第30話 剣の稽古
ローズから剣の稽古の許可が出たのはそれから一週間後だった。
ヒューゴ先生が待つ広場に行くと、彼は手持ち無沙汰に剣の型を流していた。
右に振った剣を素早く手元に戻し、胴から小手、突きの後、上段から振りかぶる。
義足とは思えない動きだ。今でも現役でやっていけるんじゃないだろうか。
「よぅ、来たか、王子様。久しぶりだな。もうすっかりいいのか?」
「はい、お待たせしました。僕としてはもっと早く再開しても良かったんですが、過保護なお目つけ役がいまして」
「あぁ、あの女史か。おっかなそーだよな」
広場の隅に控えて刺繍の道具を取り出しているローズを見て、ヒューゴ先生はコッソリと呟く。
おっかないなんてもんじゃないです、はい。本人には口が裂けても言えないけど。
「というわけですっかり全快です!」
俺は勢い込んで両の拳をギュッと握って見せたが、ヒューゴ先生はいつも通り、そっけなかった。
「そうか。じゃぁ、いつもの素振りからな」
そーですよね。風邪が治ったからって、いきなり剣の稽古はつけてもらえませんよね。
準備体操の後、剣を両手で握って素振りを始める。
子供の俺でも扱えるよう小振りに作られていても、鉄剣はやはり持っているだけでずっしりと手に重い。
日本刀のように切れ味鋭いというわけではないが、銀に鈍く光るそれは刃物特有の惹かれるような美しさがあった。
剣は人を傷つける道具ではあるけれど、憧れもある。
それに戦が絶えず、盗賊なんかも出没するこの世界。自分の身や家族を守るためには、やはり武技には秀でていなくてはいけないのだ。
銃器はまだ発達する前らしく、この世界の戦いの主流は剣や槍、鈍器、あとは弓や投石器などの飛び道具だ。槍や弓もおいおい習っていくと思うけど、剣をものにしないと意味がないので今は素振り一辺倒だ。
俺は真剣な面持ちで、一心不乱に剣を振っていた。
素振りと言っても素早く振るわけじゃない。
ゆっくりと振りかぶって下ろす。振りかぶって下ろす。
剣の軌道を覚えるのが大事なので、型を意識しながら丁寧に振り下ろす。それだけで数回もすれば汗が滲んできて、腕が震え始める。
剣先が乱れてきたらヒューゴ先生が手に持った鞘で、コンコンッと剣先を小突かれる。
たまに無言で手本を見せてくれる。
ひたすらに地味で面白みのない作業だ。
しかし前世では学生時代からスポーツのひとつもやったことのない俺には、意外と新鮮で心地良かった。
こういう単純作業が性に合っているのかも知れない。
それからちょっとした型をおさらいして、今日の稽古は終わりだ。
だが、紹介された当初はヒューゴ先生の事を強面でとっつきづらい人かと思って距離感があった俺だが、お見舞いにまで来てくれたので今では少し気安さを感じ始めていた。
この日は稽古が終わってもすぐに帰らず、ヒューゴ先生に話しかけてみた。
「どうですかね? 俺って剣の才能あるんでしょうか!?」
期待に目を輝かせて見上げたら、先生は何とも言えない顔でポリポリと顎をかいた。
「あー、なんだかな。剣なんて何も考えず振ればいいと思うんだが、王子様はなんか色々考えてるだろ?」
「つまり?」
「才能ない」
ズバッと言われてしまった。
悲しくて泣けてくる。
異世界に来た楽しみなんて、剣か魔法しかないんじゃないのか。
魔法はないんだから、せめて剣だけでもと思ったが、そうか才能ないのか。
チート能力は何かないのか!? 記憶だけなのか!
もっと腕はこう上げた方がいいんだろうかとか、切っ先はこっちに向いてたとか、考えながら振ってるのがいけないんだろうか。
今度からは無心に振ってみるか。
試しに両足を開いて立つと、できるだけ無心に、無心に、と剣を振り下ろす。
「ほら、また何か考えてるだろ」
「う、うーん。奥が深い」
無心で剣を振ろうとかも考えてはいけないわけだな。それはやっぱり俺には無理かも。
さすが父様とかが向いてるはずだ。
そんな風に稽古の後の歓談をしていると、近くに騎士らしき集団がやって来た
騎士団の皆さんは身なりがいいからすぐに分かる。
それになんだか、金髪がサラサラだったり、青い目だったり、無駄にイケメンが多い。
なぜなら騎士団は貴族の子息が入るものだからだ。
貴族は美人の嫁を貰う。
美人の子供は美男美女になりやすいに決まっている。
騎士団はアルトゥールの第一王子派閥なので、俺の事は気に食わないはずなんだよな。
あんなところで見てないで早くどこかに行ってくれないかな。
と思ったが、彼らはどうも騎士団の中でも血の気の多い若い集団だったようだ。
「未だに素振りをしているとは」
「まったく、アルトゥール殿下なら、同じ頃にはすでに打ち込みの稽古をされていたぞ」
「勉強だけできても戦場に立てないようではな」
あからさまに俺に聞こえるように喋って下さっている。
ヒューゴ先生は興味なさそうに剣を担いで、肩にトントンッと打ちつけている。無言だが、気にするなと言ってくれているようだ。
残念ながら、こういう小物の声は俺にはまったく気にならない。
だって兄上が素晴らしいのは当たり前の話だからな!
むしろ、もっとアルトゥールの話を聞かせてくれないかな。
期待を込めて俺は彼らの方にチラチラと視線を向けた。