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第37話 準備完了!

 

 出立するメンバーは、俺、母、もちろんオレイン先生と助手の一団。

 それからローズ。


 実はローズにはこの機会に俺の乳母を外れ、旦那さんや家族と領地に帰るって言う話が持ち上がっていた。

 しかし、ローズは即断だった。


「お断りします」

「は?」

「私以外、どなたがこの方の面倒を見るって言うんです?」


 俺の肩にふわりと手を置いて、厳しい顔をするローズ。

 ローズは心の思いと表情が真逆になる人だ。

 こんな顔をするのは、怒ってるんじゃなくて心配している時だ。

 反対されても俺たちに同行すると言う決意を込めてか、ローズは父様を真正面から見つめて言い切った。


 正直、三兄弟には悪いが、俺は嬉しくてローズの手にそっと触れた。

 この世界の俺のもう一人のお母さん。

 大好きだよ、ローズ。

 見知らぬ国に行くという不安が見る見る内に溶けていく。


「ソフィア様にも心を込めて御仕えさせていただきます」


 深々と頭を下げられて父もそれ以上は強く言わなかった。


「分かった。ローズも旅のメンバーに加える方向で調整しよう」


 少しでも母の負担を避けるために、気心の知れたローズがついて来てくれるのは有り難かったようだ。


 あからさまに尻に敷かれているらしき影の薄い旦那さんは苦笑するばかり。

 三兄弟の上二人も、もう十歳を超えているのであまり気にしていないようだった。

 成人が十五歳のこの世界では、十歳というのは日本で言うと感覚的に中高校生くらいにあたる。ちょうど母が鬱陶しくなる頃あいなのだろう。


 けれど、お母さんっ子で甘ったれの末っ子のケルビンは凄かった。

 部屋中の物を投げ散らかし、本や服を引きちぎり、大声で泣き喚いて癇癪を起こしたらしい。

 俺、ほんとにこいつと同い年なのかな。

 ローズも呆れて、母離れするいい機会です、とか突き放すように言っていた。


「ねぇ、ローズ、本当にいいの?」

「何がです?」


 繋いだ手の先、まだまだ追いつけない背丈のローズを見上げると、彼女は素知らぬふりをしてとぼけた。


「それに私はそう長くかかるとは思っていません。貴方がお母様をそんなに待たせるはずがありませんからね」


 不敵に微笑むローズに、やる気が出るやら、プレッシャーを感じるやら。

 善処します。


 エラムはどうしてもついていきますぞ!と連日のように父に直談判していたが、どう考えても行けるはずないだろう。


「うっせー、じじい! お前を他国にやれるわけないだろ! 話を余計、ややこしくするつもりか!」

「なんと、王よ。そのような物言いは心外ですな。このエラム、もはや何の力もないただの老いぼれですぞ」

「却下だ、却下! こんな時だけしおらしい老人のふりをするんじゃねーよ!」


 毎日、父の執務室から聞こえてくるやりとりに頭が痛む。

 一部の国では狼国(ろうこく)の妖怪なんて畏怖を込めて呼ばれているエラムだ。こいつがついて来ると知れば、今はかろうじて友好的な国も固く門を閉ざすだろう。

 まぁ、父とのやり取りも仲の良い親子喧嘩のようなものだと思えば微笑ましい……のか?


 それから俺たちより先行して領主に根回しをしたり、宿の確保をする先遣隊。

 おおまかなルートは決まっているが、次の街の様子や道の具合も調べて旅の路巡を考えてくれることになっている。

 現地に行ってみないと分からない事もあるからな。


 他に侍女や馬丁が数人。


 最後は護衛隊なのだが、騎士団の中であまり重要な任務についていない、なおかつそれなりに身分が良くて若い者を中心に新たに分隊が作られることになった。


 となると、あいつらしかいないんだよ。

 たった十人しかいない分隊なのに、セインと三馬鹿たちが全員含まれてる……発表を聞いた時、がっくりと肩を落としてしまった。


「ねぇー、父様。メンバーって今から変えられないんですか?」

「どうした、ルーカス? 何か不都合でもあるのか?」

「そう言うわけでもないんですが……」


 それとなく父に今からでも変えられないか打診してみたが、返答はかんばしくなかった。

 外交も兼ねているので下手な兵士を外にやれないらしい。

 気に入らない奴らだから、と言うわけにもいかず、モゴモゴと言葉を濁す。


 ちょっと不仲だからって親に言いつけるのってなんか違くない?

 それに父様はこう見えて王様なんだからさぁ。身分が上の俺が不平を言ったら、あいつらにお咎めがあるかも知れないし。

 うかつに愚痴も言えやしない。


 主に傭兵業で成り上がったマーナガルムの悪評は根強い。

 赤き狼が来る、と言うのは、とある国では子供への脅し文句に使われるほどなんだとか。


 今でも外貨の一番の稼ぎ頭はヒューゴさんが率いていた傭兵団なのだ。

 それ以外に輸出できるものなんて木材くらいしかない。

 鉄や銅はほぼ国内で消費しており、つきあいで少しばかりイグニセムとその周辺に卸しているくらいだ。


 長らく首都付近は平和だったので忘れそうになっていたが、この世界は動乱の時代なんだっけか。

 全面戦争には発展していないが、マーナガルムでも辺境では隣国との小競り合いは絶えない。


 この世界では隣国というのは一番の敵で、でも憎みあっているというわけではなく、それでいて虎視眈々と足を引っ張ってやろうとお互いに監視しあっている。そんな微妙な立ち位置なのだ。


 小国であればあるほどしたたかで、うさぎだと侮れば隙を見せた途端に食いつかれる。

 今からそんな国々を通り抜けて行くのだ。

 そんなわけで慎重に協議を重ねて選定された人員は覆らなかった。


 俺が煮え切らない態度なので、父様も何かを察したらしい。

 深々と嘆息される。


「ルーカス。王宮にもたくさんの人間がいるからな。意見の対立もそりゃあ、ある。だけどな、気に入らない奴らを御すのも王族の仕事だ。お前ならそれくらいできるだろう?」


 うう。初めて父様に説教されてしまった。

 父様は人に嫌われた事なんてなさそうだから、そう簡単に言うけどさ。

 前世であまり人と会話した事ない俺には、王宮の人数はちょっと負担だったりもする。

 だから家族や親しい召使い以外とほとんど交流してこなかったのが、ここにきて裏目に出るとはな。


 先行きに不安を感じながらも、不承不承、受け入れるしかなかった。

 ま、あいつら小物だから何とかなるでしょ。


 すっかり準備も整った晴れた夏の日。

 俺とエラムが天文台の面々と討議して、しばらく好天が続くだろうと予想した日。

 ついに出立の日がやってきた。



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