第21話 食生活を改善しないとね!
調理場に到着した俺は用意してもらった大きすぎるエプロンを身につけた。椅子の上に立って指示を出す。
「もっと芋を湯がいてください。そうですね、この倍くらい」
「え? さらに芋を足すんですかい? あいつら、絶対食べやしませんよ」
「いいですよ。もし食べなかったら、こんな美味しいもの、城のみんなで食べましょう」
「美味しい……?」
料理人の怪訝そうな顔を歯牙にもかけず、俺はほくそ笑む。
人間の味覚は騙されやすい。
美味しく感じるのは塩味、油分、そして食感だ。
薄味で、なおかつ芋をべっちゃりするほど潰しているからいけないんだ。
アクセントを加えるため、追加で茹でた芋をあえて適度に潰す。ほとんど形を残しているものもあるくらいだ。
そこに炒めた玉ねぎと、肉を細かく刻んで炒めたもの、いわゆるミンチを加える。
芋を潰さないようざっくりと混ぜて、小判型に形を整える。
そして小麦、卵、パンを細かくしたパン粉をつけたら……もうお分かりだろう。そう、俺はコロッケを作らせたのだった。
この世界では油が貴重なので日本みたいに大量の油で揚げることはできないが、少しバターを混ぜたたっぷりめの油で片面ずつ揚げていく。
調理場に熱した油と、あの鼻をくすぐるようなほの甘いコロッケの匂いが広がって、料理人たちは興味津々に鍋の中を見守った。
俺はちょっと日本の事を思い出して涙ぐんでしまった。
記憶は匂いで蘇るってほんとだな。
子供の頃、お母さんが作ってくれたコロッケ。学生時代に毎日のように通っていた肉屋のコロッケ。旅行先で友人と並んで買った有名店のコロッケ。
そんな楽しい思い出ばかりが浮かんでくる。
首を振って俺はその思い出を振り払った。
今の俺はルーカス。
こんな感傷に浸ったって仕方がない。
それよりも、あいつらに前世の俺と同じくらいコロッケ好きになって貰わないとな!
幸い、皆、コロッケに引きつけられていたので、俺を不審に思った人はいないようだった。
料理人の手でアツアツのコロッケが皿に並べられる。
その場にいた皆の喉がゴクリと鳴る。
「いいですよ、試食しても。熱い方が美味しいですしね」
俺の言葉を待ちきれなかったようで、次々に手が伸びてきてあっという間に皿が空になった。
「あ、でも熱いから気をつけて……」
俺が伝える前に、数人は口にしてしまったようだ。
「あっつぅ……!」
そこかしこで小さな叫び声が上がる。
「で、でも、うまい!」
「なんだこれ!」
「これがあのマッシュポテトか……っ!?」
皆、夢中でガツガツと食べたので、掌サイズのコロッケは一瞬の内になくなってしまった。
名残惜しそうにしている料理人たちを、パンパンッと手を叩いて夢から覚めさせる。
「さて、これをたくさん作ってあいつらに食べさせます」
俺の言葉に、料理人たちは俄然、やる気を見せた。腕まくりして芋の皮を剥いたり、お湯を用意したりしている。
どうも肉ばかり焼かされてうんざりしていたみたいだ。
「その間にもう一品」
半分取っておいたマッシュポテトに取りかかる。
「え? あのマッシュポテトから更にもう一品……?」
近くの料理人が絶句したが、さらっと流す。
コロッケと同じく食感を大事にしたいので、半分潰した芋を混ぜる。
滑らかなのが好きな人もいるようだが、俺はゴロゴロと潰し切れていない芋が混じっている方が好みだ。
そこへ固ゆで卵を細かく刻んだもの、リンゴに似たこの世界の果物、ハムを混ぜ合わせる。ついでにマッシュポテトと一緒に持ち帰ったピクルスも刻んで入れた。味と食感のアクセントになるだろう。
料理人に頑張って貰って生卵に酢を少しずつ加えてひたすらかき混ぜて作ったマヨネーズであえると。
ポテトサラダの完成だ!
「こ、これもうまい!」
「なんなんだ、これは!」
「肉と果物が一緒に入っているのにおかしくない!」
「むしろそれがいい!」
「ちょっと酸っぱいこの調味料がなんとも……」
ふふ。こちらも大好評のようだ。
俺も試食してみた。ピクルスのシャキシャキ感と、芋のまったり感、果物の甘味と酸味、そしてハムの旨みをマヨネーズが調和してくれている。
懐かしい。優しい味だ。
この世界に生まれてから今まで、食事は出てくるものを文句も言わずに食べていたが、こんな風に日本のものをこの世界の食材で再現もできるんだな。
今後の食生活に取り入れたい。
できあがったコロッケとポテトサラダを持って、料理人たちと意気揚々と食堂に帰る。
少し待たせてしまったので、肉も下げられた食堂で兵士たちはだらだらしていた。
こいつらは下っ端なので先輩たちが食べた後の最後の班だったらしく、次に食堂を使う人もいなかったようだ。
お腹もいっぱいになったので、早く部屋に帰って休みたいのだろう。俺たちが部屋に入って来るのを見て、うんざりとした顔を見せていた。
ただ、コロッケの皿から立ち上ってくる匂いに興味を示している奴もいる。
「さぁ、両方ともさっきのマッシュポテトだ。食べた奴から帰っていいぞ!」
「マッシュポテト……?」
目の前にドーンと置かれた皿を前に、兵士たちは戸惑っている。
ポテトサラダの方は見た目にもマッシュポテトに何か混ぜただけと分かるが、初めて見るコロッケの方は得体が知れないと思っているようだ。
しかし、美味しそうな匂いがしている方もコロッケ。
早く帰りたかったのか、興味に負けたのか、一部の兵士たちがコロッケを手に取る。
口に入れた瞬間、そいつらで争奪戦が始まった。
「あ、おい、五つも取ってく奴がいるか!」
「うるせー、これは俺の芋だぞ!」
「お前は芋嫌いだって言ってただろ!!」
「お前こそ肉食いすぎて腹いっぱいって言ってたじゃねーか!!」
最初に口にした奴らが我先にコロッケを抱えている様子を見て、どうやら旨いらしいと察した後ろの奴らも加わって、大変な事になってしまった。
コロッケにあぶれてしまった奴らが、そっちがそんなに旨いならと、ポテトサラダに殺到する。
「なんだこれー!」
「本当に同じマッシュポテトか!?」
「兵士になって良かった……」
「俺は芋を食うぞー!!」
大変な騒ぎになってしまった。
あぁ、またやっちまったかも知れない。
俺は日本人として、あまりにも汚らしく食べ散らかす姿が耐えられなかったというか、食べ物を残すのが許せなかったというか。それにこいつらの健康を考えてだな。
「ルーカス様」
背後から、だから言ったでしょう、みたいなローズの声が突き刺さる。
「うん。ローズ、そろそろ部屋に帰ろうか」
さっきまでの得意満面な態度はどこへやら。肩を落とした俺はローズに手を引かれてトボトボと歩き出した。
それに気づいた兵士たちが笑顔で俺にブンブンッと手を振ってくる。
「あ、ルーカス様、俺、明日もこれ食べたいです!」
「お願いします!!」
まったく、いい笑顔しやがって。
食べたら帰っていいって言ったのに、食堂から出る奴は一人もいやがらない。名残惜しそうに皿まで舐めてる奴もいるくらいだ。
こうなったら毒を食らわば皿まで。
こいつらが生野菜を食べられるほど野菜好きにしてやろうじゃないか。
溜め息をつきながら俺は弱々しく笑った。
「明日はもっと美味しいものを食べさせてあげますよ」
「え、マジっすか!?」
「やったー!!」
「ルーカス殿下、ばんざーい!」
喝采が鳴り響く中、俺はローズに連れられて食堂を後にした。