイン医師とローズだ。

 実際に先生が乗る馬車は後方にあるのだが、俺が降りて席が空いた分、強引に引っ張って来て母を監視して貰っていた。


 医師の神ウレイキスの加護を受けし神子(みこ)であるオレイン先生は、具合の悪い箇所が光って見えるという異能力を持っている。

 人間ドックいらずの凄い能力だ。

 この世界、魔法はないのにこうして神の力は普通に具現したりしていて、ちょっとチグハグなところはある。


 ともかくオレイン先生が母を見張っていてくれれば安心だ。

 具合が急変する前に気づいて貰えるだろう。


 だからオレイン先生が心臓の悪い母様の胸元をジッと見つめていても、それは診察しているだけでエロい気持ちは一切ないのだ。どんどん見て欲しい。

 大体、母様に見て分かるような胸の膨らみはない。


「ルーカス殿下は心配性ですねぇ」


 反対側の窓からぽややんっとしたオレイン先生の声が聞こえてきた。

 もうすでに三十歳は超えたんだっけか?


 オレイン先生はヒョロッと背が高くて、髪はぼさぼさで、柔和な顔立ちをした男性だ。とてもじゃないが外見からは凄腕の医師には見えない。

 お弟子さんの中にはおっさんもいるので、並んで立つと先生の方が弟子みたいに見える。


 しかしその異能力を除いても彼は頭の切れる天才肌だ。

 なんだか間延びして聞こえる喋り方をしているのは性格もあるようだが、この国出身じゃないのでカルム語の会話にあまり慣れていないからだ。考え考え話しているらしい。


「天候や、妃殿下の体調も含めて出立前にさんざん話し合ったじゃないですか~」

「それはそうなんですけど」


 喋りながらも、俺たちの一団はゆっくりと旅路を進んでいる。

 俺や母、ローズ。オレイン先生のところが四人。護衛の騎士が十人。侍女や馬丁まで含めると総勢二十人を超える大人数の一団だ。

 この他にも先の街に向かっている先遣隊がいて、城から旅立ったのは三十人程。


 標高の高い首都マーナルガンを過ぎると、あとはひたすらに山を下っていく。

 ここはまだ国の主要街道のひとつなので、道も一応は舗装されている。深く刻まれた轍の上を辿る旅だ。


 人の行き来の多い夏なので、近くの農民の馬車や、商人と行き交う事も多かった。

 俺たちの旅立ちは国に広く周知されていたので、そういう時、彼らは自分たちの馬車を止め、道の脇に立って頭を下げてくれた。

 たまに地面に膝をついて更なる敬意を示す人もいた。


 俺が馬車の中や馬上から手を振ると、彼らは一様に感激した様子で大きく手を振り返したりしてくれた。特に貧しそうな農民にその傾向は強かった。


「ルーカス殿下、お目にかかれて光栄です」

「お気をつけていってらっしゃいませ!」

「お早いお帰りをお待ちしております!」


 皆、口々にそう言って、感銘を受けたようなキラキラとした目を俺に向けてくる。


 これはあれだ、俺が国の食料事情の改善や、燃料の確保、防寒対策、衛生指導なんかをした結果だ。

 誰からとは告げず広めて貰ったのだが、国民の間では俺からの指示というのは周知の事実のようだった。


「う、うん。ありがと……」


 こう言う時、王族として振る舞えって言われても、前世が平サラリーマンな俺には難易度が高い。

 せいぜいキョドって引き攣った笑顔を返す事くらいしかできない。


 あー、まずったな。

 本当に兄アルトゥールが考案した事にして広めれば良かった。

 俺なんか裏方でいいのに、兄の代わりに王に、なんて国民に思われるなど、もし冗談だとしても迷惑極まりない。


 ま、俺が国を出れば、噂も下火になるだろう。

 いい意味でも悪い意味でも目立っていた俺さえいなくなれば、もともと素晴らしい素質を持つアルトゥールの事だ。評判はうなぎ登りになるに違いなかった。


 今に見てろよ、お前ら。その時にアルトゥールの凄さに気づいても、ファンクラブには入れてやんないんだからねっ!

 腰に下げた剣につけている柄飾りを軽く握りしめる。

 五歳の誕生日に、父からは剣、アルトゥールからは柄飾りを貰ったのだ。


 何を隠そう、俺は自他ともに認める、マザコンでブラコンだ。

 六歳児であるこの身体とは違って、記憶は三十路を超えた日本のサラリーマンのはずなのだが、異世界で過ごす内に優しくされてコロッと二人に傾倒してしまったのだ。


 父? あー、あの人はどうでもいいかな。

 このマーナガルムの国王でもある父フィリベルト。数日前に別れたばかりの姿を思い浮かべる。


 たまに父らしい態度になることもあるが、通常運転のあの人は、何だか俺にとっては悪友みたいなもんだ。前世の俺と年代が似ているってのもあるんだと思う。

 子煩悩な父に聞かれたら泣かれそうなので鬱陶しいから言わないが。


 旅の目的地は母の生まれ故郷のシアーズ公国。

 普通の商隊であれば三週間で到着するところを、順調にいっても倍の時間をかけて進む予定だ。

 母の体調や道の状態にもよるが、約一ヶ月半くらいの旅路になるだろう。



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