第22話 実はスイーツ男子なんです
それから国中の食生活が改善されることになった。
若い兵士が食べているなら、先輩たちに食べさせないわけにはいかない。兵士が食べているのに貴族や上流階級もそのままというわけにもいかない。
俺が思いつく限り料理人に教えたレシピは、城から城下町へ、町から村へと広がっていった。
一部、こちらの世界の庶民では作成が難しいものもあったが、所詮、俺が知っているのは日本でも一般家庭で食べられていた料理だけだ。
オムレツとかクリームシチューとかグラタンとか、え? こんなの普通に食べてるでしょ?って言うものでも、案外、こっちの世界にはなかったりして凄く喜ばれた。
それに料理人たちも俺に教えられるままに作っていたわけではない。色々な味替えやアレンジを加え、俺には考えつかない代替方法で料理を再現したりしてくれた。
城の料理番の皆はあらかた俺に好意的だったが、一人、断固として俺のレシピを受け入れなかった人がいた。
料理長のガズじーさんだ。ガズは六十歳くらいの細身のおじいさんで、エラムほどではないが、この世界ではまぁまぁお年寄りな部類だ。頑固にも程があって、いつも口をへの字に曲げているイメージしかない。
もっと小さかった頃、じーさん自慢のハーブ園に入り込んで怒鳴られながら追いかけ回されたことがあるので苦手意識しかない。
ガズだけは何を言っても、頑なに昔ながらの様式に拘り続けた。
「そうは言ってもさ、ご飯なんて美味しい方がいいじゃん」
「フン。おちいせぇ殿下には分からないかも知れないですけどね。料理には料理なりの伝統ってもんがあるんでさぁ」
「できて百年も経ってない国に、伝統もクソもないと思うけど」
俺や料理番たちが作った料理を食べさせようとしても、プイと横を向くだけだ。
おかげで俺たち王家の食事だけずっと質素なままって言う、変な逆転現象が起きて、ちょっと困った。日々の俺たちの食事は全部、じーさんが監修してたからな。
まぁ、粗食は身体にいいだろうから、今でも逆らわずモソモソ食べてる。
俺だって前世の二の舞にはなりたくないからな。
だが、俺にもひとつ譲れなかったものがある。
それは甘味だ。
この世界はと言うか、この国はなのかも知れないが、甘い食べ物がほとんどない。
砂糖がないわけではないが南国で作られているので、かなり北方に位置するこのマーナガルムに辿り着くまでに、べらぼうに高くなる。
それこそ同じ量の金と引き換えにしないと手に入らないような代物を、こんな貧乏国で扱えるはずがなかった。
甘みを味わいたければ、ハチミツか水飴くらいしか調味料がないのだ。
そう、この世界では水飴はおやつではなく調味料のひとつだった。
ちなみに水飴って芋とかのでんぷんから作るらしい。まぁ、砂糖と違ってほんのり甘みがあるくらいだな。それでもこの国では有り難がられているわけだが。
あと、柔らかい食べ物があまりないことにもびっくりした。
口の中で優しくほぐれる甘いスイーツが懐かしい。
この世界に生まれて早四年。
俺の心はスイーツを欲してやまなかった。
なんでそんなに甘味に拘るのかと思うかも知れないが、お察ししてくれ。前世の俺は奇異な目で見られながらも、一人でケーキ屋に入るくらいには甘党だったんだよ。
世のパティシエだって、ほとんど男ですよね?
男が甘党で悪いことはないと思いますけど!
「そこをどいて下さい、ガズ」
「いーや、いくら殿下のご命令でも、聞ける時と聞けない時がありまさぁ」
俺は城の厨房の竃を前に、ガズじーさんと睨み合いをしていた。
俺はただ、甘いものを作りたいだけなのに!!
それはガズの仕事の範疇じゃないだろと思うのに、俺に竃を渡せばすぐに自分の領域も侵されるのではないかと疑って、ガズはまったく調理をさせてくれないのだ。
実際に作るのは俺じゃなくて、ガズ以外の料理人なわけだが。
「プリンを作りたいだけなんですって、何度言ったら分かるんですか」
「プディングが食べたいんでしたら、明日の御朝食にお出ししまさぁ」
「あれは断じてプリンではなーい!!」
一週間も経ってカビカビで、もう固すぎて常人では食べれらない黒パンに、卵をかけて焼いただけの代物を俺は甘味とは呼びたくない。
モソモソして、なんとも言い知れぬ古いパンの味が広がって、得も言われぬ不快感がある食べ物だ。
地球で食べられてるプティングともまったく別物だと思う。
そもそも俺は固い黒パンがあまり好きじゃないんだ。
「大体、高価な砂糖を使う甘味とやらを、フィル坊ちゃん……陛下がお許しになるわけねーでしょうが」
「それがね、ガズ。ここには砂糖があるんですよ。フヒヒ……」
俺は手に持った小さな木の小箱を顔の近くに持ち上げて、頬ずりせんばかりにうっとりと見つめた。
ちょっと子供らしからぬ気持ち悪い笑いが漏れているが、興奮のあまりということで勘弁して欲しい。
実はストーブや湯たんぽを売り出したところバカ売れで、その利益の一部を俺の取り分としてエラムが貯めてくれているのだ。
最近、俺って父様より金持ちなんじゃね?と思ったりしている。
っていうか、王様ってお小遣いとか貰ってんのかね?
やっぱり俺は王になんかなりたくないな。
第二王子って立ち位置は、そこまで皆に期待されてないし、好き放題できて有難い。
まぁとにかく、そのお金で俺は砂糖を取り寄せたのだ。この箱の中にはシュガーローフと言って、なんか日本で言うと盛り塩みたいな形の砂糖の塊が入ってる。
これを切り崩しながら使うのがこの世界流だ。
城に出入りしている御用商人から届けられた時には、感動を抑えきれず、ついひと舐めしてしまった。凄く甘くて感激したが、あのひとかけで一体、幾らくらいしたんだろ。
前世で言うと何万円とかかな……めっちゃ高価なひと舐めになってしまったな。
俺が購入できた量なんて、ほんの小瓶くらいの大きさだから大切に使わないといけない。
「というわけで僕に竃を譲りなさい、ガズ」
「フン。調理場は料理人の聖域。ひよっこの殿下に任すわけにはいきませんな」
「だーかーらー、実際にはマルコが調理するって言ってるでしょ!」
俺は聞く耳を持ってくれないガズに焦れて、ダンッと床を踏み鳴らす。
後ろに立っているマルコが名前を呼ばれて、気まずそうにポリポリと頬をかいている。
マルコは二十歳くらいの王宮に勤める料理人だ。若くして王宮料理人として選ばれるくらいだから腕は確かだ。
俺が前世の料理を再現するための無茶振りにも快く応じてくれる気のいい奴でもある。
ただし仕事には真面目過ぎるので注意が必要だ。調理中に顔を出そうものなら、俺だろうが父様だろうが間違いなく怒鳴られる。オンとオフで性格が急変するタイプだ。
今は朝食と夕食の間の比較的、暇な時間なので、いいお兄さんモードのマルコだった。
「料理長、俺が責任持って後片づけまで面倒見ますんで……」
自分には何の関係もないのに、ただ単に俺の言うスイーツに興味があるってだけで、ガズにここまで直訴してくれるマルコはすっげーいい奴だ。
いつも俺の伝えるレシピに興味津々で、朝晩の調理の合間にも料理の研究をしている程、仕事熱心な青年でもある。
俺が作りたいものの食感とか味とかを伝えると、じゃぁこれとかどうですかね、と食材や料理方法を教えてくれる。
マルコがいなかったら、俺のレシピの半分も再現できなかった可能性もある。
しかしマルコがここまで言ってくれたのに、ガズが折れることはなかった。
「何と言われてたって駄目なもんは駄目でさぁ。さぁ、次の仕込みもあるんだ。てめぇらは、とっとと出て行きな」
「仕込みって、夕飯なんかまだ先でしょう」
「うううるさーい。儂はさっさと出て行けって言ってんでぇ!」
じーさんに雷を落とされて、俺たちはほうほうの体で調理場から逃げ出した。
ちぇっ。やっぱりガズのいない時を見計らうか、部屋のストーブで調理するしかないのか。調理場なら器具も揃ってるから楽だと思ったのに。
「料理長も大概、頑固っすからねぇ」
マルコが仕方ないというように肩を竦めて笑う。
「まぁいいや。マルコ、お砂糖だよ、お砂糖~! 早くガズには内緒で材料集めて、色々、甘いものの研究をしましょうよ!」
俺は廊下を歩きながら、砂糖の入った箱を高々と持ち上げてスキップしていた。
「ハハ。ルーカス様、あんまりはしゃいで砂糖、落っことさないで下さいよ」
マルコに窘められて、慌てて箱を腕の中に抱え込む。
そうだった。これ、正直、城に置いてある、その辺の調度品とかより高いんだった。
俺の様子を見て、マルコがまたクスクスと笑い声を立てる。
俺たちはその後、部屋に匂いがつくと今度はローズにブツブツと文句を言われながらも、スイーツの研究に勤しんだのだった。