第11話 入団試験
「ちょっとあんたたち、なんなのよ!」
「姐さん、俺たちもぜひお願いしますっ!」
「その身のこなしもさすがですっ!」
急に態度を変えてブレンたちがつきまとってきたものだから、スーは薄気味悪そうに叫んで逃げ出した。
じゃれている彼らを眺めて、大人たちからは呆れたような、感心するような笑い声が響き渡る。
ギルさんはギュンターさんに向かって顎をしゃくった。
「スーちゃんの実力は分かった。認めてやってもいいんじゃないか?」
「そうだな……」
肯定とも、ただの相槌とも取れる呟きを返しながらギュンターさんはスーたちに近寄って行った。
落ちた剣を手に取ると、一本をスーへとヒョイと放る。
投げ渡されたそれをスーはなんなく片手で受け取った。
ギュンターさんはブレンたち三少年に下がるようにと手を振った。まだスーから色よい返事を貰っていない彼らは不満そうではあったが、口答えはせず距離を取った。
スーの前に進み出るギュンターさんを少年たちは期待に満ちた眼差しで見つめている。
傭兵を目指しているくらいだ。身近にいる大人の中でギュンターさんは憧れの人なんだろう。
スーは渡された剣を正面に構えるが、どうすればいいのか良く分かっていない様子だ。
まだテストは続いているんだ。油断するなよ、スー。
スーの構えと腰の不恰好な木剣に目をやって、なるほど、とギュンターさんは頷いた。
「鉄の剣を使うのは初めてか」
重さを確かめるように剣の柄を握り直してスーも頷きを返す。
ギュンターさんが摺り足で素早くスーとの間を詰める。スーほどではないが、ガッシリした身体つきからは想像できない身軽な動きだ。
全身、鍛え上げられたバネのような筋肉なのだろう。
「鉄剣は基本的に相手を叩き潰す道具だ。躊躇わず振り抜け」
言葉と共に、ギュンターさんの剣がゴウッと唸ってスーの胴体を襲う。
スーは一瞬、対処を迷うような素振りを見せたが、すぐに身を翻して剣を避けた。
後ろ手に地面に手をついて、クルクルッとバク転をして距離を取る。
「いい判断だ」
声が聞こえた時にはすでにギュンターさんはスーに追いついている。
「狙うなら急所だ。頭、首、胴体。しかし、それは相手も分かっている。それならどうする?」
発言通りに頭上から、真正面から首元に、胴体を薙ぐように、四方八方から刃が攻めかかってくる。
スーは急いで両手で握った剣でギュンターさんの刃を受け止めた。キン、キン、キンッと金属同士が打ち合わされる音が響く。
狭い広場内をジリジリと押されて、どんどん後がなくなる。
その内に、打ち込んで来いと言うようにギュンターさんが剣を振り被って隙を見せた。
瞳を見開いたスーが野球の打者のように思いっ切り剣を叩きつける。
「む……ぅ」
ガギンッと刃を受け止めて、ギュンターさんは歯の間からわずかに声を漏らした。思ったよりスーの力が強かったからに違いない。
「それでいい。力はあるようだな」
ギリギリと、どちらも譲らず鍔迫り合いをする。
力任せにギュンターさんが剣を押し込んだ……ように見えたが、それはフェイントで、サッと足が伸びてスーのそれへと引っかけられる。
バランスを崩したスーの胴体に、容赦なく蹴りが決まる。
スーの身体が思いっきり後ろへ吹っ飛んでいく。しかし壁にぶち当たる前にスーはクルッと空中で向きを変えて、タンッと壁を蹴った。
地面へ手をつくスーの前に、ザッと土を鳴らしてギュンターさんが立ち塞がる。
「三つ、守れるなら君を当ギルドに受け入れてもいい」
鋭い眼光で見下ろされて、スーは蹴られたお腹をさすっていた手を止めて、ムッ?とギュンターさんを見上げた。
広場に大音声が響き渡る。
「ひとつ! 上長の命令には必ず従え! 例外は許さない!」
眼力に押されるようにスーはおずおずと小さく頷いた。あのスーが家族以外の言う事を聞くなんてな。
普段から利かん気な男の子を相手にしているからだろうか。ギュンターさんは獣の扱いに長けているようだ。
「ふたつ。敵にトドメを刺すことを躊躇うな。温情は自分と仲間の命を危険に晒す事に他ならない」
段々、ギュンターさんの言葉の意味が分かってきたのだろう。最初は怪訝そうだったスーの瞳に光が戻ってくる。
それは森の掟に近かった。群れで暮らす狼は族長の命令には絶対服従だ。必要のない獲物を殺す事はないが、一族に手を出す者には容赦しない。
今度こそスーは力いっぱいに首を縦に振った。
それから険しい顔をしていたギュンターさんは表情を崩して、にっかりと笑みを広げた。
「みっつめ、仲間と楽しく過ごせ。スーと言ったな。傭兵ギルド、クロフター支部は君を歓迎しよう」
笑顔でギュンターさんが差し出してくる手を、スーはしっかりと握って立ち上がった。
「スーちゃん、凄かったぜ!」
「姐さん、お疲れ様でした!」
「兵長とあれだけやりあえるなんて、さすがです!」
すぐにスーはギルさんたちや、ブレンたちに囲まれて揉みくちゃにされた。
肩を叩かれたり肘で小突かれたり、ブレンたちにキラキラした目を向けられて、はにかむような笑みを見せている。
それは森を出た若い狼が、初めて自分の力で仲間を手に入れた瞬間だった。
微笑ましく眺めながらも心の中に羨望が湧き上がって、俺は軽く拳を握りこんだ。
俺だって確かに持っていたはずのそれが今はあまりにも遠く、眩しくて目がくらみそうになる。
俺が考えなしだったから、こんなに遠回りをしてしまっている。
いや、俺だって失ったわけじゃない。
セインたちとは必ず合流できる。強く願うように、自分に言い聞かせる。狼族という新しい仲間だって手に入れた。
どんなに回り道に見えても、歩みを止めなければいいだけだ。
スーが戸惑うように俺へ視線を向けるのが目に入って、安心させるために俺も笑顔を見せた。
「スーお姉ちゃん、おめでとう!」
駆け寄るとスーは俺の両脇を持って抱き上げ、楽しそうに笑いながらクルクルと回った。
「お姉ちゃんに任せときなさいって言ったでしょう!」
「うん! 凄かったよ!」
俺たちのやり取りを、周囲の人たちはほのぼのと見守っていた。
スーは早速、ギルドに登録するために受付に向かう事になったが、ブラブラと一緒に会館の方に戻りながら、ギルさんたちの表情は冴えない。
「ギルドに登録できるのはめでたいんだが、それで仕事できるってわけじゃないんだよなぁ」
「えっ、どう言う事ですか?」
不安になってきて、ギルさんを振り仰ぐ。
「そりゃ、雇い主の意向があるだろ? 女の傭兵が嫌だと言われりゃ、派遣する訳にはいかない」
「そんなぁ~……」
俺はがっくりと肩を落とした。一難去ってまた一難。前例のない事はなかなか一筋縄ではいかないようだ。
気落ちした俺を見て、ギルさんたちが慌てて慰めてくれる。
「ま、まぁ、荷運びの仕事なんかから始めて、徐々に信用を得ればいいさ。スーちゃんは強いから、きっと雇ってくれるところもある。俺たちも口添えするよ」
「ありがとうございます。お願いしますね」
頭を下げると、ギルさんは任せとけと胸を叩いた。
ギルさんにどれだけの影響力があるか不明だが、中堅の傭兵みたいなのでそれなりに伝手はあるのだろう。
「俺もいくつか大店に当たってみよう」
ギュンターさんも約束してくれる。
出会ったのはついさっきなのに、傭兵という人たちは仲間となったら共に過ごした時間は関係なく親身になってくれるみたいだ。本当に有難い。
俺たちが向かいたいのは北方面。出来れば国を越えて行き来しているような大きな商店が理想だ。
いつもお読みいただきありがとうございます。
ついにこの話で201部分になりました。スマホで読まれている方は目次が2ページになっているかと思います。
実際には人物紹介もありますので話数は違うのですが、それでも長く書いてきたなぁって感があります。
皆様に支えられているおかげです。
本当にいつもありがとうございます。m(_ _)m
これからもどうぞよろしくお願いします。