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第2話 幼児から人生やり直し!?

 

 女性二人は俺をベビーベッドに放ったまま、部屋の隅へ移動してヒソヒソと話し合っている。


「ソフィア様、さすがにおかしいです。赤ん坊がこんな唐突にお喋りを始める事はございません」

「そーお? そんなに変かしら? 子供の成長って個人差があるんでしょう?」

「だからと言って……」


 狭い室内だから話の内容が丸聞こえだ。

 怪しむ乳母ローズと違い、母ソフィアはまったく能天気だった。美少女然とした頰に人差し指を当て、きょとんと首を傾げている。


 そう。俺の母親は、息子である俺すらもびっくりするぐらいの美少女だった。

 零れんばかりの琥珀色の瞳。さらさらと流れる金糸のような長い髪。顔は小さくて、染みひとつなく真っ白だ。外見だけだと十五、六歳くらいに見える。

 俺が一歳半なんだから、さすがに実年齢はもうちょっと上だと思うけど。


 あー! 自分に語彙力がないのが悔やまれる!

 とにかく母ソフィアは見た事ないくらい可愛い……は母親に対しておかしいから、美しかった。

 こんな美人が本当に俺の母親なんだな。

 と思うと急に胸がドキドキしてきて、俺は強いて二人から目を離した。


 母とローズが口にしている言葉は日本語ではない。英語でもない。多分。不思議なイントネーションの言語だ。

 名前も人種もあからさまに外国人風だし、ここは日本じゃないみたいだ。


 なぜ俺が問題なく会話できるのかは推測するしかない。

 一歳半までの間に耳で聞いて自然と覚えていた言葉を、記憶が蘇った俺が思い出した日本語からほぼ自動的に翻訳して話せるようになったって感じかな?

 言語から覚えないといけないとかじゃなくて良かったぜ。


 俺は赤ん坊に生まれ変わった。

 それは理解したが、ここはどこで、俺は誰なんだろう?

 ベビーベッドにあぐらをかいてグルリと周囲を見回す。


 ここはローズの部屋なんだろうか。石造りで、ひんやりしている。壁には蝋燭を灯すための燭台がかかっていた。

 テレビやゲームで見るような、中世のお城の中って感じだ。

 俺が寝ているベビーベッドの他には、タンスや机、大人用のベッドなんかが置いてある。

 

 どの家具もしっかり磨かれて重厚そうではあるが、木製で飾りもなくかなり質素だ。

 床には絨毯もなく、剥き出しの岩に草みたいなもので編んだマットが申し訳程度に敷かれている。

 この家はあんまり裕福じゃないんだろうかと心配になってくる。その割に乳母がいるし、ローズは俺や母を敬称つきで呼んでいるけど。

 この時の俺はまだ自分の身分や立場も知らず、のんきなものだった。


 部屋を眺めているといきなり隣からウゥーッと泣き声が響き渡った。びっくりして視線を下ろす。

 今まで気づいていなかったが、実はベビーベッドにはもう一人、同居人がいた。一人って言うか赤ちゃんだ。


 ええーっと……赤ん坊の俺の乏しい記憶をなんとか辿る。こいつはあれだ、ローズの子供のケルビンだ!

 俺の乳兄弟ってやつだな。


「ソフィア様、すみません。ケルビン、今までいい子でねんねしてたのにどうしたの」

「ううー、たーたん……!」


 ケルビンは甘えた声でローズに向かって、ぽっちゃりした両手を伸ばした。

 こいつは俺より数ヶ月前に生まれているので身体は大きいが、喋りはまだそんなにはっきりしていない。

 ローズは仕方なくケルビンを抱き上げて、その背中をトントンと叩いた。

 ケルビンがローズに抱っこされたまま肩越しに俺を見下ろして、ニヤリと口の端を上げる。


 こっ、こいつ~! さては分かってやってんな!!

 別に俺は乳母を取り合うような年齢でもないですし? 勝手にママに甘えてればいいさ。

 ケルビンからプイと顔を背ける。


 すると、いつの間にか母ソフィアがベビーベッドの側まで近寄って来ていた。背を屈め、ワクワクと期待に満ちた眼差しで俺を見つめている。

 しばらくお互いに黙って見つめ合う。


 これは……期待に応えざるを得ないだろう。

 とは言え内心はかなり気恥ずかしくて、コホンと咳払いをする。それからケルビンの真似をして両手を母へと伸ばした。


「かーたま?」

「きゃー、ルーカスちゃん、可愛い、可愛いわ!」


 母ソフィアは興奮した様子で俺にほっぺたをくっつけ、グリグリと擦り寄せてきた。近い、近いんですけど!

 前世でこんな美少女に出会った事がないので顔が真っ赤になってしまう。


 それからなんと、俺の頰にチュッと唇が触れる感覚がした。

 ま……じかよ。親子ばんざい!

 と俺の動悸が最高潮に達したのも束の間、母は突然、胸元を押さえてよろめいた。


「う……」

「は、母上っ!?」

「ソフィア様! ご無理をなされるから!」


 慌ててケルビンをベッドに下ろして、ローズが母を支える。

 母ソフィアは青白い顔ながらも、うっすらと微笑んだ。


「大丈夫です。ちょっと差し込んだだけです」

「それならよろしいんですが。お部屋に戻られるなら侍女をお呼びしましょうか?」

「ダメ。ねぇ、ローズ、もうちょっといいでしょう? もうちょっとだけ……」


 すでに息子がいる年齢とは思えない態度で、母はローズの袖を引っ張っておねだりする。まるで小さな女の子みたいだ。本物の箱入り娘なんだろう。

 ローズは不本意そうに大きくため息をついた。


「ではせめて椅子に座ってお寛ぎください」

「はーい」


 無邪気に答えて、母はローズがベビーベッドの側まで運んできた椅子に大人しく腰を下ろした。

 母は身体が弱いんだろうか。血色の良くない顔を見上げて眉を寄せる。

 俺の不安そうな表情に気づいたのだろう。母ソフィアは柔らかい微笑みを俺へ向けてきた。


「大丈夫よ、ルーク。あなたが心配する事は何もないの」


 華奢な腕を伸ばして、俺の頬にそっと触れる。その指先は暖かい昼間だと言うのに氷のように冷たかった。

 優しい母の言葉や表情とは裏腹に、それは俺を不安に陥れるのに十分だった。

 それでも俺やローズに心配させまいと強いて微笑みを浮かべている母を見上げて、俺は何も言い出せなかった。


 こうして俺の転生生活一日目は、期待と不安が入り混じる中で幕を開けたのだった。



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