第24話 五歳になったよ!
この世界では子供が生まれると、いくつかの節目が設けられている。
地方によっても若干違うが、七日目の命名式、一年目の洗礼式、そして、五歳、十歳、十五歳の誕生節だ。
おおよそ十五歳で成人とみなされる。
それより前に働いたり、結婚したりする奴もいるが。
俺が広めた衛生概念のおかげで今でこそマーナガルムは乳児死亡率が徐々に下がってきたが、本来、死と隣り合わせのこの世界ではまともに成長できる子供は少ない。
七日目でやっと家族の一員として迎え入れられ、一年経てばまぁ大丈夫だろうと世間にお披露目される。
そして五歳で初めて国の戸籍に載るのだ。
この世界には誕生日という考え方はない。
ただし、皆が一年の同じ時期に年を取ると神殿が混み合うので、おおまかに四つに誕生節が分けられている。
春生まれの俺は水の季節。夏生まれの兄アルトゥールは火の季節と言った感じだ。
産まれた季節は違えど、五歳と十歳の節目を迎える年が同じだったものだから、この年は春と夏の間に大掛かりなお祭りが開かれた。
いつもは春と秋の祭りくらいしか娯楽がない国民たちは、滅多にないイベントを諸手を挙げて歓迎した。
国中、どこの町や村でも飲めや歌えの大騒ぎだったという。
この年、俺は初めて第二王子として国民に顔見せされ、やっと町にも連れて行って貰えた。
それも城から見えている首都である城下町マーナルガンだけでなく、国内の街をいくつか訪問したのだ。
異世界に生まれての初旅行は、それはそれは楽しかった。
あまり公務に赴かない母も一緒だったからかも知れない。
馬車の乗り心地の悪さには困ったけど。あれなら馬の方がよっぽどマシだ。
俺たちはどこの街でも歓迎された。仲睦まじい国王と第二王妃に国民たちは目を細め、そして俺は可愛らしいと評判だった。
俺の姿を描いた簡易な肖像画が、大勢の女性と一部の男性にバカ売れだったとか。なぜ男にも?
ううー。父様より、母様の血の方が濃かったのかなぁ。
神殿で同じ五歳児と比べてもなんかちっちゃかったような……ケルビンもとっくに俺より数センチも背が高いしな。いや、俺はまだ諦めないぞ!
父も兄もあれだけでかくて美丈夫なのだ。俺だって成長すれば背も伸びてカッコ良くなるに違いない。
そしてゆくゆくは可愛い彼女くらい欲しいものだ。
せっかくの異世界なのに、俺まだ、女の子にも出会っていない。城には若い侍女も幾人かいるが、残念ながら俺は子供扱いされて、まったく相手にされていない。
異世界転生って、大体、可愛い幼なじみの女の子とか用意されてるもんじゃないの?
おかしいなぁ。
兄アルトゥールは十歳を節目に正式に皇太子に任ぜられ、若干の国務にも携わるようになった。忙しいのだろう、祭りで顔を合わせて以来、ほとんど姿を見ていない。
五歳のお祝いに俺は父から子供用の剣を貰い、アルトゥールはその柄飾りを贈ってくれた。
水の季節の生まれだからと、群青にも深緑にも見える宝石がついていて、とても綺麗だ。兄はセンスもいいみたいだ。
腰に剣を佩いて俺は有頂天になっていた。
これぞまさにファンタジー!
日本のオタクなら分かってくれるだろ?
これだよ、俺はこういうのがやりたかったんだよ。
魔法がないのはほんとに残念だけど。
こういう節目のお祝いに年下から年上に物は贈らないらしいので、代わりに俺は腕を奮って(実際に作ったのはマルコを含め、城のコックだが)パーティにデザートを並べさせて貰った。
たまに夕食についてくる固い焼き菓子や、もそもそしたプティングと違い、正真正銘、生クリームを使ったフワフワのスポンジケーキだ。
砂糖を使ってマルコと研究を続けた成果だ。
初めて食べる味に、アルトゥールは目を白黒させていた。
「有難う、ルーカス。すっごく甘くて美味しいよ」
午前中にあった皇太子の任命式のせいか青白い顔をしていたアルトゥールの顔が、ふわっとほころぶ。
優しく甘いケーキに、緊張が少しはほぐれたみたいで良かった。
しかし料理長のガズは相変わらず、俺の作る料理に憤慨していた。
「殿下が軟弱なもんばっかり作るから、伝統の料理に誰も手をつけねーじゃねぇっすか!」
それは俺のせいじゃない……と思う。
ガズじーさんの言う伝統の料理っていうのは、マスのゼリー寄せだ。ゼリー寄せって言っても前世みたいに透明なゼリーじゃない。煮凝りって言うんだろうか? 茶色っぽい感じの地味な料理だ。
見た目も、半透明の茶色のぶよぶよのゼリーの中に大きなマスが丸まま一匹、ドーンと入っていてグロテスクだ。
それにこれ、ちゃんと匂い取りをしていないのか魚臭くって、食感もモソモソしてて、ほんとにまずいんだよな。あまり出されたものに文句言わない俺でも辟易するくらいだ。
俺が料理するしない以前の問題で、来客で口にする人はほとんどいない。
じーさんがやいのやいの煩いので、俺たちは仕方なく、家族全員で一皿ずつノルマをこなした。これ以上は勘弁して欲しい。
たまには違うものを作らない?と聞いたりもしたが、頑固なじーさんは、
「王族の御馳走って言ったら魚のゼリー寄せに決まってまさぁ」
とか言って、頑として作るのをやめなかった。
変な拘りがあるようだ。
父も若い頃にガズを諭そうとしたが上手くいかず諦めたようなので、これからも当分、俺たちの食事はこのままのようだ。
あー、俺もたまにはトンカツとか腹いっぱい食べたいよ。
そんな一場面もあったが、来客への挨拶をこなし、家族や家臣の笑い声に囲まれて、俺の五歳のお披露目とアルトゥールが皇太子になったお祝いはつつがなく終了した。
これで俺は晴れてマーナガルムの第二王子として国内外に知らしめられ、これからも楽しい日々が待っているのだと疑っていなかった。