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第20話 驚きの兵士の食事風景

 

 前から思っていたが、ウチの城にいる若い人たちはなんだかでかい。

 俺が小さいからそう感じるというわけではなく、でかいというか、ごつくて筋肉質だ。

 父に似てるっちゃー、似てる。


 ある日、兵士の使っている食堂の近くを通りがかった時、凄い騒動が聞こえたので思わず覗き込んでしまった。


「あー、それは俺が食べようと思ってた肉だぞ!」

「ちゃんと自分の皿に取ってないのが悪い!」

「なんで俺よりお前が多く食べてんだ!」

「そっちの肉の方がでかい!!」


 ワイワイガヤガヤ……というには少し騒々しすぎる音量が聞こえてきて、眉間に皺を寄せる。

 怒鳴り声以外にも、ガチャガチャと食器がぶつかる音、椅子がきしむ音、掴みあいの音なんかも聞こえてきて、どうも食事をしている雰囲気とは思えない。


「あ……」


 一緒にいたローズが止める隙を与えず、タタッと走って食堂を覗き込む。

 そこに見えたのは乱闘と見間違えるほどガツガツと食事をする若い兵士たちと、その前にうず高く積まれた肉、肉、肉の山だった。


 食堂の入り口に突っ立ったまま、ポカーン

 と口を開けてしまう。

 騒動もさることながら、この偏った食事はなんなんだろう。

 野菜なんかほとんど置かれてない。


 強いて言えばつけあわせとしてマッシュポテトに、酢漬けの野菜、いわゆるピクルスが申し訳程度に置いてあるが、誰も手をつけていないようだ。

 あと、コンソメらしきスープに若干の野菜が入っているようだ。

 おかずは無視して、兵士たちは奪い合うように肉を食べている。あちこちに肉汁や食べかすが散らかっていて、とてもじゃないが食事風景には見えない。


 うん。若いし、兵士の仕事は訓練などもあって重労働だ。この世界では食事は朝と夕方の二食なので、お腹が減るというのも分かる。

 だけど、食事は人数分、十分あるようなのに、なんでこんなに必死で食べているんだろう?

 食堂の前でたそがれる俺の背後から肩に手をかけてローズが促す。


「さ、殿下。ここはルーカス殿下がご覧になるような場所ではございません。行きましょう」


 そうは言ってもさ、ローズ。

 これはあんまりじゃないか。

 城に脳筋が多いのは分かっていたが、これは酷い。


 若いから? 平民出身だから? 兵士だから? そんなの関係ないだろう。

 こいつらは将来、国を負って立つ人材のはずだ。

 大きく息を吸って腹に力をこめ、喧騒に負けないように大声を出す。


「お前ら、何をしている!?」

「で、殿下……!?」


 慌てるローズを横目に食堂に入る。

 大声を出しても三歳児の声量では遠くまで聞こえなかったようだが、入り口付近の兵士が怪訝そうな顔で動きを止める。


「え? 殿下?」

「あ、あれ、もしかして……」

「第二王子……?」


 ザワザワと囁き声が部屋中に広がっていき、最終的に食堂は気持ち悪いくらい静まり返った。

 ガタガタと椅子に座り直して居住まいを正す奴もいる。


「僕は、お前ら何をしている?と聞いたんだよ」


 三歳児に床から睨み上げられて、兵士たちはモジモジと顔を見合わせたり、俯いたりした。

 よく見るとこいつら身体がでかいし日本人の感覚では成人しているように見えていたが、まだ十四、五歳くらいの奴もいるんじゃないか?

 せいぜい年長でも十七、八歳。二十歳を超えている奴はいなさそうだ。

 下級兵士の集まりなのか。

 兵士のリーダーなのか、中年くらいの男が慌てて前に飛び出して来る。


「こ、これはルーカス殿下。お見苦しいところをお見せしました」


 ペコペコと頭を下げている。

 もう少し年がいったら頭髪が淋しくなりそうな、苦労人っぽいおっさんだ。


「何の騒ぎなんですか、これは」

「これはー……そのですね……」


 言いづらそうではあったが、俺がしつこく聞くと、おっさんは渋々教えてくれた。


「何分、兵士になるような者は農家の三男や四男などが多くてですね……マナーも教えられてないと言いますか……それに家で食事も後回しにされていて腹いっぱい食べた事がない分、どうにか人より多く食べようと……」


 あー、なんとなく分かったぞ。

 貧乏子だくさんとか言うが、兄弟が多い中、奪うようにして食べないと自分の食いぶちがなくなるような環境で生きてきたんだな。

 それで兵士になって食事に困らなくなっても、その時の習慣でこうなってしまう、と。


「まぁ、マナーの方はおいおい……落ち着いてくると思いますので、はい」


 落ち着かなそうにおっさんは、あまり多くない生え際を指でポリポリとかいている。


「まぁ、それは分かりましたけど」


 俺はやれやれと溜め息をついて目を眇めた。


「なんかこの食事、偏ってません?」


 遥か頭上のテーブルの上を指差す。


「野菜とか食べないんですか? パンとか小麦はどこに?」

「そ、それはですねー……」


 おっさんは俺に示された方を見ないように視線を逸らしている。

 変な沈黙が流れる中、前の方にいた兵士が意を決したようにとポツリと呟く。


「俺は……肉が食えると言われたから兵士になったんだ」


 そいつの言葉を皮切りに、一旦、静かになっていた兵士たちが活気づく。


「そ、そうだ、そうだ!」

「もう煮豆や蒸かした芋なんてごめんだ!」

「煮込んだ麦とか、薄いスープとか!」

「絶対に野菜なんて食べないぞ!!」


 俺に訴えるべく、口々に叫んでいる。

 農家の出身が多いからかな。野菜ばっかり食べさせられて生きてきたんだな。


 そんなに煮込んだ麦って嫌かな。俺もこの世界に来るまであんま食べた事なかったけど、いわゆるオートミールってやつだな。

 実は俺はパンよりオートミールの方が好きだ。この世界の黒パンって固いし、日が経ってくるとカビた匂いがするんだよな。

 それはさておき。


「そうは言っても、肉だけじゃぁ栄養が偏るでしょ?」

「えいよ……?」


 おっさんを筆頭に兵士たちは何を言われたのか分からない様子できょとんとしている。

 この世界に栄養学なんてないのか。


「えっと、肉は筋肉や身体を作ります。それ以外にパンや麦は頭の働きに必要で、野菜は丈夫な骨を作ったり、健康でいるのに大切なんですよ。若い頃はいいかも知れないけど、年を取って病気になりたくないでしょ?」


 こいつらにも分かりやすいように、かいつまんで説明する。

 はー、さすが第二王子。頭がいい。とか、囁き声がザワザワと広がる。

 しかしそれもつかの間、兵士たちはまた口々に騒ぎ始めた。


「でも俺は肉が食いたいんだ!」

「そうだそうだ!!」


 兵士たちに後ろから煽られ、俺を目の前におっさんはドッと汗をかいている。どこの世界でも中間管理職ってのは苦労してるんだな。


「ま、まぁ、こんな調子でして、出しても残るものですから……」

「せめて、そこのマッシュポテトくらい食べたらどうですか?」

「は、はぁ。殿下が仰るなら……」


 おっさんの返答に、食堂は大ブーイング。


「潰した芋なんて味がしないだろ!」

「べちゃべちゃして気持ち悪ぃ!」

「俺は絶対に食べないぞ!」


 そんなに食べたくないかなぁ。これは口で言っても駄目そうだな。


「そうだなー……どうしようっかな」


 食堂をグルリと見回していると、騒動を聞きつけた給仕のおばちゃんや料理番たちが何事かと入り口から顔を覗かせていた。

 ニヤリと口の端を上げる。


「それなら、今からお前たちにそのマッシュポテトをもっと食べさせて下さいって言わせるようにしてあげるよ」


 俺の言葉に食堂中の兵士が嫌そうな顔になる。

 いいよ、信じていなくても。

 今に見てろよ。


「あ、あのー、ルーカス殿下?」

「いいよ、お前たちは肉を食べてて。お腹いっぱいになっても大丈夫だから」


 おっさん兵士に笑顔で手を振ると、料理人たちに指示して全部のマッシュポテトとピクルスを下げさせる。


「ルーカス様」


 ローズが物言いたげに後ろからついてくる。


「いいでしょ、ローズ。どうせ後は寝るだけなんだから。ちょっとくらい寄り道してもいいでしょ、ね?」


 その手を取って可愛らしくおねだりすると、ローズはハァーッと大きなため息をついただけで後は何も言わなかった。



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